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第一部

クロエと雪遊び

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「スノーランドに行かれるならもっと着てください!スカートもう一枚足して、それから…毛皮のコートは丸く見えるのでベルトでくびれを残しましょう。あぁ日の目を見ることはないと思っていた極寒地仕様のドレスを使う日が来るとは…感動です!」


 冬のドレスとコートに着替え終わった頃、ケアリーがスーツケースを抱えてイシュトハン邸にやってきた。


「スノーランドは雪だるまさえ凍る地です。こんな温暖な気候の冬支度では一瞬で氷漬けなんですよ」


 ケアリーは輝くような笑顔を向けながらすでに腕すら動きそうもない私の腹にベルトを留めた。雪だるまとは私のことを言っているのか?


「ケアリーさん、私のコートもあるの?」


 突然姉の部屋に呼ばれたクロエは、目の前で雪だるまとなっている姉に着せられているものと同じデザインの小さい毛皮のコートを見つけた。


「もちろんでございます。今朝から作った出来立てホヤホヤです。少し大きく作りましたので、来年も再来年も着ていただけますよ」


 ミンクの毛皮のコートは、羊毛コートの上に羽織らされ、クロエもまた雪だるまと化した。黒い雪だるまが二体。今にも転がりそうだ。


「何でクロエは中のドレスを増やさないの?」

「お体が小さないので仕方ありません」

「仕方ないで済むなら私もそうしなさいよ」


 ブツクサ文句は言いはしたが、体験したことのない土地への旅行だ。勧められたら断るようなことは出来ない。一瞬で凍ってしまってはどれだけ魔術師を連れて行っても生きて帰ってこられる気がしない。


「ステラもクロエ嬢も可愛いな」


 丸々と服を重ねられた私たちとは違い、デイヴィッドも、そして従者も、毛皮のコート一枚羽織って、寒冷地仕様の革のブーツを履いている位だ。解せない。


「今すぐ脱がせて」

「いや、スノーランドは雪だるまも凍るほどの寒さだ。ちょうどいいだろう」


 なら私達以外は全て氷漬けにされるのだけど?だけど、平民では中々手に入らない上等な革のコートを支給されたイシュトハンの侍女達は、私に毛皮の帽子まで被せた。完全に雪だるま扱いだ。



「ようこそお越しくださいました。スノーランドの王、マクミエールです。このような雪国までお越しいただき…おや、ずいぶんと暖かそうな上等な毛皮ですな」


 スノーランドの国王は、ステラとクロエを視界に入れるなり、挨拶の間も待てなかったとでも言うように二人から目を離せずにいた。


「雪だるまも凍ると伺ったので…」

「良き心掛けです。雪だるまどころか、熱湯も一瞬で凍る地ですのでちょうど良いでしょう」


 それを聞いた革のコートを着ている従者達は、一斉にトランクから厚手のコートを取り出し、革のコートの上から羽織った。スノーランドが危険な土地だと認識したのだ。しかし、しっとりと自身の熱がこもっている。


 氷のレンガで作られた城を貸し切れるとのことで、蒼白く光る入り口を間近にして目を輝かせているクロエの手をしっかりと握った。


「ステラ姉様、結界はどうする?私がしてもいいのです?」

「お願い出来る?」

「もちろん」


 クロエはふむふむと頷くと、ボワっと一気に城を囲うように結界を張った。因みに、そのままでは本人以外に出入りが出来ないので、見張りが敢えて開けてある入口に結界を張る。身内だと話が早い。


「ステラ姉様の部屋も結界は任せてくださいませ!魔力は有り余ってますからね!」

「それは心強いわ」


 旅はこのくらい厳重でなきゃいけないと思う。王族ですら魔術師の数で安全を確保するが、だからしょっちゅう暗殺なんてことが起きるのだ。領地を放り出して旅に出て、そんな簡単に死なれては領民はたまったものじゃない。
 クロエの部屋に着くと徐にモコモコの毛皮のコートを脱ぎ捨て、スリムな革のコートになると、すでに付いている暖炉の前に座り込んだ。


