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え?婚約破棄?
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想定外のことは、そんなにあることじゃないと思っている。
例えば雨が降るのはほとんど雲が近付いてきてからだし、父は怒鳴り始める前に不機嫌に黙り込む。
前触れをしっかりと捉えることが出来れば、何かしらの対処をすればいいだけだ。
外出中に雨が降りそうな空になったら馬車に戻るし、父が不機嫌に黙り込んだら、母を呼んでくる。
そういうことは得意だと思っていたが、これからはそう思っていられなさそうだ。
「リーリエ、婚約を破棄させてほしい」
本当に突然に家を訪ねてきたと思って訝しみはした。
いつもは先触れをくれるのに。とは思ったのだが、いつもの、お土産を買ってきたとか、何か頼み事が出来たとか、その程度だろうと思っていた。
だって彼は、今日街の孤児院に視察に行っただけだったからだ。
前々から怪しい動きをしていた訳でもなく、今日も私の顔を一目見たいと朝から家に来た。
それなのに、視察に行ったら婚約破棄したくなるなんて、想定外にも程がある。
「え?婚約破棄!?本気!?」
単語でしか話せなくなっても仕方のない事態だろう。
この結婚は、伯爵家である彼の家の方から縁談を持ちかけてきて、ただの子爵令嬢だった私は、父親に何か聞かれる事もなく、家の判断で婚約を了承することになった。
「あぁ。リーリエには悪いけど、私は運命と出逢ってしまったのだ」
孤児院に視察に行って出会う運命の相手と言われれば、常識の範疇で考えれば数限られた候補しかない。
1、孤児院の職員の平民
2、孤児院に寄附しに来た婦人会を代表した人妻貴族
3、ボランティアに来た良心的な平民の女の子
4、心優しいシスター
まぁ、それもどうでもいいか。
頭に浮かんだ想像上のお相手をグシャリとした。
「婚約破棄、承りました。どうぞお帰りになってくださいませ。父には私から伝えておきます」
婚約者であったのは、伯爵家リーバス・テンサーだ。
私は渋々婚約者に会った時、この婚約を引き受けて良かったと考えを改め、今日この瞬間まで幸せな未来を疑いもしていなかった。
リーバスは最初から私を婚約者として丁寧に扱ってくれたし、事あるごとに「好きだよ」「愛してるよ」そう囁いて、どこかに出かければ「君に似合うと思って」そう言ってお土産を買ってきてくれた。
愛されていることに疑いを持つことはなかったし、彼を好きになることに時間は掛からなかった。
でも、たった今分かったことだが、彼にとって愛とはとても軽いものだったのだ。
チクリと痛んだ胸が、これが現実なのだと悟らせた。
ーー夢ならいいのに
そう願っても、夢から覚めることはなかった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「はぁ!?婚約破棄だと!?」
仰天して椅子から滑り落ちた父の気持ちはよく分かった。
娘を溺愛してくれて、安心して嫁に出せるとリーバスのことを信用し尽くしていたし、周りにも自慢していたのに、突然の婚約破棄だ。仕方ないだろう。
「そうです。運命と出会ったそうですよ」
「あの野郎…ふざけた真似をしてくれるじゃないか」
婚約破棄を言い出したリーバスは、父の中で野郎に格下げとなったようだ。
「お前は大丈夫か?ショックだっただろう?」
父は怒りに狂う前に、娘が傷物になってしまったことに気付いたようだ。
怒ると怖いが、娘への愛は本物だった。
「ええ。今も信じられない気持ちですが、あの人の愛はその程度だったのだなと、どこか冷静に軽蔑しています」
「可哀想に。私がもっと慎重に相手を選ぶべきだったのにすまなかった」
『えぇ、本当に』その言葉は口にしないでおいた。
次は自分の了承位は得てほしいものだが、こんな縁談はそうそう来ない事を考えれば、仕方のない事だったと分かっていた。
「野郎のことはこちらに任せておきなさい。たっぷりと慰謝料を貰ってやるからな。ここからは先手必勝だ。すぐに手紙を書こう」
「どう捻り潰してやるか…」そう聞こえた気がしたが、もう放っておくことにした。
