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第一部
春の舞踏会
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社交シーズンが本格的に始まり、王都の街はとても賑やかだ。私の耳、首、指にはブルーの石が光る。
「ステラ、よく似合ってる」
ブルーの石に合わせてたくさんの青い花が縫い付けられたドレスを着た私を、白いシャツに紺色のスーツを着たデイビッドが抱え上げた。ハンカチーフは私についている花と同じで青く、ドレスと対になっていると分かる。
「抱えながら入場する気?」
春の舞踏会が行われる王宮に先に向かっていたデイヴィッドと控室で落ち合った私は、そのままソファに腰掛けた彼の膝に乗せられる。
「入場前に私の匂いをつけておこうかと」
「部屋を出る頃にはデイヴィッドの足が痺れてしまいそうね…」
今日はデビュタントを迎える若い女性が多く、いささか華やかな舞踏会だ。そして、私たちの本格的な社交が始まる。結婚式の招待状はすでに届いているだろうから、話題に困ることはない。社交界の話題を一時奪うことができる。
「次は私の目の色の石を贈ろう。明日にでも買いに行こうか?他の宝石も見てみるといい。最初だし数を揃えないと。今日はクラークに泊まった方が都合がいい。そう思わないか?」
「そうね…確かにこれだけ予定が詰まってると、いつか面倒な招待の時に困りそう。それに、まだデイヴィッドの目の色の石は貰ったことがなかったしね」
先日、ステラカットのピアスとネックレスをもらい、青い石のセットが完成した。彼はとても満足そうで、星が二重に見えるダブルステラカットのデザインも職人が出してきたと嬉しそうに語っていた。
「私の目はグリーンで、ステラカットするのに最適な石はなかった。本当はそのセットもエメラルドで希望していたんだけどね。だから、今日は私の家に泊まって、朝から出掛けよう。ケアリーもウェディングドレスを三つ試着して欲しいと言っていた」
「泊まるのはいいけど…ケアリーはドレスを三つも??ついこの間は一つだけだったのに…」
「最上の一点にするにはアイデアが湧き上がりすぎているらしい。母が嗾けるからウェディングドレスなのにいくつも出来上がってきそうだ。そうしたら何度も結婚式をしなくてはならないな」
「それって何度も離婚するってこと?確か貴方の不貞でなければならないから…」
「待て待て、離婚はしないし不貞もしない。私が誘惑に負けない男だと知っているだろう?」
誘惑に負けすぎて盛大な結婚式をぶち壊そうとしたのは誰だったかのか彼は忘れてしまったようだ。
「そう願ってるわ。貴方が誘惑に強いなら、パーティが始まる前にキスなんてして、私の口紅を落とさないわよね?残念だわ」
私が彼の首に腕を回して、コツンと額同士をくっつけると、鼻先が触れた。もちろん、誘惑に弱い彼が我慢できるわけがなく、私は化粧を直してもらってから控室を出た。
「ステラ!久しぶりね!一年ぶり?」
昨年は一番貴族たちが集まる春に引きこもり気味だったから、友人たちとも顔を合わせられるのを楽しみにしていた。もう気を遣われることに居心地の悪さを感じることもない。
「デイヴィッド!結婚式楽しみにしてるぞ」
この日はお互いの友人を沢山紹介し合った。壇上には王族が並び、そこには大きなお腹が目立つマタニティドレスのカミラの姿もあったが、デビュタントの子たちの謁見の列は途切れることもなく、国王陛下には挨拶する必要はなかったので、存分に楽しむことが出来る。いわば下にいる私たちの独壇場だ。婚約後のパーティではタイミングを逃した社交界の話題の中心に立った瞬間だった。
「新聞記者からの取材も来ていたが、またいくつか受けようと思っている。世間に私たちをアピールするにはいい機会だと思わないか?」
「記者は何かあるとすぐ掌を返すけど、全部受けたっていいくらいメリットはありそうね」