「床や壁はちゃんと溶けないようになってる…」

「建築魔法書の出番かしら?荷物を運び終わるまで何かして遊ぶ?それとも少し休む?」


 子供のクロエを連れ出したからには放っておくわけにはいかない。そのうちいなくなって遥か彼方の国で見つけることになる。


「まずは雪だるまを作らないと!!」とクロエがキラキラとした目を隠さずいうので、二人は準備でバタバタとする城を抜けて外に出た。


「実は、雪を入れるだけでアヒルが出来る型を作ってきたんです!姉様……見て見て」


 クロエは大きく膨らんだポケットからまん丸の金型を取り出して、パカっと開いた後雪を詰めてもう一度くっつける。


「ステラ姉様、手を」

「はい」


 私が手を出すと、クロエが金型をパカリともう一度開いた。すると、コロンと出てきたのはアヒルというかヒヨコというか迷うマルっとした雪鳥だ。

「あら、可愛いわね」

「でしょー!数年前はいつも粘土を詰めてそこら中にアヒルを並べてたりしてたけど、雪の方が可愛いと思ってたんです!さー入り口にたくさん並べようかなー?窓枠にも欲しいなー」


 クロエの年齢を考えれば幼すぎる遊びな気がするが、珍しい雪遊びは私もしたいくらいだ。


「私は雪だるまを作ろうかしら」


 屈んで芯になる雪玉を作れば、入り口に置かれた椅子に腰掛け、あとは風をおこしてコロコロとさせるだけだ。あっという間に大きな雪の塊が出来ている。ステラはもう一度雪の中に手を入れて小さい雪玉を作ると、風で転がせる。


「わぁ!姉様すご!」


 少し目を離しただけで大きな雪だるまが出来ていたことに、クロエは感動していた。


「クロエもやってみたら?こうやって小さく雪玉作ったら、「ブリーズ」と唱えて優しく風で撫でると転がるわ」

「「ブリーズ」ですか…絶対難しい…」


 クロエは簡単で弱い魔法が一番苦手。苦々しい顔をしながら雪玉を作り始めた。


「ブリーズ」


 クロエが呪文を唱えると雪玉がスパーンと飛んで、先にある木にぶつかって粉々に散った。小さな雪玉が当たった木は大きく揺れ、その周りの木もサワサワと音を立てていた。

「竜巻でもおこしましょうか?」

「アーハッハッハッハッあぁーおかしい!」


 私はムクれながら上級魔法を代わりに使おうとするクロエに笑いが止まらなかった。


「竜巻であの木を全部消し去るつもり?雪だるまを作るんでしょ?」

「ブリーズ」


 椅子から転げ落ちそうなほど笑ったのは何年ぶりだろうか。仮面を被り、ただでさえ感情に左右される魔力を抑えるために平常心を保っているというのに、下品に声を上げて笑うなんて、クロエと、イシュトハンから連れてきた侍女の前でなければ許されないだろう。また一つ雪玉が彼方へと消える。

「アーハッハッハッハッ!クロエ、じゃあ的でも作って雪を飛ばして遊びましょうよ。もちろんブリーズで」


「ええーーーっ!」


 クロエを馬鹿にして笑っているわけではない。クロエは太いパイプの様に出力が大きいだけ。困難な魔法の調整は簡単にやってのけるのに、単純な魔法は調整が難しいだけだ。


 城に二人の笑い声が響き、中には下品だと思っているものもいたが、ほとんどの者は二人が何度も放つ風魔法に感心し、それを楽しそうに放つのを窓から見ていた。


「はぁ…何て楽しそうなんだ」


 雪遊びに誘われもしなかったデイヴィッドは、多くの窓にへばりつく侍従達と同じく、羨ましそうに二人を見ていた。
 
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