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公爵の結婚
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ゴードランはデリックのように陛下直属の部下が陛下の意思のもと運営している領域である。
同じ運営をしていると言っても、目が届きにくさが仇になり、全てがうまくいっているとは言えないが、それでも税率や法の面、資金源から見ても、とても恵まれた土地だ。
しかし、グスチに来た時に見たゴードランはとても王領とは思えないものだった。
視察に行くのも少し怖いと感じる。
グスチは少しずつだが、領外の人の流入で人々の意識が変わり始めた。
常識が塗り変わろうとしているのを見るのは、とてももどかしくて焦ったいものだ。
「ウィルソン、ゴードランへの視察だけど、ガラス細工の工房も許可を得てくれない?最近ゴードランのガラスの細工が帝都で人気らしいの」
「手配しましょう」
「ふふっ最近はすっかり護衛というより秘書官ね」
デリックの助けもまだまだ必要だが、商会からあがってくる請求書や、税務関係の比較的難しい書類も捌けるようになっていた。
この家は家令が機能していないので、領地の仕事はデリックに尋ね、自ら立ち上げた商会は手探り状態だったが、なんとか軌道に乗ったのだ。
ウィルソンが共に努力してくれたおかげで、スムーズに仕事が進む。
伯爵家の娘として出掛けるのならば、護衛がウィルソンだけでは心許ない。
本来ならば侍女と3人の護衛が着くくらいが普通なのだが、この家ではそうはいかなかった。
侍女はなんとかなったが、護衛も慎重に選ばなければならない。
ウィルソンに休みをあげなければならないし、これからのことを考えれば急がなければならなかった。
これまで放置してきた問題点を早急に改善しなければならない。
コーネルが自ら命令を下すのを待つつもりだったが、そう悠長なことも言っていられなくなってきたのだ。
取引するには信頼が大切だ。
伯爵令嬢1人で取引の場に現れても相手にもされないだろう。
侍女や護衛、そして法律の専門家なども引き連れていかなければ、交渉の場に立つことすらできない。
「視察が終わったら屋敷の中を整理するわ。護衛も騎士団から派遣させるようにするから、調査の方に時間を割いてもらえる?」
「やっとですか!?この不敬の塊のような屋敷を一掃できるなら、内部の調査でも、騎士団の調査でも、例え王宮の調査でも喜んでしますよ」
ウィルソンは心底嬉しそうに目を輝かせていた。
随分と一緒に肩身の狭い思いをさせてしまったから、申し訳ないと思いつつも、当主であるコーネルのことを考えると中々手が出せなかったのだ。
血縁関係もない自分が、当主の量分を本当に侵していいのだろうか?そう思うと屋敷の人間を整理することは後回しにされたのだ。
「ウィルソンごめんなさいね。安心して食事も出来て、休みもしっかりとれる、きちんと教育をされた屋敷にすると誓うわ」
「食事も休みもいいんです。どうせ他にやることもないですし、ハリエット様と一緒にいられる方が、私としても安心ですから」
「ダメよ。仕事の為に生きているわけじゃないもの。生活の為に仕事があるって言うのを忘れてほしくないわ。ウィルソン、あなたを巻き込んだことは本当に申し訳ないと思っているの。友人や家族を捨てさせてこんな北方の地まで連れてきてしまった。私はウィルソンには幸せになってほしい。クシュリプトへ帰りたかったらどうにか手配するわ。もちろん安全に過ごせる場所を用意するのに時間はかかるけど…今なら出来ないこともないわ」
グスチには、彼の為だけにここに滞在していると言っても過言ではない。
彼が生きてると知れれば殺されるかもしれない。
そう思ったからこそ帝国に助けを求め、偽りの身分を手にすることになったのだ。
彼が安全に王国に戻れる道があったなら、平民に紛れて生活することも考えていたと思う。
「ハリエット様!そんな事は考えてもいません!私は王国での仕事ぶりは存じ上げませんでしたが、ハリエット様のここでの仕事は尊敬していますし、ハリエット様の騎士としてこうして支えている事が私の誇りです!王国に帰るとしたら、それは主人と一緒です」
「ウィルソン…もう2年半になるわ。王国は荒れに荒れて内戦まで起こってる。家族にも生きていると知らせていないで、不安になる事はない?」
ハリエットはウィルソンの視線に合わせるように椅子から立ち上がる。
「遅かれ早かれ市民は立ち上がったでしょう。あの頃もどこで大規模な内戦が起こってもおかしくはなかった。ハイランス伯爵令嬢という旗を無くして、戦う為に武器を手に取るのは今思えば当たり前のことでした。家族のことは心配です。それでも、あの時その家族を信じられなかった。あの判断をした瞬間、私は息子ではなくなったのです」
「いいえ、貴方1人ならば迷わず家族を頼ったことでしょう。私がいたから頼れなかった。私だって自分の家族を捨てて、ワイニー伯爵をお父様と呼んでいる。酷い仕打ちよね。連絡も入れず自分の国の大変な時に安全なところで別の人を父と呼んでいるのだもの」
「そんなことはありません!ハイランス領から離れた場所で、国外に出るしかなかった。私とは全然違います!」
「一緒よ、ウィルソン。私たちは名前を捨てここにいる。でもね、私はウィルソンに幸せになることまで捨ててほしくないの。休みの日は友人と会ったり、同僚とお酒を飲みに出掛けたり、王国で出来たことを諦めて欲しくない。これはハリエットとしての使命でもあるわ。労働環境の改善もこの国の問題の一つだもの」
ウィルソンはそのまま何も言わなくなってしまった。
しばらく考えて考えて、絞り出したように「はい」と答えた。
