上 下
92 / 130
帰国の知らせ

4

しおりを挟む
白いレースがデコルテから手首までを飾り、白地のマーメイドドレスにブルーの花がいくつも咲き乱れている。膝上から入った幾つもの切り込みからは白いチュール布が垣間見える。
帝国のドレスとは異なる趣向に、視界の隅にいても存在感を感じていた。


「クロッカ!」


頭にはティアラが光り、王女だと主張している。
切れ込みから覗く裾のチュールだけがサラリと風を纏いながら、前を歩いている男性を押し除けるようにクロッカの方へ確実に向かっている。



「キャサリンどうかしたの?」



皇帝陛下が離れていくのを待っていたかのように声をかけてきたキャサリンは、つい先程までどうやってダンスを断りつつホールを抜けるかを考え合っていた姿からは想像も出来ないほど焦っているように見える。



「あぁ本当にごめんなさい。本当になんと謝ったら良いか…」



クロッカの両腕を掴んでいる手は震えている。
俯いているキャサリンまつ毛の間から覗く、居場所を無くしたような挙動不審な瞳を見る限り、とんでもない事が起こったに違いない。




「えっと…ここで話せる事かしら?今聞かない方がいい?」


パーティは始まったばかりだし、緊急事態ならば一時的に抜けても問題はないと思うが、皇帝陛下には一言伝えた方がいいのではないかと、既に会場を出る事を考えていたクロッカだったが、ホールの出口を見ると、ここにいるはずのない人達が小さく見える。
はっきりと顔は見えないが、首筋がびくりと反応して、さりげなく流れていった視線が戻る。




「主人たちが私に内緒でパーティに来ていたのよ…本当にごめんなさい」



「え…えぇ。そんな…謝る事ないわ。公爵だものパーティにいない方がおかしな話でしょう?アガトン殿下だって、参加するはずだったのだし………ところで……私、逃げ出すことは許されるの?」



無意識のうちに後退りし、身体が既に逃げていたのだろう、キャサリンの掴んでいる両腕が少し上がり、キャサリンも一歩前へ足を踏み出す。



「少なくとも陛下へ紹介しなければ帰る事は許されないわ…」



そ、そうでしょうね。
今日は壇上で挨拶までさせてもらって、その上ファーストダンスまで踊ってもらって準主役とも言える扱いをしてもらっておいて、婚約者がこの会場にいるのに、一緒に挨拶をしないわけにはいかないわよね。



ストラウス公爵とそのちびちゃんズの横にいたのはフェリペ殿下だろうし、その横にいたあの背の高いのは、幻の婚約者様のようにみえたのは見間違えじゃなかった。



「手を…離してくださる?」

「何故手を離して欲しいの?」



キャサリンの血走った目がガッと開かれ、掴まれている手に力が入ったのが分かる。




「何故って、分かるでしょう?」

「あなたこそ分かっているでしょう?私がこの手を離さないって」


ホールの出口から脱出できないのならば、確か庭に出る扉があったはずだ。
横目で扉を確認するがホールが広すぎて走ればみっともないし、そもそも目立ち過ぎる。



「キャサリン、激しいダンスの後で頭が熱っているの。外で風を受けたいのだけど」


「そ、そう。私もなんだか矢が刺さったように頭が痛むの。ご一緒するわ」


ごくりと息を飲んでから歩き出した2人に、遠巻きに見ていた男性方が近づいてくる。


「あの、ハイランス伯爵令嬢?」


「すみません。陛下とのダンスで緊張してしまいまして、後程」




「ストラウス公爵夫人!」


「風に当たってきますの。失礼」


声をかけられるたびに遠慮なくぶった斬り、平静を装ってはいたが足速に扉へと向かっていた。
クロッカの左腕にはキャサリンの右手がガッチリと添えられていた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「白い契約書:愛なき結婚に花を」

ゆる
恋愛
公爵家の若き夫人となったクラリティは、形式的な結婚に縛られながらも、公爵ガルフストリームと共に領地の危機に立ち向かう。次第に信頼を築き、本物の夫婦として歩み始める二人。困難を乗り越えた先に待つのは、公爵領の未来と二人の絆を結ぶ新たな始まりだった。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

処理中です...