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閃光の花が目の前に
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「お茶を用意して」
そう侍女のセシルに声を掛けると、2人が見ていないことをチラリと確認してからお茶の準備を始めるそぶりを見せながらもはっきりとNOとジェスチャーする抵抗を見せた。
えぇ、えぇ。分かっているけど、この好奇心を止めることなんて出来ないのよ。
セシルをまるっと無視して、席の前で立つ2人を座らせると、諦めたセシルがカップを差し出した。
「先程は丁寧に挨拶をいただきありがとうございます。私はただの秘書官ですので、シーセルと気軽にお呼びください」
たしかに彼に爵位はないが、伯爵の息子であることを鑑みれば、子爵家の娘がホイホイと気軽に名を呼べる立場にはない。
「いえ、マーサー卿と呼ばせていただきます」
そう言ってカップに口をつけると、香りたつ紅茶が私に「落ち着け、落ち着けよ」そう語りかけている気がした。
「リーリエは考えが固いんだ。そのうち気軽に呼んでくれるさ」
「婚約者ではなくなるのですから、これからは私のこともリーリエ等と呼ぶのはお控えくださいませ」
当然私は気軽に名前で呼ばれることを拒んだ。
「リーリエと呼ぶのに慣れすぎてしまったのに、呼び方を変えるのは辛いなぁ。でも気を付けるよ」
言ってしまえば、案外リーバスは簡単に了承した。
希望は口に出してみるものだ。
なんだかんだリーリエと呼ばれ続ける気がしていたので、嬉しい限りだ。
「それで、リーリエ嬢」
リーリエ嬢!?
この場には私しか子爵家の者がいないのに、名前で呼ぶ必要はない。
リーリエ嬢なんて、呼び方も私が許可しなければ許されない。
「是非シュエトン嬢とお呼びください。私の評判に関わりますので」
「はぁ…本当に冷たいなぁ。分かったよ。君がそう言うならシュエトン嬢と呼ぶことにする」
私は昨日から、リーバスへの評価を著しく下げている。
婚約破棄なんて言い出したせいもあるが、こんなにも常識がないとは思いもしなかった。
正式には、家名ではなく称号で呼ぶのが最も儀礼高い呼び方だが、マーサー卿は自ら称号を発することはなかったので、マーサー卿と呼ぶに至っているのだ。
こちらが悪いみたいな言い方をされるのはおかしな話だ。
しかし、いつまでもこんな話をしていても話は進まないので、ニッコリと微笑んで沈黙を貫いた。
「シュエトン嬢、今日彼を態々紹介したのは、実は君にも運命の人を見つけて欲しいと思ってね」
待ってましたとばかりにマーサー卿を見る。
控えめに開かれた足は太すぎないが、しっかりと筋肉があるのをその幅から察せられるし、綺麗な顔立ちには似合わないが、手はゴツゴツとして騎士と呼ばれてもおかしくはない。
「彼は元々、騎士として活躍するはずだったんだ」
そこまで聞いて、マーサー卿と言う名は聞いたことがあるなと思い至る。
別棟のために中々見る機会はなかったが、同じ学園の騎士科に属する閃光の花、シーセル・マーサー…シーセル・マーサー!?
この目の前の男、シーセル・マーサーだと言わなかったか?
辺境伯の息子であり、入学以来騎士科主席在籍をキープする騎士団の争奪戦が今から始まっていると聞くあの、閃光の花と呼ばれるシーセル・マーサーがまさか目の前に!?
とにかく友人にすぐに来るように伝えなければ。
彼のファンは多いのだ。きっと何もかも脱ぎ捨てる勢いでやってくるに違いない。
「友人に連絡して参ります。しばしお待ちを」
やだわ。もう少し違う言い方をすればよかった。
馬鹿正直に友人に連絡をするために席を外すなんて言ったら流石に不自然だわ。
「何故、急に友人に連絡を?」
ほら、やっぱりマーサー卿が不思議そうな顔をしている。
そうよね、閃光の花と言われてるような能力のある人でも、人の心までは読めないわよね。
「私の友人は、あなたの大ファンなのです。きっとすぐに飛んできますわ」
早く手紙を書かなければと席を立ち歩き出そうとしたが、テーブル越しに伸びてきた手が、それを止めた。
「すみません。つい」
何が、つい。だったのか私には思い当たらなかったが、現状から察するに、手を掴んだことだろう。他に何かある?ないよね?手を掴んだことに対する謝罪よね?
