クロッカ・マーガレット・ハイランスの婚約破棄は初恋と共に

佐原香奈

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オルボアール

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冷たい布と温めた布を交互に目元に当て少し腫れが引いたところで、薄めのブルーのアイシャドウに太めのアイラインをいつもより長めに引いて、ハイライトはいつもよりしっかりと入っている。



メイクに合わせて薄いブルーのドレスを選んだが、腰の辺りはピンクやパープルのチュールが波打つようにボリュームを出しており、普段着にしては少々気合が入ったドレスになってしまった。



「エマッ!すごいわ!天才ね!」


「それでも目の中までは隠しきれません」


エマの言う通り、目はまだ充血しているが、近くで見なければ腫れぼったい目もシャープに見える。
昨日のブルーベースのメイクもドレスに合わせて気合が入っていたが、今日は薄い色を重ねて普段着のドレスに合うように派手さを抑えていた。



「確かにまだ充血してるけど、他は完璧!ありがとう」


「昨日も朝早かったのですから、少し無理しすぎではありませんか?」


「自然と目が覚めたのよ。そんなに心配しなくても朝食に行くだけだし、今日は早く寝ることにするから大丈夫よ」



特に眠気を感じることもなく、体調が悪いわけでもない。
今日は至って普通の朝だ。
まだここは帝国で、アルベルトは私の婚約者。
それはまだこれからも続くのだから、泣くのは昨夜で終わり。
ずっと続けてきた茶番劇の終演が決まったのだから、それまで演者として勤め上げるだけだ。




「失礼します。アガトン殿下がみえました」



「ありがとう。行くわ」


「お嬢様…」


手鏡をエマに渡しても、尚も心配そうな顔で縋り付くエマだったが、目が合うとしょぼくれたように手を離した。



「大丈夫よ。お昼には戻るから。それまでエマはゆっくりしていて」



「はい…」


「お土産買ってくるわね!」


護衛の後ろをついて行くように部屋から出ると、アガトンが壁に持たれるようにして立っていた。


「クロッカ!おはよう。今日は妖精のようだね。とても似合うよ」


当たり前のようにドレスを褒めるアガトンは、帝都で社交辞令というものを学んだのかもしれない。
成人した彼は一層大人びて見えた。




「おはようございます。アガトン殿下。今日は行きたいお店がありますの」



「それはいいけど、キャサリンはまだ寝てるって言っていたけど、起きるまでどうしようか」


いつもキャサリンと3人で行動していた為、自然とキャサリンも同席するものだと思っている。
思えば2人で出掛けるのはこれが初めてで、最初こそキャサリンは2人にする事を良しとはしていなかったが、早々にその考えは改めていた。
しかし、当然クロッカの予定はキャサリンの予定と同義なので、2人で出掛ける機会はなかった。
あえて2人にするような事をキャサリンがしなかったことも大きい。


「昨日は遅くまでみんな起きてたから朝は遅いと思うの。起きたら来るようには伝えてもらえるようにしたけど、それまでゆっくりご飯をいただきましょう」



「えっ!今日は2人なの!?」


「なぁに?私だけじゃ不満なの?」


「そ、そうじゃなくて…その…そんなの初めてだから…」



キャサリンを無理に起こすのも悪いと思ってのことだが、好意をわかった上で2人で出掛けることに罪悪感はあった。
少し頬を染める、以前よりも大人びたアガトンを見ると、子供のように扱うのは無理が出てきたように思う。
彼も成人してしまったので、これまでの世間の見方も変わってしまうかもしれない。
出掛ける時の護衛はクロッカに4人、アガトンには今日は6人ついているようだ。
決して2人きりにはならないので問題はないが、気を引き締めるに越したことはない。
しかし好意に応えられないのに、2人で食事に行こうというのは自分でも呆れるほどずるい。


「アガトン殿下、いつも通り護衛も沢山いますわ。いつもと何も変わりませんよ」


平然を装い応えるものの、自分の狡さに嫌気がさす。
それでもアガトンは素敵な人だ。
その素敵だと思ううちの半分が、好意を持っているからだとしても、嫌いになるような要素がないので無下にもしにくい。
こちらは一線を引いて友人として振る舞う他ない。



「まぁそうだよね。でも嬉しいよ。こうして出掛けられるなんて夢みたいだ」


「まぁ大袈裟ね」


くしゃくしゃにくずしたアガトンの笑みが胸に突き刺さるようにクロッカを貫く。


「ねぇ、行きたいお店っていうのはどこにあるの?」


「中心部から少しだけ外れたところなの。帰る前にキャサリンを連れて行きたいと思っていたのだけど中々機会がなくて」


「それだと少し遠くない?馬車を出した方が…」


「ゆっくり歩くくらいが、キャサリンを待つのには丁度いいと思わない?」


朝の空気を吸いながら、少しずつ一日が始まろうとしている街中を歩いて向かう。
それはアガトンにとって贅沢な朝だった。
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