私が社交界の中心に立てば、公爵家は有利に動く話が多くなるだろう。それを拒む理由はなかった。
「デイヴィッド!」
また一人声をかけてくる人がいて、私たちは振り返った。
「あぁリュカじゃないか!いつ来たんだ?」
デイヴィッドが言ったことで、声をかけてきたのがエルシュバルツ国の第二王子、リュカ殿下だと気付いた。姿絵は見たことがあったが、直接お会いするのはこれが初めてだ。
「一週間ほど前さ、其方は旅行に行っていたらしいな」
「あぁ、彼女と一緒にだ。紹介する。イシュトハン辺境伯家のステラだ」
「ふっ…よく知っている。私はエルシュバルツのリュカシエルだ。其方に熱心に求婚した一人だが覚えているか?」
私の頬は引き攣りそうになったが、今顔の肉をピクリとも動かせば主導権を明け渡すことになるとグッと堪えて息を吐いた。
「もちろん、丁寧なお断りをした失礼を忘れることはありません。お初にお目にかかります。ステラ・リラ・イシュトハンです。もし来世でデイヴィッドと出会えなければ、真っ先に思い出すお名前でしょう」
私は王族の前ではカーテシーを取らなければならない。この国の王子よりも丁寧に私は膝を折った。
「リュカ、求婚とはどういうことだ?」
デイヴィッドはステラを隠すように一歩前に出た。
これは面倒なことになった。私の返答は完璧ものに近かったと自負していたが、デイヴィッドの前で言われたらそれも無意味だ。
「今聞いた通りだ。其方が出てこなければ彼女は私と結婚していただろうに…」
「ステラは私と婚約している。結婚式も目前。変な気は起こさないでくれよ?」
「さぁ…それはどうかな。まだ彼女は独身だ。私にもまだチャンスはあると思うがね」
ハッハッハッと笑いながら編み込んだ髪を揺らしながらリュカは去っていった。
「ステラ、今日からクラークに住め。離れていたら不安で仕方ない」
これは再び早く結婚したい病に罹るなと思いながら、ステラはため息をついた。
「イシュトハンの方が防衛は完璧でしょう…不安なら今夜イシュトハン戦記をお持ちしましょうか?」
「今日はクラークに泊まる約束だったよな?私がイシュトハンにいた方がいいならそうしてもいい」
デイヴィッドが隙あらばクラーク邸に泊まらせようとするのはいつものことだが、今回の結婚したい病は原因解決が容易ではないので、ため息しか出ない。
「ステラは私といたくないのか?不貞はしないという契約を覚えているな?」
ため息を聞いて焦ったデイヴィッドは、紳士という皮を脱いでしまったようだ。これは脅しに近い。
「デイヴィッド…落ち着いて。私は彼とは初対面だし、二人で会う理由なんて何もないでしょ?私はデイヴィッドの婚約者よ?そんなに私をふしだらな女にしたいの?」
「しかし…彼は金髪で加えて長髪だ」
「それが?」
デイヴィッドに言われた意味はすぐに分かった。確かに彼は金髪に近い明るい髪を毛先まで編み込んだフィッシュボーンをしている。
私からしたら全く違うが、言いたいことは分かる。
「フロージア殿下に似ている」
「プッ…フフッごめんなさい。可笑しくて可笑しくて我慢出来なかった。フロージアに似ているかと言われたらぜんっぜん似てないけど。どちらかと言えば少なからず同じ王族の血の流れる貴方の方が似ているんでなくて?」
ステラは耳を垂らした犬のようなデイヴィッドの頬に手を添えた。腰に手を回されて上を向かざるを得ない。
「リュカだって同じ血が流れている。彼の祖母は第三王女だったアンジェリカ殿下だ。我が国から輿入れされたんだ」
「なるほど。勉強不足だったわ!なら親戚同士仲良くしたらどう?パーティの時はいつものように私の側から離れず、エスコートすること。それから…これからは化粧直しにもついてくるのよ?そうしたら私とリュカシエル殿下とは絶対に二人にならない。どう?安心出来た?」
「全く安心出来ない…」
これは何を言ってもダメだと思ったので、説得は諦めた。私を監禁出来るわけでもないし、好きにさせよう…ただの嫉妬なら可愛いものだ。春が終わればすぐに結婚式なのに、リュカシエル殿下のおかげでひっつき虫と一緒に社交をすることになった。
