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二度目の傍観者

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 トーマスは春になってから忙しいらしい。仕事の合間に貴族の家で開かれるパーティに参加している。流石は貴族の息子とでも言うべきかもしれない。エマは去年も同じように春の初めはトーマスが忙しくしていたことを思い出した。思い返してみれば、トーマスが貴族の息子だと言うことは簡単に分かる。出会った時は新人騎士だったが、今では団長補佐として働いている。もちろん剣の腕はあるが、評価されているのは予算の管理や騎士の教育計画等、平民出身では難しいであろうことばかりだ。


「最後にデートしたのはいつだろう…」


 貴族と平民の身分差が目の前にあった。交友関係も全く違う。貴族として生きている彼の世界がある。そこに平民のエマが混ざることはない。


「なぁに?落ち込んでんの?」

「アンナ、今日デートでしょ?いってらっしゃい」

「最近会えないから落ち込んでるんでしょ?一緒に来る?気分転換に買い物でもどお?」

「ううん、邪魔しちゃ悪いし」

「邪魔になんてならないよ。私の親友に彼氏をそろそろ紹介しないとと思っていたんだ」


 アンナはエマを椅子に座らせて、丁寧に櫛を入れ無理矢理連れ出した。


「彼はリドル。んで、彼女は寮で同室のエマ。二人とも節度は守りつつ仲良くするように!」


 アンナの初めての恋人は、貴族の家で馬の世話をしているらしく、昔から動物が好きだったんだとか。最近は犬の世話もしているんだなんて笑いながらアンナを見る目はとても優しくて、エマは自分に向ける目とはまるで違うことに安堵した。アンナのことを大切にしているのだと容易にわかる。


 恋人達のデートにお邪魔する身であるエマは、二人とは一歩距離を置いて遠くを見ながら王都のメインストリートを歩いた。リドルとは初対面で、やはり入れない会話は多い。


「アンナ!私、今日買わなきゃいけないもの思い出しちゃった!あとは二人で楽しんで!リドルさん、またね!」


 エマは自分が言い終わるのも待たずにくるりと後ろを向いて走り出した。部屋にいればよかった。王都のメインストリートは多くの貴族向けのお店がある。


 あの苦しい日々が始まる予感がした。


 家紋の入った馬車から降りてきたいかにも仕立ての良さそうな服を着た男の人が、上品なドレスを着た女性をエスコートして王都で一番人気のレストランに入って行った。数秒の出来事だったが、エマははっきりといつもとは違う服を着ていてもトーマスだと気付いた。


 私が駆け込めるのは、自分の部屋しかなかった。いつもは開けっぱなしのベッドのカーテンをきっちり締めて、気が付いたら次の日の朝で、アンナが心配して話しかけて来ても、エマは言葉を見つけることが出来なかった。


「ちょっとエマ!最後に休んだのはいつ!?シフトはどうなってるの!?」


 その日を境に、エマは朝から夜まで働いていた。客室担当をまとめているのが自分だ。勤務時間は自分の裁量に任されている。休んだってやることはない。トーマスとも一度も顔を合わせることはない。それに…


「あの噂が原因?」


 今、騎士団の中では、トーマスの恋バナで大盛り上がりだ。トーマスが侯爵家の女性と付き合い出したらしい。今年のパーティではどこでもその侯爵令嬢をエスコートしているらしい。婚約も間近だという話だ。

「客室侍女長は平民だもの。遊ばれてたのね」
「エマ先輩可哀想…」

 仕事中にも流れ弾は飛んでくる。職場恋愛は公にするのはリスクがあると実感していた。


「ううん。ちょっと忙しい日が続いているだけ。まとめて休みを取るから心配しないで」

「そんなこと言って!毎日泣いてるのを気付かないと思ってるの!?全て説明しろなんて言わないから心配くらいさせてよ!」

「アンナ~~」


 幸せ一杯のアンナに暗い話をしたくなかったと打ち明けたエマは、アンナの胸に飛び込んだ。


「辛い時くらい、いくらでもこの柔らかい胸を貸し出す。だから思う存分癒されることだ」


 その日はあんなの胸に抱きついて同じベッドで眠りについた。入れ替わりの激しいこの職場で、たった一人出来たエマの友人は、エマの代わりにメラメラと怒りの炎を燃やしていた。


「ウィンストン補佐官、少し時間くれませんか?」


 アンナの仕事は備品庫と武器庫の日常管理だ。修理記録や在庫管理、日常管理といっても多くの物を扱うので業務量はとても多い。この仕事の利点は1日に多くの人と関われることだ。進呈防具の在庫の確認にやって来たエマの恋人にもそれほど苦労せず顔を合わすことが出来る。


「君は?」

「あぁ、紹介もされていないので顔を知らなくても仕方ないですよね。あなたの恋人と同室のアンナです」


 アンナがわざと嫌みたらしく名乗ると、トーマスは一瞬怯んだように顔を歪ませた。だが、それも一瞬のことだ。


「そうか。あまり時間がない。在庫の数だけ教えてくれ」

「今は五つしかありません。来週火曜には二十個入荷する予定ですね。その後も定数までは毎週入荷する予定です」

「ありがとう」


 それだけ聞くと、トーマスは立ち去ろうとするので、アンナは逃がすものかと「逃げるってことは、自分が二股野郎だって認めるってことですか?」と大声でトーマスの背中に向けてぶつけ、廊下にいた多くの人は足を止めてトーマスを見た。しかし、彼は一度足を止めたが、すぐに去って行った。


「あの野郎エマの話と全然違うじゃんか」


 アンナはエマから可愛い感じの普通の人だと聞いていた。貴族だと分かってからも、貴族らしさはあまり感じないと言っていた。とても同じ人物とは思えなかった。


「アンナ先輩!やっぱ補佐官は平民の恋人を捨てて貴族令嬢を選んだんですか?最悪ですね」

「あ~もううるさいなぁ。野次馬はやめて仕事をしろ!因みにアイツは平民の恋人を捨ててすらいない。二股のクソ野郎だぞ。覚えておけよ、明日は我が身だぞお前ら~」

「きゃーーー!捨てられないように頑張ります~」


 逃げるように仕事に戻ったのを確認して、アンナは窓口で頬杖をついた。


「頑張っても頑張らなくても捨てられる時は捨てられるんだよ。馬鹿者が…」


 アンナはボソリと呟くと、髪をグシャリと掴んだ。何も出来ない自分が情けない。平民が出来るのはここまでだった。




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