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第一部

感情豊かな子供

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「見て見て!革のブレスレット!これカッコいい…」

「カッコよくてもクロエ嬢には似合わないんじゃないか?」


 デイヴィッドが普段ドレスを着ているのに不思議に思って、見惚れたように手に取っているクロエに問いかけると、クロエはブスっと不貞腐れてしまう。

「これに似合う服を着ればいいだけです。そうしたら私にも似合います」

「なるほど、乗馬する時とかに付けたらいいかもしれないな。どれが気に入ったんだ?」

「赤と、茶色と、あとこのブルーの石のついたの!」

「じゃあそれを買おう」


 デイヴィッドはちょこまかと次々に興味を持つ子供を前にワタワタと忙しなく動いていた。騎士達も予想もつかない動きにアタフタとしている。


「やぁ貴族のお嬢ちゃん!美味しいフィッシュボールは如何かな?」


 国内では貴族に気安く料理を勧めるような平民はいない。気分を害す貴族の方が多いだろう。だが、大陸語で話しかけて来たこの男も元貴族と思って間違いない。


「フィッシュボール?美味しそう!」

「これはなんの魚なんだ?」


 デイヴィッドは白く丸い物体を焼く男に尋ねた。何かも分からないものを子供の口に入れさせるのは怖い。

「タラと玉ねぎのすり身だ。バターの香りで他国の貴族にも抵抗はないだろう。流刑貴族が言うんだから間違いない」

「おっちゃん、流刑されたらもう貴族じゃないよ。とても立派な平民だ。料理が出来るなんて一流だね」

「そうだ。今は立派な平民。この国じゃ生きてるだけで立派なんだ。はい、嬢ちゃん、にいちゃんも焼きたてだぞ」


 クロエと男とのやりとりに、デイヴィッドは冷や汗をかいた。相手が怒り出してもおかしくなかったし、この小さな国で平民相手に騒ぎを起こしたらすぐに広まってしまう。クロエといるとデイヴィッドは心休まる時がなかった。ステラはいつもどうやって過ごしているのかと不思議でならない。


「美味しそうなものを食べてるわね」


 今日も見事な雪だるまぶりで、クロエと同じコートを着るステラが現れた時、デイヴィッドは助かった…と肩の荷を下ろした。兄弟もいないデイヴィッドは子供と遊んだ試しがなかった。しかも、クロエは幼い幼いと言いながらも来年にはアカデミーに入る年だ。扱いが難しい。


「ステラ姉様、村長は喜んでくれた?」

「この子ったら…手紙の中身を見たのね?」

「手紙は開けてないので無実です」


 村長のところに寄ってから行くと言われて、二人は不要だとポイっとクロエを任されたデイヴィッドは、二人の話に全く付いていけない。今朝イシュトハンからの手紙が届いていたことだけは知っているが、ステラから特に何も言われていない。


「羊と春野菜をお裾分けしたの。冬の終わりで食料は厳しいだろうから。輸入すれば魔石を使うことになるからね。ならイシュトハンから贈ろうと思って」

「十分なお金は払ったつもりだったが…」

「お金でない物が喜ばれることもあると思って。報酬じゃなくてただのお礼よ。デイヴィッドは気にしなくてもいい。とっても喜んで貰えたと思うわ」

「成程。確かに。私じゃ考え付かなかった」

「姉様、フィッシュボール美味しかったですよ!オススメです」


 少し考え込んだデイヴィッドの横で、流木で作ったようなベンチに座ったクロエがデイヴィッドの逆側の隣の屋台を指差した。馴染みのない名前の料理だったが、美味しいと言われたなら買わない理由はない。


「まいどありー」


 すでにクロエのお墨付きを得て買われる満々の男性が、丸い物体を裏返した。

「大陸語の話せるおじさん。一つください」

「はいよー!待ってましたー」

「因みに店主は流刑貴族です」


 クロエがご丁寧に店主の紹介をし始めた。

「やだクロエったら!流刑貴族というのは存在しないの。流刑された時点で彼は平民。罪が本当にあったかどうかは別として、今のおじさんは大陸語を話せる超優秀な平民ってこと。優秀すぎて料理まで出来るなんて…立派な平民とでも言うべきね」

「ステラ、少し失礼じゃないか?」


 ステラがクロエのように元貴族相手にプライドを傷つけるようなことを平気に口に出すので、デイヴィッドはクロエの時には我慢したが流石に注意することにした。聞いていてあまり気持ちのいいことではなかった。

