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オルボアール
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小さな席が多く、開けた作りの店内で、避難経路のためかカウンターにもほど近い席にアガトンは座っていた。
「アガトン殿下、お待たせ致しました」
「いや、早かったね。公爵って呼んでたけど、王国の者なの?」
「若い頃に爵位を譲られて、王国で長く旅をして過ごしていたようですが、奥様を亡くしてから帝国に住まいを移されたと。元々は歴史ある名門公爵家の当主だった方です」
諜報員などの疑いをかけさせるわけにもいかないし、アガトンに彼を隠し立てる理由もない。
「ははっ疑ってる訳じゃないから大丈夫だよ。薄暗い店だけど、ここはステージかなにかがあるの?」
他に客がいたらすぐに察することが出来ただろうが、誰もいない状態では催し物があると考えるのも無理はない。
「いいえ、ここは静かに本を読むことを目的としたお店です。お茶がとても美味いので早く注文をしましょう」
飲み物のメニューと軽食のメニューが2枚テーブルに置かれている。
その横には何も書かれていない紙の束がまとめられていた。
「私はディンブラにしようと思うのだけど、どうする?」
紙の束から一枚を取り出してディンブラと書くと、珍しそうにアガトンが身を乗り出していた。
「それは何をしているの?」
机に置いてあるライトの位置を調整してくれている。
「ここは自己注文制なんです。この紙に書いてカウンターに持って行くんですよ」
「へぇ。面白いね。朝だし僕はオレンジティにするよ」
そう言うと、アガトンは護衛達にも注文を決めさせ、紙に書かせていく。
外にいる護衛の分も注文するようにと言うアガトンの仕える者に対する姿勢は尊敬出来る。
その様子を微笑ましく眺めていた。
そうしている間に、すっかり注文を書く仕事を護衛に取られ、メニューに集中する。
「サンドイッチと葡萄にするわ」
「僕はスープとミートパイ、あとリゾットも」
「ふふっ朝からたくさん食べるのね」
朝食を終えている護衛達とは違い、育ち盛りのアガトンの朝食に軽食では足りなかったかもしれない。
「食べても食べてもお腹は空くものだよ。そういえば新聞はどうやって買えばいいのかな?」
「あ、そうそう、新聞。カウンターの横に置いてあったわ。書き足しておいてくれる?」
「承知しました」
護衛の1人が書き終えると、カウンターへ向かう。
紙を渡し終えると、すぐに新聞を持って席へ戻ってきた。
「これは結構効率がいいね」
「そうですね。注文の間違いも起こりませんし。ですが読み書きが出来ることが前提のお店ですから、平民貴族問わず訪れることができるとはいえ、平民にはハードルが高いお店でしょうね」
「なるほど。しかしそこで区切ることで店の雰囲気を壊すことなく運営できているとも言える」
「そうですわね。貴族の中でもこの様な注文方法を嫌う方は多いと思われますし、本を読む最適な空間を客と共に作り上げているのでしょうね」
「ほー店も客を選んでいるということか」
「本を愛していたら何の文句も出ないお店ですわ」
大声で話すことは憚れるが、静かに話しているだけならば語り合うことも許される。
「そうだ。新聞、クロッカが載っているか見なくちゃ」
帝都の発行している新聞ではなく、地方紙の部類だが、皇帝陛下の滞在により、実質的に帝都となっているからか、この旅はどこへ行っても紙面は充実していて、王国では考えられない面白さもあり、不思議な感覚だった。
それが当たり前になりつつあるのが少し怖くもある。
「アガトン殿下の記事を先に見ましょうよ」
「だめもう見つけちゃった。ほらここ、クロッカのこと書いてある」
記事にはクロッカの帰国について書かれていた。
そこには王国からフェリペ殿下と、婚約者であるアルベルトといっしょにパーティを楽しまれたこと、パーティでの二番目の主役として、帰国の挨拶があったことが記されていた。
「そういえば婚約者とは朝食を取らなくてよかったの?」
聞くことを避けていたかと思っていたが、記事にアルベルトのことが書かれているので話題に登る。
「キャサリンと一緒で今日はきっと遅くまで寝ているわ。アガトン殿下も昨日は疲れたでしょう?大丈夫?」
「そっか。僕はまだ若いからね。寝たら疲れもなくなったよ。クロッカも少し疲れているんじゃない?早くに起きていたみたいだけど」
「昨日も朝は早かったから少し疲れが残ってるわ。でも朝は自然と目覚めてしまうのよ」
やはりすべてを隠すことはできない。
泣いていたことは気付かれていないことが救いだった。
「あんまり無理しないでね。帰りは馬車を手配しておいて」
暫く2人で新聞に目を通していると、飲み物が先に運ばれてきた。
アガトンのカップには薄切りのオレンジがカップの縁に刺さっていた。
「ん、このオレンジの添え方は初めて見た。なんだかおしゃれだね」
薄切りのオレンジに切れ目を入れて挿してあるが、見た目にも華がある様に感じる。
「確かに。特別な感じがするわ」
オレンジティがアガトンの前に置かれると、クロッカも爽やかな匂いを感じることで出来た。
そしてディンブラがクロッカの前に置かれると、紅茶のいい香りをしっかりと感じる。
