上 下
41 / 45

栞屋の覚悟

しおりを挟む
 「お前ら騎士だったくせになんだその馬の扱いは!」


 元バッセフ侯爵家の騎士だったと言う男たちの面倒を見始めた頃、その殆どが彼らの看病だったが、春になって王都に来ればのんびりとした栞屋生活が終わったのだと遅い自覚することになった。


「馬のクソの世話なんてしたこたぁねぇんだよ!」


 朝日が昇る前に家を出て、少し距離のある孤児院に薪を置いてくるのもキツくなるほど働き尽くめの毎日だ。男たちも隙があればすぐに倒れる。加護がないというのはそういうことだ。


「それやったら…なんだったか…ブラッシングか。ブラッシングするぞ」


 二ヶ月という短い期間隣国で看病で過ごして気付いたことは、加護から外れていたはずの自分は、既に神の加護の中に戻ってきていたということ。

 目の前で見たこともない真っ赤な顔をして倒れる男達に、呼吸をすることもままならない女、自分もこうやって倒れることになると思いながら時間が過ぎ、バッセフの小さな教会に感謝の祈りを捧げるに至った。


 看病が初めてだろうが、馬の世話が初めてだろうがやるしかなかった。これは自分の重ねた罪の結果だ。


「エリアス、もう昼だぞ!昼飯が無くなっちまう」


 厩舎と備蓄倉庫と仮宿しかない場所なので、大通りに出て昼食を取らなければならない。これまで適当な自炊をしていたエリアスも男たちと一緒に昼食を取るしかない。食材を調達する時間もなければ、調理する時間もほとんどない。夕食だって買いに出る始末だ。


「お嬢様の食事は今日は何がいいか…」


 基本的に男たちの食事はフェゼリーテに何を持っていくかで行き先が決まる。フェゼリーテが熱を出すたびに、当主であったルイが仮宿で面倒を見ながら聖書の写本をさせている。その写本を売れば生活費の足しになる算段だ。


「ルイ、昼休みだ。今日は野菜スープとパンとゆで卵。出来るだけ食べさせてやれ。食べないと治るわけがない」


 フェゼリーテは少しずつ回復してきているが、長い間歩くことはまだ出来ないし、王都に来てからも頻繁に寝込んでしまう。痩せすぎた身体は食事をする体力すらも無いのかと最初は目を疑う食事だったが、食事の改善と寝たまま足を動かして筋力をつけたことで部屋の中を一人で歩けるようになった。もちろん足を折り曲げたり伸ばしたりしたのは父親であるルイだ。


「あぁ、ありがとう」


 二人分の食事を手配すると、男たちの給金はすぐに底をついてしまう。男たちはよく食べるし、フェゼリーテとルイは体力がなくすぐに体調を壊す。貴族であった二人の生活は従僕の騎士だった男たちに任せるしかなかった。


「礼をいう相手は俺ではなく、彼らにだろう」


 夕方、日のあるうちに、森の中では少しずつ家を建てていかなければならない。もちろん職人を雇う金はないので、素人の手作業だ。


「おっちゃーーーん!」


 聞き慣れた声に振り向き、リューとショーンに向けて手を上げた。


「これ母ちゃんがお裾分けだって!乗馬はすっごく楽しいよ」


 リューとショーンは馬術訓練場というまだ草の多く残るロープを張っただけの地でポニーを卒業しようとしていた。子供達の吸収は早い。彼らは日中、他の子供を誘いながら乗馬を習い始めた。騎士になりたい者や御者の仕事を得たい者、森の入り口には騎士と領民の出入りが以前とは段違いに増えた。厩舎の隣では教会に雇われた人が常駐する騎士や神官見習いのための宿泊所が建築中だ。毎日子供達の成長と建物の進捗具合が月日が経つのが目に見えて分かる。それがとても辛いことだった。


 今までエリアスは季節くらいしか気にせずに生きてきた。目の前のことだけに集中して、マイペースに歳をとって、風邪をひいても一人で過ごしてきて十一年だ。
 今思えば最初七歳と五歳だったリューとショーンは十一歳と九歳に成長していた。彼らの年齢を数えたこともなかったし、いまだに誕生日も知らない。そんなことに気付くきっかけが他人との生活だということに酷く驚いたものだ。


 春の半ばに王都に戻り、もう夏になる。草むしりから始めたのに、もうそこら中に草が生い茂った昼間見た訓練場が目に浮かんだ。


「助かるよ。ありがとう」

「おっちゃんがブーツも乗馬服もプレゼントしてくれたんだ。暫くおっちゃんの夕食は心配するなって」

「黙っとけって言ったのに」


 二人の会ったこともない親とは、間接的に交流がある。義理深い彼らの両親は必ずお礼を届ける。顔も知らない男のために世界一美味しい料理を。だが、今日はそれが胸に沁みた。今は彼らに肉を分け与えることも出来ない。


