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オルボアール

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ふと目が覚め、カーテンの隙間から窓の外を見てもまだ早朝で、日はあまり高く上がっていなかった。



「本当に酷い顔だわ…」


窓のそばを離れ、ブラウンのチェストの上に掛けられている姿見を確認すると、蜂に刺されたかのように腫れて、二重の幅が広がった上瞼に、まだ赤みが残る下瞼が微かに浮かび上がっていた。
誰がどう見たって泣いていたことが一目瞭然の顔を見て、腫れが引くまでは誰にも会うわけにはいかない。
このままこの部屋にいては朝食を皆と取らないことは不自然に映るし、体調が悪いと言えば様子を見に来てしまうだろう。



ベッドサイドに置いてある水の入った桶の布を絞り、夜にエマが当ててくれたように片目を押さえながら、遅くまで起きていたエマを起こすわけにもいかず、静かにリビングルームの扉を開ける。


ミニキッチンに置かれた水差しからグラスへ注ぎ、水を飲んで2杯目を注いでからソファへと腰を下ろすと、物音を聞いたのか、ドアの前にいる護衛がドアをノックする音が聞こえた。


「はい。入って良いわよ」


いつもの起床の確認かと思い入室を許すと、護衛の1人がゆっくりとドアを開けて中へ入ってきた。



「ハイランス伯爵令嬢でしたか。おはようございます」


エマの姿がないことに気付くと、そのままクロエの座るソファの横へ来て頭を下げる。




「おはよう。エマはまだ寝ているから声を抑えてもらえると助かるわ」


少し不思議そうに部屋を見渡していたが、昨日は夜遅くに部屋に戻ったことを思い出したのか、すぐに状況を把握したようだった。


「はい。先程アガトン殿下が参りまして、朝食の誘いを預かりました」



「こんなに早くから?」


アガトンからの朝食の誘いは元々珍しいことではないが、こんなに早朝からの突然の誘いは珍しかった。
それでもよく朝食を共にしていたアガトンからの誘いは、半年ほどしか経っていないのに懐かしく感じてしまう。



「はい。朝起きて一番に誘いに来たとおっしゃっておりました」



アガトンはきっと、アルベルトと朝食を食べると思っている。
もしアルベルトと一緒でも、許可してくれるなら同席したいという意思表示として、そして万が一約束がないのなら先に約束を取り付けたいという、あわよくばな考えも含んでいるのかもしれない。



「お嬢様おはようございます」



使用人の控室で寝ていたエマが寝起き眼でリビングルームに足を運んできた。
少し仮眠を取る程度しか寝ておらず、今日は交代のない日であるエマを起こすつもりはなかったのだが、起きてしまってはいつまでも部屋にいるとエマはこのまま仮眠を取ることも出来なくなってしまう。


「おはよう。エマ」


「おはようございます」


「おはようございます。お嬢様遅くなり申し訳ありません」


「エマ、こちらこそ起こして悪かったわ…アガトン殿下のお誘いはお受けするわ。キャサリンに手紙を出すからそのまま少し待っていてちょうだい。エマは起きて早々悪いけど、私の支度をお願い出来るかしら」



遅くの朝食にするにしても、結局は起きてしまったエマはそれまで寝ることは出来ないので、休ませるのなら早々にこの腫れた目をカバーしてもらって部屋を出るのがいいという決断になってしまった。
それからアルベルトならこの目はいくらカバーしても見破るだろうという確信があった。
アガトンの誘いを受けることで、アルベルトに会わない理由を見つけることが出来たと言える。



「お嬢様、少し休まれたほうがよろしいのでは?」


濡れた布をクロッカの手から抜き取ると、エマは覗き込むようにして膝をついた。



「いいえ、朝食に行かなければ様子を見にこの部屋へ訪ねてくるはずよ。この顔で王国の者に会うわけには行かないもの」



アガトンなら、泣いていたことを察したとしても、理由を結びつけることはない。
ならば積もる話もあることだし、ゆっくりと朝食をとりながら楽しく過ごしたい。
少し眉が下がったのが自分でもよく分かった。


「かしこまりました」



キャサリンへの手紙には正直にアルベルトとは目元の腫れが引くまでは会わない事を書いた。
後からでも合流してもらえるように記し、護衛へ渡し、アガトンへは街で朝食を取ろうと伝えてもらうことにした。


今日のエマのコルセットの絞りは、この一年半で1番甘かったように感じた。

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