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公爵の結婚

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アルベルトとの婚約破棄をした10年前、襲撃されたハフマン伯爵領の森の中でクロッカ・マーガレット・ハイランスは目の前の死体から剥ぎ取った泥だらけの布に袖を通していた。


一度は縛り上げられて荷馬車に押し込まれたクロッカであったが、半日ほど藁と共に揺られ、途中休憩として立ち寄った街で後を追ってきていたリックによって助けられた。


その後、まともに助けを求められなかったのは、ファイブス私設騎士団の関与が明らかだったことだ。
王家から連なる家柄の故ファイブス公爵が設立した騎士団で、彼が亡くなって5年経っても、王国で一番大きな私設騎士団だった。

騎士1人、女1人、王国騎士団の次に大きな組織に立ち向かうのはとても困難だった。


私達は監視の目がキツくなる王都に向かうのを諦め、東の国境を目指した。
東の国境は、リックの生家であるライト辺境伯が守る地であったからだ。


しかし、彼は自分の生家に寄ることはなかった。
私達はリックの知り合いの医師のグレートソンの家に暫く滞在し、情報を集めた。


「ファイブスだけじゃなく、王国騎士団の主に警備を担当している5番隊と6番隊は不自然な訓練で王都を離れています。2つの隊が同時に訓練で遠方へ行けば、王都の警備は薄くなっているはずです。これは明らかにおかしい」


「ファイブス騎士団は王国騎士団を退役した後役職に着くこともあるでしょう?場合によっては貴方の所属する騎士団も敵である可能性がある」


「ですが、近衛隊は陛下の命令以外は聞かないはずですから、連絡を取るには1番適切だと思います」


「いいえ、手紙が最初に扱うのは末端の人間。あなたが自分の家を信用出来ないと判断したように、慎重に助けを求める先を選ばなければならないわ。思っていたよりも大きな組織が動いてる。これは保守派だけの仕業じゃないわ」


私達2人は建物から出ず、頼れるのは医師であるグレートソンだけだった。
当然ながら情報を集めるのにはとても苦労した。
ここまで逃げる時に見聞きした情報、自分を取り囲む人間関係、手紙が確実に届くと確信できる人物に手紙を出すために、国境を越えることにした。
王国内は危険だと判断したのだ。



クロッカが助けを求めたのは王宮勤めのアルベルトではなかった。
どこかの街で保護を求めても、内密に処理してくれるところはいくらでもあっただろう。だが、それを報告する伝達がうまくいくのかという心配を拭うことが出来なかった。
クロッカ達は手持ちの金なんてものはなく、国境を越えても頼る宛がなければ生き延びることも難しかった。
グレートソン先生が渡してくれたお金だけを頼りに、目的地向かった。
髪を帽子に入れ、旅人を装う服に着替え、リックの幼い頃の記憶を頼りに獣道で国境を超えた。


「あった。ここよ…」


クロッカは自身の記憶と、現地の人に尋ね歩いて目的地についた。
隣国ハーフェスバイトにルフェーベル商会が新たに置いた貿易拠点の一つだ。
そこで、自身の最近の購入した品物を書き出し、クロッカ・ハイランスだと伝えた。
その頃には、自分の死が伝えられたことを風の噂で聞いていたので、目の前の男が驚いた顔をしても不思議には思わなかった。
幸運だったのは、まだ駆け出しの拠点だったことから、帝都から派遣された従業員が多かったことだ。
客の情報の全てが拠点に伝えられているわけもなかったが、保護してもらうことが出来た。


キャサリンがクロッカと共に陛下と帯同していたことを覚えている者は多かった。


クロッカとリックが選んだ相手は、現在アカデミーへの入学前の語学遊学という形で大陸を渡り歩いているというストラウス公爵家長男のジョンだった。


親しいとされているキャサリンの元へも直接手紙を書く事は避けるべきだった。
しかし、ジョンへならば商会内の荷物と一緒に紛れ込ませることも出来る。
結果的に、それは成功しジョンは秘密裏に事を運んでくれた。


まだ少年と言える未成年の男の子に頼らなければならない不甲斐なさもあったが、リックの命にも関わるとなればそれ程に慎重に動かざるを得なかった。


大陸でも大きな商会として名に上がるようになったルフェーベル商会の用心棒達は非常に有能で、クロッカとリックは漸く心を落ち着かせる環境に身を置くことができた。


リックは用心棒達と手合わせをし、それを眺めながらクロッカは商人達から情報を集めていった。



そこから1ヶ月経った頃、ハーフェスバイトに商人らしく身なりを整えたジョンが訪ねて来た。


「ハリエット嬢、お元気そうで何よりです」


この1ヶ月、何度も手紙を送った相手は、暫く会わない間に大きく育っていた。
クロッカはこの地で、ハリエットと名を変え、リックはウィルソンと名を変えていた。



「ジョン!貴方大きくなったわね」


記憶の中のまだまだ快活な少年だったジョンの大人びた姿に、ハリエットは頬を緩ませた。


「はい。漸くお会いできて嬉しいです」

「私も、貴方に会えて嬉しいわ」

「ですが、本当にいいのですか?やめるなら今しかありませんよ?」


思わず手を握り合った2人だったが、ジョンの顔にはすぐに悲壮の表情が浮かんでいた。
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