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新たな道へ

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 トーマスが珍しく仕事中にエマに声をかけた。


「エマ、少しいいかな?」


 トーマスが貴族の息子だと聞いたことを、エマはトーマスに詰め寄りはしなかった。悪意があって内緒にしていたわけではないと思うからだ。


「はい…どうしました?」

「少し来客について聞きたいことがある」

「かしこまりました。では少し指示を出してから伺いたいのですが、どちらに伺えば…」

「侍従長の部屋で待っている」


 トーマスは仕事の顔を崩さず去っていった。エマが侍従長の部屋に行くと、トーマスと、侍従長のリチャード・ハーブフォードの他に副団長のソフィア・ハリスがいた。


「こちらへ座りなさい」


 リチャードがエマを自分の隣へ座るように案内すると、目の前にはテーブルを挟んだだけの近い距離に、仕事上では稀にしか対応しない管轄の騎士二人が目の前にいるという、エマにとっては緊張する形になった。


「驚かせて申し訳ありません。エマ、副団長が騎士団長の最近の来客について聞きたいと言うことなんですが…最近気になるお客様がいましたか?」

 リチャードは貴族らしい上品な姿勢と、柔らかい言葉遣いでいて、多くの侍従や侍女をまとめ上げて長くその地位にいる信頼できる人だ。エマはもう一度席に着いているメンバーを見て、リチャードの言う騎士団長の客と、伯爵令嬢誘拐事件に何か結びつく可能性があるのだと思い至る。


「来客については、門番の来客履歴に載らないような人物を見たことはありません。なのでお力になれるかは分かりませんが、一つだけ話したいことがあります」


「話してごらん。状況を理解していて話すのだろう?」

 キラリと目を光らせたソフィアがエマに微笑みかけ、エマはゴクリと息を飲んだ。


「あの日…緊急招集の鐘が鳴った後…平民街から騎士団長が馬に乗り、飛び出てくるのを見かけました。三番通りのパン屋の娘がその場で転び、膝を擦りむき、それを振り返って確認した馬に乗った男が、騎士団長であったのは間違いありません。麻袋に入れられはしていましたが、騎士団長に抱えられながら馬に横乗りする形で人が乗っていました。今の今まで不審には思っていなかったので、靴擦れして走れなくなった私は、招集命令で急いでいたのもあって、手当されている彼女のことは気にせずに、直ぐに目の前の靴屋で靴を買っていました。靴屋から出る時、通りには馬車が止まっていました。見たことはない紋章もない馬車でしたが、御者二人のうちの一人は、皇太子の馬車を運転する御者の一人でした」

「それをどうして話す必要があると思った?見間違いでは済まないこともあるが、確信はあるのか?」


 ソフィアはどこか嬉しそうに口端を上げていた。

「騎士団長になにか不審な点がある、または、その来客について不審な点があるから私が呼ばれたのだと考えました。ここに、伯爵令嬢誘拐事件の担当であるトーマス様がいることを考えれば、言わない理由がないと思っただけです。騎士団長は黒いマントを着ていましたが、顔は確認出来ました。私が来客対応やお茶出しを任されているのは、顔を覚えるのが得意だからです。侍従長ならある程度見間違いではないと分かるはずです」
 
「リチャード、どうだ?」

「彼女は来客の特徴や好みを覚えるのが得意です。マントを着てくる方は多いですが、服装が分からなくても、靴や、目の色、指、手袋、歩き方などの少ない情報から判断して正しい対応が出来ます。見間違いでここまでハッキリと話すことはないだろうと言うのが、私の思うところです」

「思ってもない情報ですね」

 トーマスが考え込んでいるソフィアを横目で見た。


「……理由が分からんな。まぁ…エマ、ありがとう時間を取らせて悪かった。仕事に戻っていい」


 エマは事件が解決出来ることを望んだが、特に事態が動くこともなく、そのまま日々が過ぎた。


 そうして王立騎士団の名誉は取り戻せないまま冬が終わりに近づいた頃、突然にして一人の侯爵令嬢が伯爵令嬢暗殺計画と誘拐の黒幕として国外追放となったと報じられ、エマは衝撃を受けた。それが皇太子殿下の婚約者であったからだ。