有名人がいきなり目の前に現れたので、私の頭は許容オーバーだった。
閃光の花と呼ばれるくらいの人気者が、リーバスと恋に落ちたなんて、みんな発狂しながらも悶えて、結果最終的には応援してしまうに違いない。
その相手も見目は悪くない伯爵家のリーバスなら、失礼ながらまぁまぁ許容範囲だ。
「いえ」
「ですが、友人を呼ぶのは控えてもらいたい」
あ、そうか。愛する人とゆっくりしているところにファンが押しかけてきたら、大変だものね。
まだ私とリーバスは婚約者だし、環境が整ってから公表したい気持ちは理解できた。
「そうですね。突然有名な方だと気付いて慌てましたわ」
私は、セシルに差し出された冷たい水を一杯飲み、頭を冷やした。
そう侍女のセシルに声を掛けると、2人が見ていないことをチラリと確認してからお茶の準備を始めるそぶりを見せながらもはっきりとNOとジェスチャーする抵抗を見せた。
えぇ、えぇ。分かっているけど、この好奇心を止めることなんて出来ないのよ。
セシルをまるっと無視して、席の前で立つ2人を座らせると、諦めたセシルがカップを差し出した。
「先程は丁寧に挨拶をいただきありがとうございます。私はただの秘書官ですので、シーセルと気軽にお呼びください」
たしかに彼に爵位はないが、伯爵の息子であることを鑑みれば、子爵家の娘がホイホイと気軽に名を呼べる立場にはない。
「いえ、マーサー卿と呼ばせていただきます」
そう言ってカップに口をつけると、香りたつ紅茶が私に「落ち着け、落ち着けよ」そう語りかけている気がした。
「リーリエは考えが固いんだ。そのうち気軽に呼んでくれるさ」
「婚約者ではなくなるのですから、これからは私のこともリーリエ等と呼ぶのはお控えくださいませ」
当然私は気軽に名前で呼ばれることを拒んだ。
「リーリエと呼ぶのに慣れすぎてしまったのに、呼び方を変えるのは辛いなぁ。でも気を付けるよ」
言ってしまえば、案外リーバスは簡単に了承した。
希望は口に出してみるものだ。
なんだかんだリーリエと呼ばれ続ける気がしていたので、嬉しい限りだ。
「それで、リーリエ嬢」
リーリエ嬢!?
この場には私しか子爵家の者がいないのに、名前で呼ぶ必要はない。
リーリエ嬢なんて、呼び方も私が許可しなければ許されない。
「是非シュエトン嬢とお呼びください。私の評判に関わりますので」
「はぁ…本当に冷たいなぁ。分かったよ。君がそう言うならシュエトン嬢と呼ぶことにする」
私は昨日から、リーバスへの評価を著しく下げている。
婚約破棄なんて言い出したせいもあるが、こんなにも常識がないとは思いもしなかった。
正式には、家名ではなく称号で呼ぶのが最も儀礼高い呼び方だが、マーサー卿は自ら称号を発することはなかったので、マーサー卿と呼ぶに至っているのだ。
こちらが悪いみたいな言い方をされるのはおかしな話だ。
しかし、いつまでもこんな話をしていても話は進まないので、ニッコリと微笑んで沈黙を貫いた。
「シュエトン嬢、今日彼を態々紹介したのは、実は君にも運命の人を見つけて欲しいと思ってね」
待ってましたとばかりにマーサー卿を見る。
控えめに開かれた足は太すぎないが、しっかりと筋肉があるのをその幅から察せられるし、綺麗な顔立ちには似合わないが、手はゴツゴツとして騎士と呼ばれてもおかしくはない。
「彼は元々、騎士として活躍するはずだったんだ」
そこまで聞いて、マーサー卿と言う名は聞いたことがあるなと思い至る。
別棟のために中々見る機会はなかったが、同じ学園の騎士科に属する閃光の花、シーセル・マーサー…シーセル・マーサー!?
この目の前の男、シーセル・マーサーだと言わなかったか?
辺境伯の息子であり、入学以来騎士科主席在籍をキープする騎士団の争奪戦が今から始まっていると聞くあの、閃光の花と呼ばれるシーセル・マーサーがまさか目の前に!?
とにかく友人にすぐに来るように伝えなければ。
彼のファンは多いのだ。きっと何もかも脱ぎ捨てる勢いでやってくるに違いない。
「友人に連絡して参ります。しばしお待ちを」
やだわ。もう少し違う言い方をすればよかった。
馬鹿正直に友人に連絡をするために席を外すなんて言ったら流石に不自然だわ。
「何故、急に友人に連絡を?」
ほら、やっぱりマーサー卿が不思議そうな顔をしている。
そうよね、閃光の花と言われてるような能力のある人でも、人の心までは読めないわよね。
「私の友人は、あなたの大ファンなのです。きっとすぐに飛んできますわ」
早く手紙を書かなければと席を立ち歩き出そうとしたが、テーブル越しに伸びてきた手が、それを止めた。
「すみません。つい」
何が、つい。だったのか私には思い当たらなかったが、現状から察するに、手を掴んだことだろう。他に何かある?ないよね?手を掴んだことに対する謝罪よね?
有名人がいきなり目の前に現れたので、私の頭は許容オーバーだった。
閃光の花と呼ばれるくらいの人気者が、リーバスと恋に落ちたなんて、みんな発狂しながらも悶えて、結果最終的には応援してしまうに違いない。
その相手も見目は悪くない伯爵家のリーバスなら、失礼ながらまぁまぁ許容範囲だ。
「いえ」
「ですが、友人を呼ぶのは控えてもらいたい」
あ、そうか。愛する人とゆっくりしているところにファンが押しかけてきたら、大変だものね。
まだ私とリーバスは婚約者だし、環境が整ってから公表したい気持ちは理解できた。
「そうですね。突然有名な方だと気付いて慌てましたわ」
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