皇太子殿下に捨てられた私の幸せな契約結婚

佐原香奈

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第一部

不安が口を開けて

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私たちの婚約に、壁など存在しないに等しかった。
けれど、私は辺境伯家の長女で、彼は国王陛下の息子だった。


同じ跡取りとして切磋琢磨し、幼馴染として育った私たちは社交界でも公認のカップルだった。


形式上、幼馴染である第一王子のフロージアの15歳の誕生日、彼の婚約者候補達が王宮に上がった。
事前に発表された候補には、妹のダリアの名前はあったが、後継者教育を受けていた長女の私、ステラ・リラ・イシュトハンの名前は上がらなかった。
それは当然のことだ。


慣例に則れば、最終的に婚約者として選ばれなくても自分に箔がつく。
選ばれる利点としてアカデミーの授業の他に、王宮で他国の礼儀作法や語学を学ぶことが課せられている。
昔のような蹴落としあいがあれば、自分の評価が落ちるだけ。
危険を冒してまで王家に拘泥る家門はなかった。


今の王妃も、先代の王妃も、婚約者候補者ではなかったらしい。
それでもこうして候補者を選ぶのは、国のお墨付きの令嬢としてより良い嫁ぎ先を選択出来ることを貴族達が望んでいるからだ。
もし王族と縁が結べなくても、娘は引く手数多な存在となる。
双方に利益のある婚約者候補制度は、廃止されることはなかった。


私の生まれであるイシュトハン辺境伯家は王国にとって特別な地であった。
負けなしの戦歴で王国一の歴史を持ち、更に、私たち三姉妹は国の均衡を崩すほどの魔力の持ち主だった。


当然のように王家は大きすぎる力を持ったイシュトハンの娘を婚約者として迎えたかったし、貴族達もそれを望んだ。


筆頭魔術師だった母サリスと、元魔法省の魔術師であった王妃オフィーリアは唯一とも言える親友で、私たち三姉妹と、二人の王子殿下は幼い頃から親交があった。



「あらフロージア殿下、また遊びに来たの?」

「やあ、ダリア元気そうじゃないか。アカデミー入学の準備は出来てるかい?」

「準備って言っても王都の屋敷から通うだけだし、特に何も?まぁゆっくりしていって!」


王家からの婚約者候補に上がりながらも唯一王宮入りしなかったダリアも、アカデミーに入学する年齢になり、私とフロージアはもうアカデミーの卒業間近だった。
こうしてフロージアは休みの日にイシュトハンへ帰る時は一緒について来て、周りからは公認の恋人のようになっている。



アカデミーを卒業するということは、進路を決めるということだ。
魔法科のトップ成績で卒業予定の私は、後継者としてイシュトハンへ戻ることになる。


「もうあとは卒業式だけか…お互い忙しくなるわね」

「そう…だね。ステラと毎日会えていたのに寂しくなる」

「そうね、もしかしたらプロムが最後になるかもしれないわね」


王宮で国王補佐の地位につく彼は、アカデミーの卒業と共に公爵の地位も賜る予定だ。
婚約者も決めなければいけない期限と言っていい。
それは、後継者である私にも言えることだった。


「最後だなんてことあるわけない!私はステラに会いに来るよ。毎日は無理でも、休みの日は必ず」

「ふふっ。休みの度に会いに来るの?」

「あぁ約束する。だから縁談はもう暫く断ってくれ。頼むよ」


私たちの結婚に、何も障害はない。
私は一人娘ではないし、家柄も問題ない。それに世間は魔力の強いイシュトハンの娘が王宮に入ることを望んでいた。


私から見れば本当に不思議なことなのだが、王家から求婚状が届くことはなかった。
卒業プロムのエスコートは、もちろんフロージアがしてくれる予定だ。

柔らかな金色の長い髪を一つでまとめ、中性的な顔立ちとあわせて国民にも人気が高いフロージアと、魔術師らしく感情の見え辛い私は、対象的に語られる事も多いが、悪い意味で語られることは少ない。



「ステラ、お願いだ。君が私ではない誰かと結婚するなんて受け入れられない」



ーーならば何故、正式に婚約を申し込まないのですか?


その言葉は毎度お腹の中に留めておく。
恋人ような同じ色を纏ったプロムでのダンスも最高に楽しかったが、私の心はいつも小さな穴がポッカリと口を開けていた。


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