お腹がご飯の時間だと告げていたからだ。
例えば雨が降るのはほとんど雲が近付いてきてからだし、父は怒鳴り始める前に不機嫌に黙り込む。
前触れをしっかりと捉えることが出来れば、何かしらの対処をすればいいだけだ。
外出中に雨が降りそうな空になったら馬車に戻るし、父が不機嫌に黙り込んだら、母を呼んでくる。
そういうことは得意だと思っていたが、これからはそう思っていられなさそうだ。
「リーリエ、婚約を破棄させてほしい」
本当に突然に家を訪ねてきたと思って訝しみはした。
いつもは先触れをくれるのに。とは思ったのだが、いつもの、お土産を買ってきたとか、何か頼み事が出来たとか、その程度だろうと思っていた。
だって彼は、今日街の孤児院に視察に行っただけだったからだ。
前々から怪しい動きをしていた訳でもなく、今日も私の顔を一目見たいと朝から家に来た。
それなのに、視察に行ったら婚約破棄したくなるなんて、想定外にも程がある。
「え?婚約破棄!?本気!?」
単語でしか話せなくなっても仕方のない事態だろう。
この結婚は、伯爵家である彼の家の方から縁談を持ちかけてきて、ただの子爵令嬢だった私は、父親に何か聞かれる事もなく、家の判断で婚約を了承することになった。
「あぁ。リーリエには悪いけど、私は運命と出逢ってしまったのだ」
孤児院に視察に行って出会う運命の相手と言われれば、常識の範疇で考えれば数限られた候補しかない。
1、孤児院の職員の平民
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3、ボランティアに来た良心的な平民の女の子
4、心優しいシスター
まぁ、それもどうでもいいか。
頭に浮かんだ想像上のお相手をグシャリとした。
「婚約破棄、承りました。どうぞお帰りになってくださいませ。父には私から伝えておきます」
婚約者であったのは、伯爵家リーバス・テンサーだ。
私は渋々婚約者に会った時、この婚約を引き受けて良かったと考えを改め、今日この瞬間まで幸せな未来を疑いもしていなかった。
リーバスは最初から私を婚約者として丁寧に扱ってくれたし、事あるごとに「好きだよ」「愛してるよ」そう囁いて、どこかに出かければ「君に似合うと思って」そう言ってお土産を買ってきてくれた。
愛されていることに疑いを持つことはなかったし、彼を好きになることに時間は掛からなかった。
でも、たった今分かったことだが、彼にとって愛とはとても軽いものだったのだ。
チクリと痛んだ胸が、これが現実なのだと悟らせた。
ーー夢ならいいのに
そう願っても、夢から覚めることはなかった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「はぁ!?婚約破棄だと!?」
仰天して椅子から滑り落ちた父の気持ちはよく分かった。
娘を溺愛してくれて、安心して嫁に出せるとリーバスのことを信用し尽くしていたし、周りにも自慢していたのに、突然の婚約破棄だ。仕方ないだろう。
「そうです。運命と出会ったそうですよ」
「あの野郎…ふざけた真似をしてくれるじゃないか」
婚約破棄を言い出したリーバスは、父の中で野郎に格下げとなったようだ。
「お前は大丈夫か?ショックだっただろう?」
父は怒りに狂う前に、娘が傷物になってしまったことに気付いたようだ。
怒ると怖いが、娘への愛は本物だった。
「ええ。今も信じられない気持ちですが、あの人の愛はその程度だったのだなと、どこか冷静に軽蔑しています」
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『えぇ、本当に』その言葉は口にしないでおいた。
次は自分の了承位は得てほしいものだが、こんな縁談はそうそう来ない事を考えれば、仕方のない事だったと分かっていた。
「野郎のことはこちらに任せておきなさい。たっぷりと慰謝料を貰ってやるからな。ここからは先手必勝だ。すぐに手紙を書こう」
「どう捻り潰してやるか…」そう聞こえた気がしたが、もう放っておくことにした。
お腹がご飯の時間だと告げていたからだ。
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