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別れの花

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 ジャンが村を出発する日が迫っていた。朝の光が村を照らし、村人たちがにぎやかに活気づいている。エマはそんな中、ジャンが遠い王都で騎士になるための準備をしている姿を見つめていた。


 小さな村で歳の近かったエマとジャンは所謂幼馴染というやつで、先に十五歳という大人になったジャンは、村で唯一騎士になるために王都の騎士団採用試験となるトーナメント戦に出場するために村を出ていくことになった。


 エマはジャンが幼い頃から騎士になる夢を応援し、彼が努力している姿を見ていた。それが、ジャンとの別れに繋がるのだと気付いてからも、応援することは止められなかった。それでもジャンが村を離れるのは寂しい。


 エマは村の中心にある小さな庭に足を運んだ。そこには美しいエーデルワイスの花が咲いていた。
 エマは花を手に取り、しばらくじっと見つめる。エーデルワイスの花は純潔を象徴する花だ。


 ジャンの姿を思い浮かべながら、エマはエーデルワイスの花に思いを込めた。そして、ジャンが王都で輝かしい未来を切り拓くことを願っていた。

 エマは花をしっかりと握りしめ、ジャンが旅立つ日に向け、心の準備をしなければならなかった。ジャンへの思いを胸に秘めつつ、彼の旅立ちを見送る覚悟を決める。



「絶対泣かずに、ジャンを応援しなきゃ」

 村人たちがジャンのために出発の祝福をする中、エマも胸がいっぱいになりながら彼を見送るために家を出た。


 エマはジャンの姿を見つけると同時に目が潤んだ。目が合った瞬間、切ない感情が空気中に漂った。ジャンは彼女がエーデルワイスの花を持っていることには気づいていなかった。


「エマ、来てくれたのか」

 ジャンは姿を見せなかったエマを見つけるとすぐに駆け寄った。

「村を出発する姿を見届けたかったの」

 エマは手が震える中、エーデルワイスの花をジャンに手渡す。

「それは…」

 ジャンは驚きの中に喜びを浮かべて花に手を伸ばした。

「この花の花言葉はね、大切な思い出。ジャン、これを受け取って」


 エマは自分の心を隠すように花言葉を添えた。

「ありがとう」

「王都で立派な騎士になってね!寂しいけど、応援してる」


 ジャンが花を受け取ると、エマは明るく笑った。彼はエマの手から渡されたエーデルワイスの花を見つめながら、言葉を紡いでいく。


「エマ、いつか必ず戻ってくる。その時まで待っていてくれ。王都で騎士になり、自分の力で守れるようになったら、必ず村に戻ってきて君のもとへ向かう」


 二人の目が交差して、エマはジャンが真剣に言っているのだと分かった。


「待ってる…いつまでも待ってる。私もジャンみたいに何か夢を見つけて……だから、必ず騎士になって戻ってきて!」


 ジャンより二つ歳下だったエマは、まだまだ村を離れることが出来ない。いつも騎士になるために頑張るジャンの横で、いつか自分も夢を叶えたいと思っていた。まだ夢は見つかっていない。今日までは、ジャンが騎士になるのがエマの夢だった。だから、自分の夢はこれからゆっくり考えるのだ。


 二人の間に言葉は交わされず、ただ互いを見つめ合って微笑む。ジャンとエマは別れの瞬間を心に刻み、それぞれの未来への旅立ちを始める。


 エマはジャンの姿が遠ざかるのを見送りながら、胸に酷い痛みを感じた。彼女の心は切なさで満たされ、ジャンへの思いが届いたのかどうか不安になる。涙が頬を伝うのを抑えるので精一杯だった。

 一方で、ジャンも胸に痛みを抱えながら旅立っていた。エマへの思いが強くなり、彼女の姿を忘れることができない。エーデルワイスの花が彼の手の中で優しく揺れる。

 二人は時間と距離によって引き裂かれたが、心の絆は深く繋がっていると信じ、そして願った。エマはジャンへの思いを胸に秘めつつ、彼の安全と成功を願いながら日々を過ごすのだった。



◇ ◇ ◇

 ジャンは村での幸せな日々を胸にしまい込みながら、遠い王都を目指した。初めての長旅で他の旅人や冒険者と触れ合いながら、彼らの経験や知識を吸収し、騎士に必ずなると覚悟を強めていった。

 王都のトーナメントに参加し、その剣技と勇気で多くの人々の注目を浴びる。一番の夢だった王立騎士団の夢は叶わなかったが、シュタインハート辺境伯に声を掛けられ、ハート騎士団へと入団することが出来た。


 騎士団の訓練に参加し、ここで厳しい試練と戦いに身を投じる日々を送り、自身の能力を磨きながら、夢の王立騎士団への入団を目指すことにした。


 エマとは手紙での交流が続いていた。ハート騎士団に入団したと報告した時には、手紙が飛び跳ねるかと思うくらい喜んでいるのが分かって思わず笑った。


 それから二年が過ぎ、ハート騎士団での鍛錬の日々の中、いつからかエマからの手紙の返事がないことに気づく。心配と不安に包まれながらも、ジャンは自身の成長と目標への集中する。いつか必ず迎えに行くと決めているのだから、迷いはなかった。


 ジャンは、この二年でハート騎士団でシュタインハート辺境伯の娘、アデリーナの護衛騎士に任命されていた。
 社交シーズンは王都へ向かい、秋まで王都で辺境伯のタウンハウスで過ごす暮らしだった。


 アデリーナの貴族ならではの美しい容姿や上品な振る舞いは、ジャンにとっては異世界の人のように思えていた。
 美しく輝く髪は朝も夜も変わらず、騎士相手にも傲慢な態度をとることはない。初めて会話をした貴族女性がアデリーナだったが、平民に向けるその態度が貴族の一般ではないことは分かりきっていた。


 ジャンの仕事はアデリーナの隣にいること。王都での買い物の時は、彼女の隣を歩かされることもあった。ただただ話し相手として、一緒に歩き、食事をし、庭園に寄る。


 騎士との近すぎる距離が彼女の周りで噂になっていることは気付いていた。だが、それも仕事のうちだったのだ。


 伯爵家の娘と平民の騎士の噂が、小さな村まで広がる心配はない。だから、エマから手紙がこない理由に心当たりはなかった。
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