上 下
103 / 130
オルボアール

4

しおりを挟む
小さな席が多く、開けた作りの店内で、避難経路のためかカウンターにもほど近い席にアガトンは座っていた。



「アガトン殿下、お待たせ致しました」


「いや、早かったね。公爵って呼んでたけど、王国の者なの?」



「若い頃に爵位を譲られて、王国で長く旅をして過ごしていたようですが、奥様を亡くしてから帝国に住まいを移されたと。元々は歴史ある名門公爵家の当主だった方です」



諜報員などの疑いをかけさせるわけにもいかないし、アガトンに彼を隠し立てる理由もない。




「ははっ疑ってる訳じゃないから大丈夫だよ。薄暗い店だけど、ここはステージかなにかがあるの?」



他に客がいたらすぐに察することが出来ただろうが、誰もいない状態では催し物があると考えるのも無理はない。



「いいえ、ここは静かに本を読むことを目的としたお店です。お茶がとても美味いので早く注文をしましょう」


飲み物のメニューと軽食のメニューが2枚テーブルに置かれている。
その横には何も書かれていない紙の束がまとめられていた。



「私はディンブラにしようと思うのだけど、どうする?」



紙の束から一枚を取り出してディンブラと書くと、珍しそうにアガトンが身を乗り出していた。


「それは何をしているの?」


机に置いてあるライトの位置を調整してくれている。


「ここは自己注文制なんです。この紙に書いてカウンターに持って行くんですよ」


「へぇ。面白いね。朝だし僕はオレンジティにするよ」


そう言うと、アガトンは護衛達にも注文を決めさせ、紙に書かせていく。
外にいる護衛の分も注文するようにと言うアガトンの仕える者に対する姿勢は尊敬出来る。
その様子を微笑ましく眺めていた。


そうしている間に、すっかり注文を書く仕事を護衛に取られ、メニューに集中する。


「サンドイッチと葡萄にするわ」


「僕はスープとミートパイ、あとリゾットも」


「ふふっ朝からたくさん食べるのね」


朝食を終えている護衛達とは違い、育ち盛りのアガトンの朝食に軽食では足りなかったかもしれない。


「食べても食べてもお腹は空くものだよ。そういえば新聞はどうやって買えばいいのかな?」


「あ、そうそう、新聞。カウンターの横に置いてあったわ。書き足しておいてくれる?」


「承知しました」


護衛の1人が書き終えると、カウンターへ向かう。
紙を渡し終えると、すぐに新聞を持って席へ戻ってきた。


「これは結構効率がいいね」


「そうですね。注文の間違いも起こりませんし。ですが読み書きが出来ることが前提のお店ですから、平民貴族問わず訪れることができるとはいえ、平民にはハードルが高いお店でしょうね」


「なるほど。しかしそこで区切ることで店の雰囲気を壊すことなく運営できているとも言える」


「そうですわね。貴族の中でもこの様な注文方法を嫌う方は多いと思われますし、本を読む最適な空間を客と共に作り上げているのでしょうね」


「ほー店も客を選んでいるということか」


「本を愛していたら何の文句も出ないお店ですわ」


大声で話すことは憚れるが、静かに話しているだけならば語り合うことも許される。


「そうだ。新聞、クロッカが載っているか見なくちゃ」


帝都の発行している新聞ではなく、地方紙の部類だが、皇帝陛下の滞在により、実質的に帝都となっているからか、この旅はどこへ行っても紙面は充実していて、王国では考えられない面白さもあり、不思議な感覚だった。
それが当たり前になりつつあるのが少し怖くもある。


「アガトン殿下の記事を先に見ましょうよ」


「だめもう見つけちゃった。ほらここ、クロッカのこと書いてある」


記事にはクロッカの帰国について書かれていた。
そこには王国からフェリペ殿下と、婚約者であるアルベルトといっしょにパーティを楽しまれたこと、パーティでの二番目の主役として、帰国の挨拶があったことが記されていた。


「そういえば婚約者とは朝食を取らなくてよかったの?」


聞くことを避けていたかと思っていたが、記事にアルベルトのことが書かれているので話題に登る。


「キャサリンと一緒で今日はきっと遅くまで寝ているわ。アガトン殿下も昨日は疲れたでしょう?大丈夫?」



「そっか。僕はまだ若いからね。寝たら疲れもなくなったよ。クロッカも少し疲れているんじゃない?早くに起きていたみたいだけど」


「昨日も朝は早かったから少し疲れが残ってるわ。でも朝は自然と目覚めてしまうのよ」


やはりすべてを隠すことはできない。
泣いていたことは気付かれていないことが救いだった。


「あんまり無理しないでね。帰りは馬車を手配しておいて」


暫く2人で新聞に目を通していると、飲み物が先に運ばれてきた。
アガトンのカップには薄切りのオレンジがカップの縁に刺さっていた。



「ん、このオレンジの添え方は初めて見た。なんだかおしゃれだね」


薄切りのオレンジに切れ目を入れて挿してあるが、見た目にも華がある様に感じる。


「確かに。特別な感じがするわ」



オレンジティがアガトンの前に置かれると、クロッカも爽やかな匂いを感じることで出来た。
そしてディンブラがクロッカの前に置かれると、紅茶のいい香りをしっかりと感じる。


「ん。美味しいわ」


「オレンジティも美味しいよ。オレンジも新鮮でいい物を使っている」


昨夜のことがなかったように平和な朝食だった。
運ばれてきたサンドイッチを食べながらアガトンの記事について語り、キャサリンの衣装合わせがされていなかったことについて書かれた記事を見て、アガトンは勉強になるとクロッカの見解について真面目に聞いていた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

義母様から「あなたは婚約相手として相応しくない」と言われたので、家出してあげました。

新野乃花(大舟)
恋愛
婚約関係にあったカーテル伯爵とアリスは、相思相愛の理想的な関係にあった。しかし、それを快く思わない伯爵の母が、アリスの事を執拗に口で攻撃する…。その行いがしばらく繰り返されたのち、アリスは自らその姿を消してしまうこととなる。それを知った伯爵は自らの母に対して怒りをあらわにし…。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

処理中です...