 侯爵令嬢は、皇太子と仲の良い伯爵令嬢に対して強い嫉妬心を抱いており、彼女の存在が自身の地位や結婚に影響を与えることを恐れていた。そのため、暗殺計画を立てて伯爵令嬢を排除しようとしたという。


 ジャンはそれを見届けた後、一人で王都へとやってきた。トーナメント戦の会場となる王立騎士団の演舞場に、ジャンは一人で立っていた。


 エマは演舞場の隅の座席のチケットを取り、ひっそりとジャンの健闘を祈った。幼い頃から王立騎士団に入団する為に努力をし続けたことを知っているのは、この場でエマだけ。今では整った顔で有名になったが、ボサボサの髪で泥だらけで剣を振り回していたのがジャンだ。一人の友人として、エマはジャンの夢が叶う瞬間が来ることを願っていた。


 ジャンはトーナメントで熾烈な競争に身を投じる。闘技場は熱気に包まれ、見物人たちの歓声が響く中、彼は自身の実力を存分に発揮して勝ち進んでいた。

 相手は俊敏な動きと鋭い攻撃を駆使してジャンを追い詰めようとする。しかし、ジャンは冷静な判断と素早い反応でその攻撃をかわし、自身の剣技を駆使して反撃する。

 次々と強敵が現れ、ジャンは汗を流しながらも執念を持って戦い続けた。闘志に燃え、心にはエマへの思いが燦然と輝いていた。


 
 試合の中でジャンは一瞬の隙を突かれた。その瞬間、ジャンの身体に鋭い痛みが走る。彼はぐらりとバランスを崩し、意識が飛んだ。


ーーここまでか…

 観客席からは心配の声が上がり、エマはその場面に胸を痛める。

「ジャンッ!!」


 エマは思わず立ち上がった。ジャンは息を切らせながらも、痛みに耐えながら立ち上がる。決してくじけることなく、自身がまだ降参していないことを示した。

 傷口から血が滲み出し、ジャンの服は赤く染まっていく。しかし、彼はその傷を気にせずに剣を握りしめ、再び戦いに身を投じた。

 痛みと闘いながらも、ジャンは敵に立ち向かい、自身の技術と勇気で反撃を試みる。彼の動きは苦しさを秘めつつも、決意と執念に満ちている。


「なかなかやるじゃないか、ジャン。だが私はまだまだ負けるつもりはない!」

 相手も手を抜くことはない。審判が止めるまで、勝負はついていないのだ。

「剣がここにある限り、俺も負けるつもりはない!」



 周囲からは彼の根性と強さに感嘆の声が上がり、応援が力強く響く。ジャンは負傷しながらも、自身の限界を超えようとする意志を示し、観客たちの心を打った。


 激しい剣術の交戦が続き、最後は突然にやって来た。


「ハッこれでどうだ!」


 相手は呼吸を乱しながら剣を大きく振り上げた。その瞬間、大きく空いた胴に、壮絶な一撃をジャンが繰り出し、胴についた防具にジャンの剣先が貫いた。


「勝者……ジャン!」


 この試合がジャンの評価を大きく上げた。


「ヴィクター、いい戦いだった。敬意を表する」


 ジャンの対戦相手だったのは、同じハート騎士団から参加した仲間だった。

「お前こそ、本当に素晴らしい戦士だ。いつか王立騎士団でまた会おう!」


 ジャンとヴィクターは互いの実力を認め合いながらお互いの手をとった。


「ヴィクター・デアン、王立騎士団、他三騎士団から手が上がっている。手続きをして帰りなさい」

「はい!」


 敗者には、これまでの試合を加味して、入団する資格があると判断した騎士団が挙手をして交渉に入る。ジャンはヴィクターの肩を叩いて、次の試合へと進むため、控え室へと戻った。


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