117 / 130
公爵の結婚
2
しおりを挟む
アルベルトとの婚約破棄をした10年前、襲撃されたハフマン伯爵領の森の中でクロッカ・マーガレット・ハイランスは目の前の死体から剥ぎ取った泥だらけの布に袖を通していた。
一度は縛り上げられて荷馬車に押し込まれたクロッカであったが、半日ほど藁と共に揺られ、途中休憩として立ち寄った街で後を追ってきていたリックによって助けられた。
その後、まともに助けを求められなかったのは、ファイブス私設騎士団の関与が明らかだったことだ。
王家から連なる家柄の故ファイブス公爵が設立した騎士団で、彼が亡くなって5年経っても、王国で一番大きな私設騎士団だった。
騎士1人、女1人、王国騎士団の次に大きな組織に立ち向かうのはとても困難だった。
私達は監視の目がキツくなる王都に向かうのを諦め、東の国境を目指した。
東の国境は、リックの生家であるライト辺境伯が守る地であったからだ。
しかし、彼は自分の生家に寄ることはなかった。
私達はリックの知り合いの医師のグレートソンの家に暫く滞在し、情報を集めた。
「ファイブスだけじゃなく、王国騎士団の主に警備を担当している5番隊と6番隊は不自然な訓練で王都を離れています。2つの隊が同時に訓練で遠方へ行けば、王都の警備は薄くなっているはずです。これは明らかにおかしい」
「ファイブス騎士団は王国騎士団を退役した後役職に着くこともあるでしょう?場合によっては貴方の所属する騎士団も敵である可能性がある」
「ですが、近衛隊は陛下の命令以外は聞かないはずですから、連絡を取るには1番適切だと思います」
「いいえ、手紙が最初に扱うのは末端の人間。あなたが自分の家を信用出来ないと判断したように、慎重に助けを求める先を選ばなければならないわ。思っていたよりも大きな組織が動いてる。これは保守派だけの仕業じゃないわ」
私達2人は建物から出ず、頼れるのは医師であるグレートソンだけだった。
当然ながら情報を集めるのにはとても苦労した。
ここまで逃げる時に見聞きした情報、自分を取り囲む人間関係、手紙が確実に届くと確信できる人物に手紙を出すために、国境を越えることにした。
王国内は危険だと判断したのだ。
クロッカが助けを求めたのは王宮勤めのアルベルトではなかった。
どこかの街で保護を求めても、内密に処理してくれるところはいくらでもあっただろう。だが、それを報告する伝達がうまくいくのかという心配を拭うことが出来なかった。
クロッカ達は手持ちの金なんてものはなく、国境を越えても頼る宛がなければ生き延びることも難しかった。
グレートソン先生が渡してくれたお金だけを頼りに、目的地向かった。
髪を帽子に入れ、旅人を装う服に着替え、リックの幼い頃の記憶を頼りに獣道で国境を超えた。
「あった。ここよ…」
クロッカは自身の記憶と、現地の人に尋ね歩いて目的地についた。
隣国ハーフェスバイトにルフェーベル商会が新たに置いた貿易拠点の一つだ。
そこで、自身の最近の購入した品物を書き出し、クロッカ・ハイランスだと伝えた。
その頃には、自分の死が伝えられたことを風の噂で聞いていたので、目の前の男が驚いた顔をしても不思議には思わなかった。
幸運だったのは、まだ駆け出しの拠点だったことから、帝都から派遣された従業員が多かったことだ。
客の情報の全てが拠点に伝えられているわけもなかったが、保護してもらうことが出来た。
キャサリンがクロッカと共に陛下と帯同していたことを覚えている者は多かった。
クロッカとリックが選んだ相手は、現在アカデミーへの入学前の語学遊学という形で大陸を渡り歩いているというストラウス公爵家長男のジョンだった。
親しいとされているキャサリンの元へも直接手紙を書く事は避けるべきだった。
しかし、ジョンへならば商会内の荷物と一緒に紛れ込ませることも出来る。
結果的に、それは成功しジョンは秘密裏に事を運んでくれた。
まだ少年と言える未成年の男の子に頼らなければならない不甲斐なさもあったが、リックの命にも関わるとなればそれ程に慎重に動かざるを得なかった。
大陸でも大きな商会として名に上がるようになったルフェーベル商会の用心棒達は非常に有能で、クロッカとリックは漸く心を落ち着かせる環境に身を置くことができた。
リックは用心棒達と手合わせをし、それを眺めながらクロッカは商人達から情報を集めていった。
そこから1ヶ月経った頃、ハーフェスバイトに商人らしく身なりを整えたジョンが訪ねて来た。
「ハリエット嬢、お元気そうで何よりです」
この1ヶ月、何度も手紙を送った相手は、暫く会わない間に大きく育っていた。
クロッカはこの地で、ハリエットと名を変え、リックはウィルソンと名を変えていた。
「ジョン!貴方大きくなったわね」
記憶の中のまだまだ快活な少年だったジョンの大人びた姿に、ハリエットは頬を緩ませた。
「はい。漸くお会いできて嬉しいです」
「私も、貴方に会えて嬉しいわ」
「ですが、本当にいいのですか?やめるなら今しかありませんよ?」
思わず手を握り合った2人だったが、ジョンの顔にはすぐに悲壮の表情が浮かんでいた。
一度は縛り上げられて荷馬車に押し込まれたクロッカであったが、半日ほど藁と共に揺られ、途中休憩として立ち寄った街で後を追ってきていたリックによって助けられた。
その後、まともに助けを求められなかったのは、ファイブス私設騎士団の関与が明らかだったことだ。
王家から連なる家柄の故ファイブス公爵が設立した騎士団で、彼が亡くなって5年経っても、王国で一番大きな私設騎士団だった。
騎士1人、女1人、王国騎士団の次に大きな組織に立ち向かうのはとても困難だった。
私達は監視の目がキツくなる王都に向かうのを諦め、東の国境を目指した。
東の国境は、リックの生家であるライト辺境伯が守る地であったからだ。
しかし、彼は自分の生家に寄ることはなかった。
私達はリックの知り合いの医師のグレートソンの家に暫く滞在し、情報を集めた。
「ファイブスだけじゃなく、王国騎士団の主に警備を担当している5番隊と6番隊は不自然な訓練で王都を離れています。2つの隊が同時に訓練で遠方へ行けば、王都の警備は薄くなっているはずです。これは明らかにおかしい」
「ファイブス騎士団は王国騎士団を退役した後役職に着くこともあるでしょう?場合によっては貴方の所属する騎士団も敵である可能性がある」
「ですが、近衛隊は陛下の命令以外は聞かないはずですから、連絡を取るには1番適切だと思います」
「いいえ、手紙が最初に扱うのは末端の人間。あなたが自分の家を信用出来ないと判断したように、慎重に助けを求める先を選ばなければならないわ。思っていたよりも大きな組織が動いてる。これは保守派だけの仕業じゃないわ」
私達2人は建物から出ず、頼れるのは医師であるグレートソンだけだった。
当然ながら情報を集めるのにはとても苦労した。
ここまで逃げる時に見聞きした情報、自分を取り囲む人間関係、手紙が確実に届くと確信できる人物に手紙を出すために、国境を越えることにした。
王国内は危険だと判断したのだ。
クロッカが助けを求めたのは王宮勤めのアルベルトではなかった。
