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聖女の帰還
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私は懐かしい揺れを感じて目を覚ました。いつもと違ったことは、ユリエルが片腕ではなく両手で私を抱えていたことでした。
「起きましたか」
「ユリエル!」
ユリエルの顔が近くにあり、私はユリエルの首にしがみついた。こんなに長くユリエルにあっていないのは初めてだった。
「もうすぐ部屋に着きます。少しゆっくり横になってください。すぐに医者も来ます」
「騎士団長は?」
「団長は街いる犯人達を捕らえに出ました。多くの騎士団が派遣されていますから、すぐに戻って来ますよ」
バッセフ侯爵は捕えられ、娘のフェゼリーテも教会の地下室に移され監視下にある。先にバッセフ領に多くの騎士が到着したおかげで、犯人は全て追跡出来ていた。そうでなければバラバラに街で住んでいる平民を特定することは難しかったらしい。
「母と弟はどうしたんですか?置いて来たのですか?」
まさか、仕事を放り出して来たのかと思って家族が心配になった。私のせいで家族が危険に晒されるのはとても悲しいことです。
「聖女様を助けるための対策本部の責任者の任を賜りここにます。一時的に聖母様と聖人様は神殿に移られて副団長と神官長…あと帝教王補佐が残って仕事をしております」
帝教王補佐の地位についたのは、神官長からの繰り上げの形だったバーフという男だったが、書類仕事は得意だったが、他の役職者に比べ責任の重さを理解していなかった。だから、あの日も侍女と二人だけで聖女様は馬車の中にいたのだ。騎士団長もあの日は馬車の中ではなく重装備で警護に当たっていた。最後の砦となる馬車の中で抵抗できる者が側に誰もいなかった。
「仕事ならばいいです。母とアンディが無事ならそれで」
「神がお二人に会えて喜んでおいででしたよ」
「アンディは父に会えたのですね。予定よりもとても早いです」
もう夜が近づいてきている。ゆっくりと湯に浸かったら、私は寝る時間だった。医者から内出血している手首と足首に薬を塗ってもらったら、もう用意された部屋から出る必要はなかった。
◇ ◇ ◇
「シャーロット、まだ起きているか?」
「エリアスも来ていたのですか?」
日も落ちて、濡れた髪を乾くまで暖炉の前の椅子で温まっていた聖女の前にエリアスが現れたのは、見張りのついている廊下からではなく、カーテンが閉められた窓からだった。きっとこうやって幼い頃から部屋を抜け出していたのだろう。すぐに窓を開けてエリアスを部屋に入れた。
「元気そうだ。怪我はないか?」
「少し縛られた跡がある位で大きな怪我はありません。薬も塗ってもらったのですぐに治ります」
「俺のせいで申し訳ない」
聖女が腕をまくると、手首に内出血の痕が見えた。その痕を見て、緩く手首を縛られたのだと想像は出来たが、痛々しいその痕にエリアスの罪悪感は増していった。
「私に謝る必要はありません。でも、エリアスは責任は取らないといけないと思っています」
「あぁ、俺の行動が招いたことだ。責任は取る」
聖女は俯いていた。まだ悩んでいるように見えた。聖職者というのは不思議なもので、罪を犯しても、反省して行動を改めれば許されるのだというが、王族であった自分は理解できなかった。それでも、その深い慈悲のお陰で父も母も自分も生きている。それも事実だった。
「侯爵たちが罪を犯したのと、侯爵令嬢が未だ罪の中にいることに、エリアスの責任はありません。エリアスは…」
コンコンッとノックが聞こえ、振り向いた時には既にドアノブは回されていた。それが出来るのは専属の侍女とユリエルだけ。
「聖女様、入ります」
聖女はその声に、マズイという自覚はあったものの、どうしようもない。暫くユリエルと離れていたので、ユリエルが寝る前に蝋燭を消しに来ることを忘れていた。
「話し声が…」
「いや、これは…」
ユリエルは聖女より先に、暖炉の前に立っているエリアスを視界にとらえ、エリアスは有無を言わさず部屋へ放り出された。
「ユリエル、私はまだ話の途中でした」
「聖女様、あなたは帝教王という立場ですが、その前に女性です。男性と二人で部屋にいることは許されません。それに、神殿ではないので神の保護もなく、とても危険なのです」
ユリエルのお説教は長く続き、聖女は途中から夢の中へと旅立った。
「騎士団長、今日はこのまま徹夜でお願いします。それと、外にも警備を増やしましょう」
「やれやれ…俺は仮眠をとるから、暫くはお前がここにいてやれ」
騎士団長は一歩も部屋に入ることなくドアを開けただけで直ぐに閉めた。椅子に座ったまま寝てしまった聖女様をベッドへと移し、ユリエルは暫く聖女の寝顔を眺めて過ごす。その腰には、神官服には似合わない剣が帯剣されていた。
翌日、聖女は正式にエリアスを呼び寄せ、バッセフ侯爵達の改心の手伝いを言い渡した。しかし、エリオットは死んだことになっている為、身分を明かすことは許されず、そう簡単にはいかないだろう。森へ帰るのには時間がかかる予定だった。
誘拐の実行犯となった元騎士達も捕えられ、神殿の地下にある牢に入れられ、バッセフ侯爵と娘は牢の隣になる見張り用の仮眠室に軟禁状態。改心は不可能と判断されればこのまま処刑されることになる予定だ。
「行いを悔い改め、善行を行っていれば神は許します」
体力もないバッセフ侯爵令嬢が生き残れるかは、彼ら次第。聖女は貴族裁判に出せば処刑しか考えられない犯罪者に、一度だけチャンスを与えた。その日、バッセフ侯爵家は取り潰しとの命令が下され、二人は平民に落ちた。
「聖女様、街道沿いには騎士の詰所を設けたいと思います。騎士の増員も必要です」
「許可します。詰所は一定間隔で街道だけではなく平民街や農村も含めて作るように。治安の向上のため最低限の間隔を法で定めます。支部毎に聞き込みを行い、他領の基準とは別に王領内での基準も考えてください」
聖女は神殿へ帰ると暫く執務室に篭り、教会で祈りを捧げる日課も最低限に抑えるほど仕事に暮れた。
「ユリエルが還俗する…?」
聖女はそれを神殿長から報告を受けた。侯爵家を継ぐ為、春の社交シーズンの始まる頃までには侯爵家に戻るのだという。その日はチラチラと粉雪が舞う日だった。
「起きましたか」
「ユリエル!」
ユリエルの顔が近くにあり、私はユリエルの首にしがみついた。こんなに長くユリエルにあっていないのは初めてだった。
「もうすぐ部屋に着きます。少しゆっくり横になってください。すぐに医者も来ます」
「騎士団長は?」
「団長は街いる犯人達を捕らえに出ました。多くの騎士団が派遣されていますから、すぐに戻って来ますよ」
バッセフ侯爵は捕えられ、娘のフェゼリーテも教会の地下室に移され監視下にある。先にバッセフ領に多くの騎士が到着したおかげで、犯人は全て追跡出来ていた。そうでなければバラバラに街で住んでいる平民を特定することは難しかったらしい。
「母と弟はどうしたんですか?置いて来たのですか?」
まさか、仕事を放り出して来たのかと思って家族が心配になった。私のせいで家族が危険に晒されるのはとても悲しいことです。
「聖女様を助けるための対策本部の責任者の任を賜りここにます。一時的に聖母様と聖人様は神殿に移られて副団長と神官長…あと帝教王補佐が残って仕事をしております」
帝教王補佐の地位についたのは、神官長からの繰り上げの形だったバーフという男だったが、書類仕事は得意だったが、他の役職者に比べ責任の重さを理解していなかった。だから、あの日も侍女と二人だけで聖女様は馬車の中にいたのだ。騎士団長もあの日は馬車の中ではなく重装備で警護に当たっていた。最後の砦となる馬車の中で抵抗できる者が側に誰もいなかった。
「仕事ならばいいです。母とアンディが無事ならそれで」
「神がお二人に会えて喜んでおいででしたよ」
「アンディは父に会えたのですね。予定よりもとても早いです」
もう夜が近づいてきている。ゆっくりと湯に浸かったら、私は寝る時間だった。医者から内出血している手首と足首に薬を塗ってもらったら、もう用意された部屋から出る必要はなかった。
◇ ◇ ◇
「シャーロット、まだ起きているか?」