「あの人、絶対楽しんでる…」
ワインの入ったグラスを回す殿下と目があった。彼はとても楽しそうに見えた。
「ステラ、よく似合ってる」
ブルーの石に合わせてたくさんの青い花が縫い付けられたドレスを着た私を、白いシャツに紺色のスーツを着たデイビッドが抱え上げた。ハンカチーフは私についている花と同じで青く、ドレスと対になっていると分かる。
「抱えながら入場する気?」
春の舞踏会が行われる王宮に先に向かっていたデイヴィッドと控室で落ち合った私は、そのままソファに腰掛けた彼の膝に乗せられる。
「入場前に私の匂いをつけておこうかと」
「部屋を出る頃にはデイヴィッドの足が痺れてしまいそうね…」
今日はデビュタントを迎える若い女性が多く、いささか華やかな舞踏会だ。そして、私たちの本格的な社交が始まる。結婚式の招待状はすでに届いているだろうから、話題に困ることはない。社交界の話題を一時奪うことができる。
「次は私の目の色の石を贈ろう。明日にでも買いに行こうか?他の宝石も見てみるといい。最初だし数を揃えないと。今日はクラークに泊まった方が都合がいい。そう思わないか?」
「そうね…確かにこれだけ予定が詰まってると、いつか面倒な招待の時に困りそう。それに、まだデイヴィッドの目の色の石は貰ったことがなかったしね」
先日、ステラカットのピアスとネックレスをもらい、青い石のセットが完成した。彼はとても満足そうで、星が二重に見えるダブルステラカットのデザインも職人が出してきたと嬉しそうに語っていた。
「私の目はグリーンで、ステラカットするのに最適な石はなかった。本当はそのセットもエメラルドで希望していたんだけどね。だから、今日は私の家に泊まって、朝から出掛けよう。ケアリーもウェディングドレスを三つ試着して欲しいと言っていた」
「泊まるのはいいけど…ケアリーはドレスを三つも??ついこの間は一つだけだったのに…」
「最上の一点にするにはアイデアが湧き上がりすぎているらしい。母が嗾けるからウェディングドレスなのにいくつも出来上がってきそうだ。そうしたら何度も結婚式をしなくてはならないな」
「それって何度も離婚するってこと?確か貴方の不貞でなければならないから…」
「待て待て、離婚はしないし不貞もしない。私が誘惑に負けない男だと知っているだろう?」
誘惑に負けすぎて盛大な結婚式をぶち壊そうとしたのは誰だったかのか彼は忘れてしまったようだ。
「そう願ってるわ。貴方が誘惑に強いなら、パーティが始まる前にキスなんてして、私の口紅を落とさないわよね?残念だわ」
私が彼の首に腕を回して、コツンと額同士をくっつけると、鼻先が触れた。もちろん、誘惑に弱い彼が我慢できるわけがなく、私は化粧を直してもらってから控室を出た。
「ステラ!久しぶりね!一年ぶり?」
昨年は一番貴族たちが集まる春に引きこもり気味だったから、友人たちとも顔を合わせられるのを楽しみにしていた。もう気を遣われることに居心地の悪さを感じることもない。
「デイヴィッド!結婚式楽しみにしてるぞ」
この日はお互いの友人を沢山紹介し合った。壇上には王族が並び、そこには大きなお腹が目立つマタニティドレスのカミラの姿もあったが、デビュタントの子たちの謁見の列は途切れることもなく、国王陛下には挨拶する必要はなかったので、存分に楽しむことが出来る。いわば下にいる私たちの独壇場だ。婚約後のパーティではタイミングを逃した社交界の話題の中心に立った瞬間だった。
「新聞記者からの取材も来ていたが、またいくつか受けようと思っている。世間に私たちをアピールするにはいい機会だと思わないか?」
「記者は何かあるとすぐ掌を返すけど、全部受けたっていいくらいメリットはありそうね」
私が社交界の中心に立てば、公爵家は有利に動く話が多くなるだろう。それを拒む理由はなかった。
「デイヴィッド!」
また一人声をかけてくる人がいて、私たちは振り返った。
「あぁリュカじゃないか!いつ来たんだ?」
