婚約破棄されて満足したので聖女辞めますね、神様【完結、以降おまけの日常編】

佐原香奈

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ユリエルの還俗

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「ユリエル、遅いです」


 聖女は再開した客のいない栞屋で過ごす日々が続いた。フェゼリーテとバッセフ侯爵であったルドルフは、栞屋の隣に小さな家を建てることにしたらしいが、まだまだ完成は先のようで、仮の宿場で過ごしている。森の中程にある栞屋はまだまだ暫く静かであるだろう。


「遅くなりました。帰りましょう」


 ユリエルも誘拐前の生活に慣れたように当たり前に聖女をハンモックから抱え下ろし、聖女と同じ馬車に乗って帰った。それでもユリエルが還俗する日は近付いていた。


「聖女様、来週には家に帰ることになりました」

「そうですか。寂しくなりますね」


 意外にも、毎回同乗するルーファスからは聖女は冷静に事実を受け止めているように見えた。それでもほぼ毎日寝る時間を削って日が落ちるまで栞屋に滞在する聖女様が、少し可哀想に見えていた。


 幼い頃から一緒に育ち、家族よりも長く、五歳の頃からほとんど全ての時間を共有したユリエルとの別れが近付いている。ルーファスですらユリエルが神殿から去ると考えると涙が出そうだった。



◇ ◇ ◇

 そして、ユリエルが神殿を去る日が来た。神は意外にも長いこと泣いていた。


「聖女様、長い間お世話になりました。」

「はい。ユリエル、手を出してください」


 片膝を立てていたユリエルの両手を聖女が握った。


「長く神に仕えたユリエルの人生に幸溢れんことを」


 聖女はユリエルの両方の手の甲に唇を当てた後、ユリエルをまっすぐに見つめた。揺れるユリエルの瞳とは違い、聖女の目は真っ直ぐユリエルを見つめていた。


「ユリエル、今度会う時は卿と呼ばなければなりませんね」

「いいえ、今後も変わらずユリエルとお呼びください」




 聖女は甘える子供のようにユリエルの首に抱きつき、ユリエルはもう二度とこの腕に抱き締めることはない聖女の背中に腕を回して、別れを惜しんだ。



 その様子を二人を幼い頃から見守っていた者が、静かに目線を逸らせながら見守っていた。



「聖女様、そろそろ行かなければなりません」


 ユリエルは腕の力を緩めることなく聖女に伝え、聖女の腕の力に合わせるようにユリエルは腕の力を緩めた。


「暖かくなればまたすぐに王都に来ることになるでしょう。その時は必ず私に会いに来てください」

「はい。必ず参上いたします」


 ユリエルは最後に、「王が簡単に膝をついてはいけません」と、小言を言って去って行った。これからは、栞屋から神殿までの短い時間を共有することも無くなったのだ。


◇ ◇ ◇


「シャーロット、お前の本で本棚がいっぱいだ!新しい本棚を要求する!」


 聖女は相変わらず栞屋に寄っていた。聖女の手にはシャーロットと彫られた栞が握られている。
 よじ登ってハンモックに乗る子供達とは違い、聖女用に新たに掛けられたハンモックは床から少し離れているだけだ。栞屋はくつろぐ聖女を見下ろしていた。



「では栞屋宛に発注書を出すので自分で作ってください」

「な、ん、で!俺が作るんだ!」

「本棚だけ渡されるよりいいと思います。街に売りに行くより効率がいいでしょう」

「そういう問題じゃない!」

「なら、本棚を売りに行く時に街に一緒に行って、その場でその本棚を買えばいいですか?」

「あぁもういい!作ればいいんだろ!」


 暖かさを感じるポカポカ陽気の中、騎士達は呆れながら森に滞在している。少数の騎士が滞在する森の詰所は他の詰所に比べて少し大きくなる予定で、完成も間近だ。一斉に詰所を作ることになり、石材の供給が追いついていないが、何とかなるだろう。


「フェゼリーテは元気ですか?」

「今日は寝込んでるよ。でも体力もついてきたから死ぬほどではない。そのうち歩けるようになるだろう」


 エリアスは罪人に落ちた平民とその主人二人の世話係が性に合っていたらしく、男達とは口喧嘩をしながらも上手くやっているらしい。もちろん、憎むべき王子が自分だとは口には出していないので、彼らが自分の悪口を言うのも黙って聞いている。


「病というより体力が落ちて衰弱していたのね」

「あぁ。食事も少しだけしか食べていなかったから、毎日死にかけていたのは当たり前だ」


 他の者達も、荒れた領地での貧困生活から抜け出すと風邪を引くことは極端に少なくなった。そして、元バッセフ侯爵領は新たに領主が就任し、領地の環境は改善され始めているらしい。


「そろそろ二人が来る時間だぞ」

「残念だけど、今日は予定があるので早く帰らないと。ではまた明日ね」


 森の入り口の開発が始まってから、昼前に訪れてゆっくりしていく聖女だったが、今日はすんなりと本を閉じた。


 待っていた社交シーズンが訪れたのだ。



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