家族の手を離してまで自分を守ってくれた人を、今度は自分で守っていくのだとハリエットは胸に誓った昔を思い出していた。
同じ運営をしていると言っても、目が届きにくさが仇になり、全てがうまくいっているとは言えないが、それでも税率や法の面、資金源から見ても、とても恵まれた土地だ。
しかし、グスチに来た時に見たゴードランはとても王領とは思えないものだった。
視察に行くのも少し怖いと感じる。
グスチは少しずつだが、領外の人の流入で人々の意識が変わり始めた。
常識が塗り変わろうとしているのを見るのは、とてももどかしくて焦ったいものだ。
「ウィルソン、ゴードランへの視察だけど、ガラス細工の工房も許可を得てくれない?最近ゴードランのガラスの細工が帝都で人気らしいの」
「手配しましょう」
「ふふっ最近はすっかり護衛というより秘書官ね」
デリックの助けもまだまだ必要だが、商会からあがってくる請求書や、税務関係の比較的難しい書類も捌けるようになっていた。
この家は家令が機能していないので、領地の仕事はデリックに尋ね、自ら立ち上げた商会は手探り状態だったが、なんとか軌道に乗ったのだ。
ウィルソンが共に努力してくれたおかげで、スムーズに仕事が進む。
伯爵家の娘として出掛けるのならば、護衛がウィルソンだけでは心許ない。
本来ならば侍女と3人の護衛が着くくらいが普通なのだが、この家ではそうはいかなかった。
侍女はなんとかなったが、護衛も慎重に選ばなければならない。
ウィルソンに休みをあげなければならないし、これからのことを考えれば急がなければならなかった。
これまで放置してきた問題点を早急に改善しなければならない。
コーネルが自ら命令を下すのを待つつもりだったが、そう悠長なことも言っていられなくなってきたのだ。
取引するには信頼が大切だ。
伯爵令嬢1人で取引の場に現れても相手にもされないだろう。
侍女や護衛、そして法律の専門家なども引き連れていかなければ、交渉の場に立つことすらできない。
「視察が終わったら屋敷の中を整理するわ。護衛も騎士団から派遣させるようにするから、調査の方に時間を割いてもらえる?」
「やっとですか!?この不敬の塊のような屋敷を一掃できるなら、内部の調査でも、騎士団の調査でも、例え王宮の調査でも喜んでしますよ」
ウィルソンは心底嬉しそうに目を輝かせていた。
随分と一緒に肩身の狭い思いをさせてしまったから、申し訳ないと思いつつも、当主であるコーネルのことを考えると中々手が出せなかったのだ。
血縁関係もない自分が、当主の量分を本当に侵していいのだろうか?そう思うと屋敷の人間を整理することは後回しにされたのだ。
「ウィルソンごめんなさいね。安心して食事も出来て、休みもしっかりとれる、きちんと教育をされた屋敷にすると誓うわ」
「食事も休みもいいんです。どうせ他にやることもないですし、ハリエット様と一緒にいられる方が、私としても安心ですから」
「ダメよ。仕事の為に生きているわけじゃないもの。生活の為に仕事があるって言うのを忘れてほしくないわ。ウィルソン、あなたを巻き込んだことは本当に申し訳ないと思っているの。友人や家族を捨てさせてこんな北方の地まで連れてきてしまった。私はウィルソンには幸せになってほしい。クシュリプトへ帰りたかったらどうにか手配するわ。もちろん安全に過ごせる場所を用意するのに時間はかかるけど…今なら出来ないこともないわ」
グスチには、彼の為だけにここに滞在していると言っても過言ではない。
彼が生きてると知れれば殺されるかもしれない。
そう思ったからこそ帝国に助けを求め、偽りの身分を手にすることになったのだ。
彼が安全に王国に戻れる道があったなら、平民に紛れて生活することも考えていたと思う。
「ハリエット様!そんな事は考えてもいません!私は王国での仕事ぶりは存じ上げませんでしたが、ハリエット様のここでの仕事は尊敬していますし、ハリエット様の騎士としてこうして支えている事が私の誇りです!王国に帰るとしたら、それは主人と一緒です」
「ウィルソン…もう2年半になるわ。王国は荒れに荒れて内戦まで起こってる。家族にも生きていると知らせていないで、不安になる事はない?」
ハリエットはウィルソンの視線に合わせるように椅子から立ち上がる。
「遅かれ早かれ市民は立ち上がったでしょう。あの頃もどこで大規模な内戦が起こってもおかしくはなかった。ハイランス伯爵令嬢という旗を無くして、戦う為に武器を手に取るのは今思えば当たり前のことでした。家族のことは心配です。それでも、あの時その家族を信じられなかった。あの判断をした瞬間、私は息子ではなくなったのです」
「いいえ、貴方1人ならば迷わず家族を頼ったことでしょう。私がいたから頼れなかった。私だって自分の家族を捨てて、ワイニー伯爵をお父様と呼んでいる。酷い仕打ちよね。連絡も入れず自分の国の大変な時に安全なところで別の人を父と呼んでいるのだもの」
「そんなことはありません!ハイランス領から離れた場所で、国外に出るしかなかった。私とは全然違います!」
「一緒よ、ウィルソン。私たちは名前を捨てここにいる。でもね、私はウィルソンに幸せになることまで捨ててほしくないの。休みの日は友人と会ったり、同僚とお酒を飲みに出掛けたり、王国で出来たことを諦めて欲しくない。これはハリエットとしての使命でもあるわ。労働環境の改善もこの国の問題の一つだもの」
ウィルソンはそのまま何も言わなくなってしまった。
しばらく考えて考えて、絞り出したように「はい」と答えた。
家族の手を離してまで自分を守ってくれた人を、今度は自分で守っていくのだとハリエットは胸に誓った昔を思い出していた。
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