「エリアスも来ていたのですか?」
日も落ちて、濡れた髪を乾くまで暖炉の前の椅子で温まっていた聖女の前にエリアスが現れたのは、見張りのついている廊下からではなく、カーテンが閉められた窓からだった。きっとこうやって幼い頃から部屋を抜け出していたのだろう。すぐに窓を開けてエリアスを部屋に入れた。
「元気そうだ。怪我はないか?」
「少し縛られた跡がある位で大きな怪我はありません。薬も塗ってもらったのですぐに治ります」
「俺のせいで申し訳ない」
聖女が腕をまくると、手首に内出血の痕が見えた。その痕を見て、緩く手首を縛られたのだと想像は出来たが、痛々しいその痕にエリアスの罪悪感は増していった。
「私に謝る必要はありません。でも、エリアスは責任は取らないといけないと思っています」
「あぁ、俺の行動が招いたことだ。責任は取る」
聖女は俯いていた。まだ悩んでいるように見えた。聖職者というのは不思議なもので、罪を犯しても、反省して行動を改めれば許されるのだというが、王族であった自分は理解できなかった。それでも、その深い慈悲のお陰で父も母も自分も生きている。それも事実だった。
「侯爵たちが罪を犯したのと、侯爵令嬢が未だ罪の中にいることに、エリアスの責任はありません。エリアスは…」
コンコンッとノックが聞こえ、振り向いた時には既にドアノブは回されていた。それが出来るのは専属の侍女とユリエルだけ。
「聖女様、入ります」
聖女はその声に、マズイという自覚はあったものの、どうしようもない。暫くユリエルと離れていたので、ユリエルが寝る前に蝋燭を消しに来ることを忘れていた。
「話し声が…」
「いや、これは…」
ユリエルは聖女より先に、暖炉の前に立っているエリアスを視界にとらえ、エリアスは有無を言わさず部屋へ放り出された。
「ユリエル、私はまだ話の途中でした」
「聖女様、あなたは帝教王という立場ですが、その前に女性です。男性と二人で部屋にいることは許されません。それに、神殿ではないので神の保護もなく、とても危険なのです」
ユリエルのお説教は長く続き、聖女は途中から夢の中へと旅立った。
「騎士団長、今日はこのまま徹夜でお願いします。それと、外にも警備を増やしましょう」
「やれやれ…俺は仮眠をとるから、暫くはお前がここにいてやれ」
騎士団長は一歩も部屋に入ることなくドアを開けただけで直ぐに閉めた。椅子に座ったまま寝てしまった聖女様をベッドへと移し、ユリエルは暫く聖女の寝顔を眺めて過ごす。その腰には、神官服には似合わない剣が帯剣されていた。
翌日、聖女は正式にエリアスを呼び寄せ、バッセフ侯爵達の改心の手伝いを言い渡した。しかし、エリオットは死んだことになっている為、身分を明かすことは許されず、そう簡単にはいかないだろう。森へ帰るのには時間がかかる予定だった。
誘拐の実行犯となった元騎士達も捕えられ、神殿の地下にある牢に入れられ、バッセフ侯爵と娘は牢の隣になる見張り用の仮眠室に軟禁状態。改心は不可能と判断されればこのまま処刑されることになる予定だ。
「行いを悔い改め、善行を行っていれば神は許します」
体力もないバッセフ侯爵令嬢が生き残れるかは、彼ら次第。聖女は貴族裁判に出せば処刑しか考えられない犯罪者に、一度だけチャンスを与えた。その日、バッセフ侯爵家は取り潰しとの命令が下され、二人は平民に落ちた。
「聖女様、街道沿いには騎士の詰所を設けたいと思います。騎士の増員も必要です」
「許可します。詰所は一定間隔で街道だけではなく平民街や農村も含めて作るように。治安の向上のため最低限の間隔を法で定めます。支部毎に聞き込みを行い、他領の基準とは別に王領内での基準も考えてください」
聖女は神殿へ帰ると暫く執務室に篭り、教会で祈りを捧げる日課も最低限に抑えるほど仕事に暮れた。
「ユリエルが還俗する…?」
聖女はそれを神殿長から報告を受けた。侯爵家を継ぐ為、春の社交シーズンの始まる頃までには侯爵家に戻るのだという。その日はチラチラと粉雪が舞う日だった。
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