デイヴィッドが言ったことで、声をかけてきたのがエルシュバルツ国の第二王子、リュカ殿下だと気付いた。姿絵は見たことがあったが、直接お会いするのはこれが初めてだ。
「一週間ほど前さ、其方は旅行に行っていたらしいな」
「あぁ、彼女と一緒にだ。紹介する。イシュトハン辺境伯家のステラだ」
「ふっ…よく知っている。私はエルシュバルツのリュカシエルだ。其方に熱心に求婚した一人だが覚えているか?」
私の頬は引き攣りそうになったが、今顔の肉をピクリとも動かせば主導権を明け渡すことになるとグッと堪えて息を吐いた。
「もちろん、丁寧なお断りをした失礼を忘れることはありません。お初にお目にかかります。ステラ・リラ・イシュトハンです。もし来世でデイヴィッドと出会えなければ、真っ先に思い出すお名前でしょう」
私は王族の前ではカーテシーを取らなければならない。この国の王子よりも丁寧に私は膝を折った。
「リュカ、求婚とはどういうことだ?」
デイヴィッドはステラを隠すように一歩前に出た。
これは面倒なことになった。私の返答は完璧ものに近かったと自負していたが、デイヴィッドの前で言われたらそれも無意味だ。
「今聞いた通りだ。其方が出てこなければ彼女は私と結婚していただろうに…」
「ステラは私と婚約している。結婚式も目前。変な気は起こさないでくれよ?」
「さぁ…それはどうかな。まだ彼女は独身だ。私にもまだチャンスはあると思うがね」
ハッハッハッと笑いながら編み込んだ髪を揺らしながらリュカは去っていった。
「ステラ、今日からクラークに住め。離れていたら不安で仕方ない」
これは再び早く結婚したい病に罹るなと思いながら、ステラはため息をついた。
「イシュトハンの方が防衛は完璧でしょう…不安なら今夜イシュトハン戦記をお持ちしましょうか?」
「今日はクラークに泊まる約束だったよな?私がイシュトハンにいた方がいいならそうしてもいい」
デイヴィッドが隙あらばクラーク邸に泊まらせようとするのはいつものことだが、今回の結婚したい病は原因解決が容易ではないので、ため息しか出ない。
「ステラは私といたくないのか?不貞はしないという契約を覚えているな?」
ため息を聞いて焦ったデイヴィッドは、紳士という皮を脱いでしまったようだ。これは脅しに近い。
「デイヴィッド…落ち着いて。私は彼とは初対面だし、二人で会う理由なんて何もないでしょ?私はデイヴィッドの婚約者よ?そんなに私をふしだらな女にしたいの?」
「しかし…彼は金髪で加えて長髪だ」
「それが?」
デイヴィッドに言われた意味はすぐに分かった。確かに彼は金髪に近い明るい髪を毛先まで編み込んだフィッシュボーンをしている。
私からしたら全く違うが、言いたいことは分かる。
「フロージア殿下に似ている」
「プッ…フフッごめんなさい。可笑しくて可笑しくて我慢出来なかった。フロージアに似ているかと言われたらぜんっぜん似てないけど。どちらかと言えば少なからず同じ王族の血の流れる貴方の方が似ているんでなくて?」
ステラは耳を垂らした犬のようなデイヴィッドの頬に手を添えた。腰に手を回されて上を向かざるを得ない。
「リュカだって同じ血が流れている。彼の祖母は第三王女だったアンジェリカ殿下だ。我が国から輿入れされたんだ」
「なるほど。勉強不足だったわ!なら親戚同士仲良くしたらどう?パーティの時はいつものように私の側から離れず、エスコートすること。それから…これからは化粧直しにもついてくるのよ?そうしたら私とリュカシエル殿下とは絶対に二人にならない。どう?安心出来た?」
「全く安心出来ない…」
これは何を言ってもダメだと思ったので、説得は諦めた。私を監禁出来るわけでもないし、好きにさせよう…ただの嫉妬なら可愛いものだ。春が終わればすぐに結婚式なのに、リュカシエル殿下のおかげでひっつき虫と一緒に社交をすることになった。
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