「いやいやいや、いいんだ。いいんだ、にいちゃん」


 店主が少し笑った後、ヘラを振りながら気にしなくてもいいとアピールしていた。

「デイヴィッド、私は彼を辱めていたわけじゃないわ。褒めていたのよ。流刑って、堂々と処刑できない時に使われたりすることが多いし、冤罪なんて五万とある。知り合いもいない厳しい環境の流刑地で生き残るのがどれほど難しいことか…野に放たれたら生きていけない貴族が多い中で、彼は本当に凄いわ!魔力も普通にあるのに料理を覚えて、この厳しい土地で生きてる。彼はとても幸運だし、とてもいい人なのよ。じゃなきゃ村人が彼を受け入れるはずがない」

「いやぁ…それ程でもないが…魔力で好感度を買ったようなものだったし…それに簡単な生活魔法しか使えないからあまり使い物にならない」


 デイヴィッドは店主がなぜ照れているのか理解出来なかった。貴族はプライドが高い生き物だ。お前は平民だと言われれば気分が悪かろうと思っていたが、そうではなかったらしい。

「大陸語が話せれば、通訳もできる。観光シーズンは引っ張り凧なのでは?」

「まぁ…ぼちぼちってとこかな。観光シーズンと言ってもここは観光客自体が少ないからな!はいよ!出来立て熱々のフィッシュボールだ!」

「ありがとう。バターのいい香りだわ」

「おぅよ。にいちゃん。こんな流刑された俺を庇おうとしてくれるやつなんて今までいなかったからな。嬉しかった。それに、凄いと褒められるのも嬉しいもんだ。平民の生活は悪いことばっかりじゃない。人として扱ってくれる所にいられるなら、俺は平民のままでいいんだ。貴族として扱って欲しいと思ってるやつは、相手が貴族だと分かっていてこんな下品な話し方をしない!ハッハッハ」

「私の言い方も確かに誤解を招く言い方だったけど、彼に同情するようなことを言う方が失礼だと思ったのよ。だから立派な平民だと讃えたの」


 ステラはデイヴィッドに恥をかかせてしまったと思うと申し訳なくなった。そんなつもりは全くなかったが、多くの目がある中恥をかかせるつもりは全くなかったから、自分の行いを反省することになった。当主に大勢の前で恥をかかせるなんて、絶対あってはならない。

 
「いや、私が浅慮だった。君が平民をバカにした所は見たことがないのに…君は優しい純粋な人だと知っていたはずなのに…私は…」

「えっ……愚か者は平民でも貴族でも王族でもゴミだと思ってるわよ?聖人君主じゃあるまいし」

「そうです!ステラ姉様はしれっと腹黒いですよ?公爵のがよっぽど純粋です」

「く~ろ~え~?誰が腹黒いってぇ!?」


 ステラがビュオンと音がするほどの風を逃げ出したクロエに放ち、クロエはその風によってフワリと宙に浮かんだ。


「捕まえた!お縄につきたいですか?」

「ヒィ~~!拘束魔法だけはやめてー!」


 クロエは降参するとすぐにステラに謝り、首根っこを掴まれた子猫が丸まるようにしてクロエの横に立っていた。
 デイヴィッドはこれがステラの本当の姿なのだと思った。雪で遊び、悪戯をした子供に呆れつつも一緒に遊ぶ。
 走るのは端ない。優雅でいなさいと小さい頃から学び、感情を表に出すなと教育される魔力持ちの貴族の普通とは異なっていたが、デイヴィッドはそれがとても羨ましく思えた。
 夫の前でも弱音も本音も言わない女性よりもよっぽど好ましい。デイヴィッドは学園生活でひっそりと見ていただけだったステラの違った一面に出会ったことに喜びすら感じていた。


「腹黒くても私はステラが好きだよ」

「嫌いだなんて言ったら、すり身にしてあげるところよ?」

「あの屋台パン売ってる!」

「まだ食べてないんですけど!?」


 ステラはそのままクロエを追いかけることはせず先ほどまでクロエが座っていたベンチに座った。


「追いかけてこようか?」

「いいの。見える範囲にはいるし、騎士も追いかけていったから」

「イシュトハンではいつもこう?」

「こうって?」

 ステラは何のことを言っているのか分からなくてデイヴィッドを見た。

「あれだけお転婆だと礼儀作法を教えるのに苦労しているのかと」

「やだ!あの子がいくつだと思っての?うちの母も侯爵家の出身で、礼儀作法はとても厳しいのよ?それに、あの子は特別。あれだけの魔力を持ってても私やダリヤより早く魔力制御を完璧にこなして…あれだけ笑うようになったのも本当につい最近。何ヶ月も色を判別できなくなるほど精神的に追い込まれたりしたこともあったの…正式な場以外では笑ってくれてたらそれだけでいいわ」


 二人で騎士にお金を払わせるクロエを見ていた。
 デイヴィッドもステラもこの時は知らなかった。目の前の子供が驚くほどの苦労を運んでくることを。
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