どこかの街で保護を求めても、内密に処理してくれるところはいくらでもあっただろう。だが、それを報告する伝達がうまくいくのかという心配を拭うことが出来なかった。
クロッカ達は手持ちの金なんてものはなく、国境を越えても頼る宛がなければ生き延びることも難しかった。
グレートソン先生が渡してくれたお金だけを頼りに、目的地向かった。
髪を帽子に入れ、旅人を装う服に着替え、リックの幼い頃の記憶を頼りに獣道で国境を超えた。
「あった。ここよ…」
クロッカは自身の記憶と、現地の人に尋ね歩いて目的地についた。
隣国ハーフェスバイトにルフェーベル商会が新たに置いた貿易拠点の一つだ。
そこで、自身の最近の購入した品物を書き出し、クロッカ・ハイランスだと伝えた。
その頃には、自分の死が伝えられたことを風の噂で聞いていたので、目の前の男が驚いた顔をしても不思議には思わなかった。
幸運だったのは、まだ駆け出しの拠点だったことから、帝都から派遣された従業員が多かったことだ。
客の情報の全てが拠点に伝えられているわけもなかったが、保護してもらうことが出来た。
キャサリンがクロッカと共に陛下と帯同していたことを覚えている者は多かった。
クロッカとリックが選んだ相手は、現在アカデミーへの入学前の語学遊学という形で大陸を渡り歩いているというストラウス公爵家長男のジョンだった。
親しいとされているキャサリンの元へも直接手紙を書く事は避けるべきだった。
しかし、ジョンへならば商会内の荷物と一緒に紛れ込ませることも出来る。
結果的に、それは成功しジョンは秘密裏に事を運んでくれた。
まだ少年と言える未成年の男の子に頼らなければならない不甲斐なさもあったが、リックの命にも関わるとなればそれ程に慎重に動かざるを得なかった。
大陸でも大きな商会として名に上がるようになったルフェーベル商会の用心棒達は非常に有能で、クロッカとリックは漸く心を落ち着かせる環境に身を置くことができた。
リックは用心棒達と手合わせをし、それを眺めながらクロッカは商人達から情報を集めていった。
そこから1ヶ月経った頃、ハーフェスバイトに商人らしく身なりを整えたジョンが訪ねて来た。
「ハリエット嬢、お元気そうで何よりです」
この1ヶ月、何度も手紙を送った相手は、暫く会わない間に大きく育っていた。
クロッカはこの地で、ハリエットと名を変え、リックはウィルソンと名を変えていた。
「ジョン!貴方大きくなったわね」
記憶の中のまだまだ快活な少年だったジョンの大人びた姿に、ハリエットは頬を緩ませた。
「はい。漸くお会いできて嬉しいです」
「私も、貴方に会えて嬉しいわ」
「ですが、本当にいいのですか?やめるなら今しかありませんよ?」
思わず手を握り合った2人だったが、ジョンの顔にはすぐに悲壮の表情が浮かんでいた。
0
お気に入りに追加
731
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。
ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」
人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。
「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」
「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」
一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。
「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」
「……そんな、ひどい」
しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。
「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」
「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」
パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。
昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。
「……そんなにぼくのこと、好きなの?」
予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。
「好き! 大好き!」
リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。
「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」
パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、
「……少し、考える時間がほしい」
だった。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
捨てられた侯爵夫人の二度目の人生は皇帝の末の娘でした。
クロユキ
恋愛
「俺と離婚して欲しい、君の妹が俺の子を身籠った」
パルリス侯爵家に嫁いだソフィア・ルモア伯爵令嬢は結婚生活一年目でソフィアの夫、アレック・パルリス侯爵に離婚を告げられた。結婚をして一度も寝床を共にした事がないソフィアは白いまま離婚を言われた。
夫の良き妻として尽くして来たと思っていたソフィアは悲しみのあまり自害をする事になる……
誤字、脱字があります。不定期ですがよろしくお願いします。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。
友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。
あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。
ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。
「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」
「わかりました……」
「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」
そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。
勘違い、すれ違いな夫婦の恋。
前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。
四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる