クロッカ・マーガレット・ハイランスの婚約破棄は初恋と共に

佐原香奈

文字の大きさ
上 下
90 / 130
帰国の知らせ

2

しおりを挟む
「約一年半王領内の訪問に同行していた、クシュリプト王国のハイランス伯爵令嬢がこの度帰国することになった。同行していた彼女からの提案で行ったもので、すでに利益の出ているものもある。我々にとっても惜しい存在だが、王国での期待度も高いことだろう。これからの王国との友好の架け橋となってくれることに期待している。ハイランス伯爵令嬢こちらへ」


「はい」


生誕パーティーでの皇帝陛下の挨拶の後、国外からの賓客も多く集まる中、壇上に呼ばれて陛下の紹介を聞いていた。



側室達の増えるドレスはドレスを扱う商会へ払い下げられていたが、それをオークション形式で貴族達に落札させてはどうかと、側室達とのお茶会の場での話が実現し、流行の最先端とも言われる側室達のドレスの価値は上りに上がることとなった。貴族達は娘から強請られ、彼女達は出身地では憧れの的である為、値が張っても落札したいと思うようで、値段は釣り上がっていく。



商会に払い下げるよりもかなり高額で売ることができ、定期的な収入となっているということだ。




他の国ではあまり見かけないお茶も、王国でも好まれるものも多かった為、お茶の輸出に力を入れてみてはどうかと提言もした。
ルフェーベル商会もお茶の販路拡大は目をつけていたようで、王国にも多く輸出されることになり、また、他国にも売り込んでみたら好評で、外貨獲得に役立っているという。



「短くていいから少し挨拶をしてくれるかな?うちでも君は人気者でね」



語弊があるが、主に女性からだと付け加えてくれたら嬉しかった。
王国からの使者もパーティーに来ていると聞いているから、誤解されては困るのだけど、文句を言うことなんて出来るわけもなかった。




「ありがとうございます。クロッカ・マーガレット・ハイランスです。皇帝陛下の誕生日を祝う場にお招きいただけた上に、ご挨拶までさせていただく時間をいただけたこと、大変光栄です。まだなんの知識もなかった未熟者の私を、皇帝陛下始め王族の方々が優しく迎え入れてくださったことを思い出すと、今でも心が温まります。賓客の1人として同行させていただき、クシュリプト王国の小さな世界でしか通用しない価値観を塗り替えることとなりました。領地で上がる問題をスピーディーに議題に上げ、早期解決に取り組む官僚方の姿は勇ましく、広い帝国内の状況を把握する、同行する皆様の知的な会話には、会話の中で勉強させられているようでした。私の小さな思い付きが実を結んで、利益を生むことが出来たと聞いた時は、小さな恩返しが出来たと喜んだものです。アガトン殿下が王国に留学をしに来てくださることも決まり、今後、両国の交流はより活発になることでしょう。両国に利益のある友好的な関係が続くよう、尽力して参ります。皇帝陛下、お誕生日おめでとうございます」



予め用意させてもらったカンニングペーパーが、机上に置かれていたが、途中から緊張のあまりどこまで言っているのか分からなくなっていた。
官僚の方に添削され出来上がった原稿も、帝国中の貴族と、交流のある国の王族関係者達の集まる大きすぎる規模のパーティーの前では白紙の紙と化してしまう。
自分の笑顔は引き攣っていなかっただろうか。
こんなにも緊張する場がこの世にあるなんて思ってもいなかった。


脚の透けるドレスのことも忘れるくらい何も考えられない。
女は度胸とばかりに笑顔を貼り付けてはいたが、出来れば誰か腰を支えて欲しいと思うくらいには足に力が入らない。



「ハイランス伯爵令嬢、ありがとう。今日は最後まで楽しんでいってくれ。君と踊りたいと考えている者も多い。まずは私と一曲踊ってくれるかな?」



「は、はい」


皇帝陛下がクロッカの手を取ると、帝国では定番の曲が流れ始める。
一曲目を皇帝陛下と踊るなんて恐れ多い。
陛下のエスコートで階段を下りると、もうあちこちでダンスに誘う男性の姿があった。
一度不安げに壇上を見ると、正妃と側室の方々はヒラヒラと手を振っている。
気にせずに踊れということだろう。




「おや、少し緊張しているのかい?」


「もちろんです。皇帝陛下と踊れるなんて乙女の夢の中でしかありえないことですもの」


「はっはっは面白い。期待に添えるようなダンスにしようじゃないか」



握られた手をそのままにカーテシーをとり、皇帝陛下へニッコリと返事の代わりに微笑むと、腰に手が添えられて、コントラバスの始まりの合図と共に右へ左へとステップを踏み始める。



緊張のほぐれてきたクロッカは、ドレスの裾で床を撫でながらステップを艶やかに踏み、たくさんの目線が注がれる中、身を任せるように何度も踊ってきたダンスを披露することになった。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」

21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」 そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。 理由は簡単――新たな愛を見つけたから。 (まあ、よくある話よね) 私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。 むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を―― そう思っていたのに。 「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」 「これで、ようやく君を手に入れられる」 王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。 それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると―― 「君を奪う者は、例外なく排除する」 と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!? (ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!) 冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。 ……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!? 自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...