「ん。美味しいわ」
「オレンジティも美味しいよ。オレンジも新鮮でいい物を使っている」
昨夜のことがなかったように平和な朝食だった。
運ばれてきたサンドイッチを食べながらアガトンの記事について語り、キャサリンの衣装合わせがされていなかったことについて書かれた記事を見て、アガトンは勉強になるとクロッカの見解について真面目に聞いていた。
「アガトン殿下、お待たせ致しました」
「いや、早かったね。公爵って呼んでたけど、王国の者なの?」
「若い頃に爵位を譲られて、王国で長く旅をして過ごしていたようですが、奥様を亡くしてから帝国に住まいを移されたと。元々は歴史ある名門公爵家の当主だった方です」
諜報員などの疑いをかけさせるわけにもいかないし、アガトンに彼を隠し立てる理由もない。
「ははっ疑ってる訳じゃないから大丈夫だよ。薄暗い店だけど、ここはステージかなにかがあるの?」
他に客がいたらすぐに察することが出来ただろうが、誰もいない状態では催し物があると考えるのも無理はない。
「いいえ、ここは静かに本を読むことを目的としたお店です。お茶がとても美味いので早く注文をしましょう」
飲み物のメニューと軽食のメニューが2枚テーブルに置かれている。
その横には何も書かれていない紙の束がまとめられていた。
「私はディンブラにしようと思うのだけど、どうする?」
紙の束から一枚を取り出してディンブラと書くと、珍しそうにアガトンが身を乗り出していた。
「それは何をしているの?」
机に置いてあるライトの位置を調整してくれている。
「ここは自己注文制なんです。この紙に書いてカウンターに持って行くんですよ」
「へぇ。面白いね。朝だし僕はオレンジティにするよ」
そう言うと、アガトンは護衛達にも注文を決めさせ、紙に書かせていく。
外にいる護衛の分も注文するようにと言うアガトンの仕える者に対する姿勢は尊敬出来る。
その様子を微笑ましく眺めていた。
そうしている間に、すっかり注文を書く仕事を護衛に取られ、メニューに集中する。
「サンドイッチと葡萄にするわ」
「僕はスープとミートパイ、あとリゾットも」
「ふふっ朝からたくさん食べるのね」
朝食を終えている護衛達とは違い、育ち盛りのアガトンの朝食に軽食では足りなかったかもしれない。
「食べても食べてもお腹は空くものだよ。そういえば新聞はどうやって買えばいいのかな?」
「あ、そうそう、新聞。カウンターの横に置いてあったわ。書き足しておいてくれる?」
「承知しました」
護衛の1人が書き終えると、カウンターへ向かう。
紙を渡し終えると、すぐに新聞を持って席へ戻ってきた。
「これは結構効率がいいね」
「そうですね。注文の間違いも起こりませんし。ですが読み書きが出来ることが前提のお店ですから、平民貴族問わず訪れることができるとはいえ、平民にはハードルが高いお店でしょうね」
「なるほど。しかしそこで区切ることで店の雰囲気を壊すことなく運営できているとも言える」
「そうですわね。貴族の中でもこの様な注文方法を嫌う方は多いと思われますし、本を読む最適な空間を客と共に作り上げているのでしょうね」
「ほー店も客を選んでいるということか」
「本を愛していたら何の文句も出ないお店ですわ」
大声で話すことは憚れるが、静かに話しているだけならば語り合うことも許される。
「そうだ。新聞、クロッカが載っているか見なくちゃ」
帝都の発行している新聞ではなく、地方紙の部類だが、皇帝陛下の滞在により、実質的に帝都となっているからか、この旅はどこへ行っても紙面は充実していて、王国では考えられない面白さもあり、不思議な感覚だった。
それが当たり前になりつつあるのが少し怖くもある。
「アガトン殿下の記事を先に見ましょうよ」
「だめもう見つけちゃった。ほらここ、クロッカのこと書いてある」
記事にはクロッカの帰国について書かれていた。
そこには王国からフェリペ殿下と、婚約者であるアルベルトといっしょにパーティを楽しまれたこと、パーティでの二番目の主役として、帰国の挨拶があったことが記されていた。
「そういえば婚約者とは朝食を取らなくてよかったの?」
聞くことを避けていたかと思っていたが、記事にアルベルトのことが書かれているので話題に登る。
「キャサリンと一緒で今日はきっと遅くまで寝ているわ。アガトン殿下も昨日は疲れたでしょう?大丈夫?」
「そっか。僕はまだ若いからね。寝たら疲れもなくなったよ。クロッカも少し疲れているんじゃない?早くに起きていたみたいだけど」
「昨日も朝は早かったから少し疲れが残ってるわ。でも朝は自然と目覚めてしまうのよ」
やはりすべてを隠すことはできない。
泣いていたことは気付かれていないことが救いだった。
「あんまり無理しないでね。帰りは馬車を手配しておいて」
暫く2人で新聞に目を通していると、飲み物が先に運ばれてきた。
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「ん。美味しいわ」
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昨夜のことがなかったように平和な朝食だった。
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