「狩りが出来るようになったらまた肉を持たせるよ。その日が来るように頑張らないとな」

「肉!?ヤッホーイ!」

「さぁ、暗くなる前に帰らないと、親が心配するぞ!」


 そろそろ木を切りに行った男たちを呼びに行かないといけない。放っておいたらアイツらは暗くなっても戻ってこない。彼らの主人達の食事を買いに行かせるのも仕事の一つだ。


 二人を帰した後、手に残ったのはまだ暖かいスープとパンだった。これを温かいまま食べれる日の為に、小さな剣と弓を持って森へ入った。


「フレーーーッグ!オーーーフェン!スティーーーブ!!」


 森へきたのは騎士が三人。他の罪人は置いてきた。田舎に移らなくても体力があり、改心する可能性があると滞在を許された者だ。ここに来たのはご主人に忠実で、罪の意識のない使い物にならない者。手が掛かる。

 
「なんだ、まだ明るいぞ?心配性はお迎えに来たのか?ハハッ」

「お前ら、主人達の夕食を手配するんじゃなかったのか?飢え死にさせたいなら別だが?」

「確かに、あまり遅くなるとお嬢がお腹を空かすかもしれないな。おーいお前ら!この木にロープを括り付けろ!今日はこれを運んで終わりだ!」


 それ以上は口を出さない。倒した大きな木を運び出す頃には森は真っ暗だ。その代わりランプを置いて帰った。何事も経験しなければ身に付かない。
 

 彼らを見ると虫唾が走る。シャーロットは無事に帰りユリエルと婚約した。彼女が誘拐されるに至ったのは自分のせいだ。本当に虫唾が走る。ここに戻りたいと思っていたが、彼らを連れてくる気はさらさら無かった。聖女を害して聖女の庇護下にいる。神に見捨てられて神の子に助けられている。聖女というのは命知らずらしい。



 優しいスープとパンを温かいうちに食べたいと願ったことすら烏滸がましい。それでも、スープは美味しいし、二人の成長が嬉しい。そして、馬車の来る音がすると何をしていても手が止まる。苦しい。でももっと苦しみを与えてほしいと思う。


 二度と彼女を傷つけさせやしない。彼らからも、俺自身からも。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

本当の聖女は私です〜偽物聖女の結婚式のどさくさに紛れて逃げようと思います〜

桜町琴音
恋愛
「見て、マーガレット様とアーサー王太子様よ」 歓声が上がる。 今日はこの国の聖女と王太子の結婚式だ。 私はどさくさに紛れてこの国から去る。 本当の聖女が私だということは誰も知らない。 元々、父と妹が始めたことだった。 私の祖母が聖女だった。その能力を一番受け継いだ私が時期聖女候補だった。 家のもの以外は知らなかった。 しかし、父が「身長もデカく、気の強そうな顔のお前より小さく、可憐なマーガレットの方が聖女に向いている。お前はマーガレットの後ろに隠れ、聖力を使う時その能力を使え。分かったな。」 「そういうことなの。よろしくね。私の為にしっかり働いてね。お姉様。」 私は教会の柱の影に隠れ、マーガレットがタンタンと床を踏んだら、私は聖力を使うという生活をしていた。 そして、マーガレットは戦で傷を負った皇太子の傷を癒やした。 マーガレットに惚れ込んだ王太子は求婚をし結ばれた。 現在、結婚パレードの最中だ。 この後、二人はお城で式を挙げる。 逃げるなら今だ。 ※間違えて皇太子って書いていましたが王太子です。 すみません

その聖女、娼婦につき ~何もかもが遅すぎた~

ノ木瀬 優
恋愛
 卒業パーティーにて、ライル王太子は、レイチェルに婚約破棄を突き付ける。それを受けたレイチェルは……。 「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」  あっけらかんとそう言い放った。実は、この国の聖女システムには、ある秘密が隠されていたのだ。  思い付きで書いてみました。全2話、本日中に完結予定です。  設定ガバガバなところもありますが、気楽に楽しんで頂けたら幸いです。    R15は保険ですので、安心してお楽しみ下さい。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

【完結】虐待された少女が公爵家の養女になりました

鈴宮ソラ
ファンタジー
 オラルト伯爵家に生まれたレイは、水色の髪と瞳という非凡な容姿をしていた。あまりに両親に似ていないため両親は彼女を幼い頃から不気味だと虐待しつづける。  レイは考える事をやめた。辛いだけだから、苦しいだけだから。心を閉ざしてしまった。    十数年後。法官として勤めるエメリック公爵によって伯爵の罪は暴かれた。そして公爵はレイの並外れた才能を見抜き、言うのだった。 「私の娘になってください。」 と。  養女として迎えられたレイは家族のあたたかさを知り、貴族の世界で成長していく。 前題 公爵家の養子になりました~最強の氷魔法まで授かっていたようです~

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

処理中です...