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第一部

価値観の違い

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 螺旋階段の中央を上がれば、敵に攻撃を放ちながら上に行くことができた。不意をつくには抜群の効果だったようだ。


「デイヴィッドッ!」

「ステラ!」


 騎士達に守られるように部屋の隅にいるデイヴィッドは、追い詰められながらも後方から拘束魔法を敵に放っていた。


「おおっ」


 デイヴィッドが次の瞬間に間の抜けた声を上げた時、ステラはすでに壁をぶち壊して高出力の雷撃で敵を一掃した後だった。


「デイヴィッド大丈夫?」

「あぁ。ステラ、君すごいな」


 自分より魔力の多い敵はそう多くはない。しかし、存在しないわけではないことは理解している。なので、まだ油断するつもりはなかった。


「そんなことはどうでもいいの。怪我はなさそうね。とりあえずエーテリアは乗っ取るわよ」


 転送装置で天空の孤島である断崖絶壁の領地に来たのだ。この国から逃げるには転送装置がなければならない。それは領地を奪うことに等しかった。転送したい場所と連絡をとりながら、相手と同時に魔力を転送装置に流し込んでいなければならないのだから、隙を見て転送装置だけを手に入れても仕方がない。


 ステラはそのまま部屋を飛び出すと、デイヴィッドの静止も聞かずに、逃げていたエーテリアの領主を捕まえてきた。


「ステラ、君の魔力がすごいことは分かった。感心するばかりだ…だが…」

「何言ってるの?今私が使える魔力は本来の三分の一程度よ。クロエほどではないけど、私も魔力の出力は大きいの。工夫すれば魔力量で勝てなくても勝負できるわ」


 公爵夫人の立場ならば、魔力を惜しげもなく使えるのに、王宮の結界に大半を取られている現状が気に入らない。そのせいで命まで狙われているのに、皇室からの護衛は付いていないのだ。私が死んだら魔術師を集めて結界を張らせればいいとでも思っているに違いない。


「少し顔色が悪くないか?大丈夫か?」


 デイヴィッドが私の顔を両手で掴んで細部まで確認するかのように顔を上に向かせた。


「魔力を使いすぎただけよ。それより、この男殺していいわよね?」


 領主の首を取ったなら、それはその領地を手に入れたのと同じだ。現に今、捕まっている領主に領地運営など出来ない。このままクラーク領となったと宣言することも出来る。旅行中の私たちに先に手を出したのはエーテリアだと誰もが理解するだろう。


「大丈夫。もっといい方法がある」


 結界の中に閉じ込めたベテック侯爵という領主は、結界内にいても口を閉ざされている。魔力が強いものが使うなら、手足を拘束するよりも確実で、安全な拘束が結界だ。自分の結界を壊せるとは思えないが、このバカ達みたいに安易なことはせず、しっかりと呪文を唱えさせないように口を拘束した。
 その結界の中で既に諦めて大人しくしているベテックの視線に合わせるようにデイヴィッドがかがんだ。


「エーテリアは観光都市で崖に作られた畑しかない。魔石もあるが…鉱山は手に入れても面倒なだけですかね。それよりも、国に責任を問おうか」

「任せるわ」


 エーテリアの属するのは東の帝国。その中心にエーテリアは位置する。デイヴィッドはその地理的な優位性で取引を行った。それは無慈悲なほどの取引であったが、帝国のど真ん中の領地を奪われたとは発表出来ないだろう。しかも、隙をついて売った喧嘩で失ったとは笑えない冗談だ。



 べテックがその後どうなるのかまぁ想像はつくが、それは帝国の決めることだ。デイヴィッドは鉄や金の輸入を帝国から取り付けた。転送装置での輸入の為、魔石の贈与も含まれている。エーテリアは魔石の有名な産地でもあった。


「あの男、殺さなくてよかったわ」


 ステラは思ってもいない取引での解決に面食らった。デイヴィッドの前にべテックの首を差し出そうかと思っていたが、公爵の指示に従うべきだとデイヴィッドの立場に配慮した結果生まれた産物。領地をどうするか考える前に、私一人ならば殺す選択肢しかなかった。


「ステラ、君は周りを動かすことを学ぶべきだ」


 デイヴィッドは東の帝国との話し合いが終わると、魔力回復に努めるために横になっていた私の口に砂糖を一欠片放り込んだ。


「誰かが殺されてからでは遅いわ」


 イシュトハンでは先頭に立って戦うのは当たり前だ。領主が先頭に立たなければ、貴族の最低条件として魔法が使えることというものがある意味がなくなるし、下の者の指揮も高まる。


「確かにステラは強いが、君が1人で来た時は心臓が止まるかと思った。私も魔力は君ほどはないが、それなりに魔法は使える。相手の正確な数すら把握せずに無計画に飛び出すのはやめて欲しい。小部隊の暗殺計画だったからこそ返り討ちにすることが出来ただけだ。こんな小細工で領土を奪おうとする者は滅多にいない」


 デイヴィッドは相当お怒りな様子で、目を逸らすことも許さないとでも言うように私の顔を両手で挟んだ。


「私がいなければ、デイヴィッドも死んでいたかもしれない。私もそう…最初の一発目の攻撃で殺されていてもおかしくなかったわ」


「それはすまなかったと思っている。君には加護の魔法もかけていたが、簡単に壊されてしまうとは想定していなかった。今後はより強度な…」

「私がかけるわ。公爵邸、デイヴィッド、私、お義母様、その位なら結界と防御系の魔法を纏わせて維持することは出来る」


 デイヴィッドの怒りも理解している。デイヴィッドは魔法師と連携して身体強化魔法を使える者を塔の外に出して、別領土となる崖の下の街へ向かわせていた。時間はかかったかもしれないが、東の皇帝へ抗議し、宣戦布告かと問えば助かったかもしれない。しかし、それでは遅すぎることもあるのだ。


「ステラは王宮にも結界を張っているのにそんなことまでしなくてもいい。すべてのもしもに対応することはできないが、軽減対策は常に取っている。どんなに強固な結界でも、相手次第では無駄になる。それよりも、もしそうなった時のことを常に考えていた方がいい」


「私は…自分の力しか信じられない。魔法省の魔術師すら私には低レベル過ぎて話にならないの。それが理解してもらえるとは思わない。それでも、私は私が守りたいものは守るわ」


 私はイシュトハンの娘だ。人の上に立つためには責任があることをよく知っている。弱いと分かっていて盾にすることなんて出来るはずがない。そんな主人に仕える者が少ないことを、歴史はよく知っているのだ。
 

「ステラ…君の魔力はすごい。君が生きてくれていて良かったと思うし、危ない目に合わせた自分が不甲斐ない。それでも君を心配する気持ちは理解してほしい。一人で解決しようとするな」


 デイヴィッドが心配してくれていることは分かっていた。それでも、私は頑なに首を縦に振ることはなかった。




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