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四つ折りにされた便箋を開くと、丁寧な文字が並ぶ。
思わずソファーのクッションを片腕で抱きしめていた。
イリアが主導で、今シーズンの女性たちの夜会の不参加が発表されたこと、2ヶ月後に復興省長の任を解かれ、フェリペ殿下の秘書官になることが決まったと綴られていた。
事務的に進む手紙に少しがっかりしている自分に幻滅すら感じる。
どこかでやはり期待している自分がいる。
婚約というのはやはり心のどこかでまだ繋がっているのだと思わせるものなのかもしれない。
「今更だが婚約指輪として私の瞳の色を君に贈る。君が旅立ってから心が冷えるのを感じて…いる。心が…冷える?」
「まぁ!遅い婚約指輪でしたかっ!離れていても思い出して欲しいということじゃないですか!お嬢様よかったですね」
エマのはしゃいだ声を聞きながらも、クロッカは心が冷えるという言葉が引っかかっていた。
心が暖かくなるというと嬉しさを感じたりする時に使うだろう。
なら、冷えるとはどういう意味で使っているのか。
悲しい?何かしっくりとこない。
「そうね、心が冷えるってどういう意味なのかしら。エマはどう感じた?」
「えぇ!君がいなくて寂しいよってことじゃないですか!男性って意外と寂しがり屋だと思いますよ」
さ、さ、寂しいだって!?
あの眉間に皺を寄せるのが得意なアルベルトに寂しさを感じる事が出来るのだろうか。
おばさまが亡くなった時の絶望のような寂しさではなく、私がいなくて少し寂しいと言っているということ???
言葉って難しいっ!
「私の婚約者からの手紙は、いつも全身が凍えるようだとか、大袈裟に寂しがってくれていますわ。ご覧になられますか?」
エマの婚約者からの手紙は、すぐに彼女の胸元から出された。
1番新しいものを肌身離さず持って御守りのようにしているのだという。
こういう可愛らしさがあったら愛されていたのだろうかと考えてしまう。
エマは男爵家の令嬢で、この旅の為に結婚を先延ばしさせてしまった。
相手も結婚目前で旅立つ彼女を送ったのだから辛い想いをさせたことだろう。
彼からの手紙は情熱あふれる文字が並んでいた。
寂しさも愛しさも包み隠すことなく綴られていて、読んでいて赤面してしまうような内容だった。
「エマ…世の中の殿方はこんなにも甘い言葉を使うの?読んでいて恥ずかしくない?」
「何を言っているんですか。文は2人しか読まないのですから、恥ずかしいことなんて何もありません。顔が見えない分、思っていることを伝えるのには素直に綴るしかないのですから。嬉しいことですわ」
手紙を差し出すと、大切そうに胸に抱くエマを見て、クロッカは反省することになった。
顔が見えていたって見えていなくたって、傷付いたことすら見せずに追い払うだけで、本当に伝えたい事は伝えた事がなかった。
アルベルトに好きだと言ったこともない。
それでもアルベルトに対する感情はありふれた恋や愛と言った言葉で言い表せるものではない。
焼け焦げた肉の炭のようなフスフスとした怒りと、ナイフで何度も同じ場所を切りつけられた醜い傷跡をこじ開けるかのようなこの感情は、エマのような真っ直ぐな愛情とはかけ離れている。
寂しいと思ってくれている嬉しさと、今更なんの芝居を始めたのかと嘲笑う二つの感情が同居している。
何も知らない時に今のエマの言葉を聞いたのなら、素直になれた事だろう。
思わずソファーのクッションを片腕で抱きしめていた。
イリアが主導で、今シーズンの女性たちの夜会の不参加が発表されたこと、2ヶ月後に復興省長の任を解かれ、フェリペ殿下の秘書官になることが決まったと綴られていた。
事務的に進む手紙に少しがっかりしている自分に幻滅すら感じる。
どこかでやはり期待している自分がいる。
婚約というのはやはり心のどこかでまだ繋がっているのだと思わせるものなのかもしれない。
「今更だが婚約指輪として私の瞳の色を君に贈る。君が旅立ってから心が冷えるのを感じて…いる。心が…冷える?」
「まぁ!遅い婚約指輪でしたかっ!離れていても思い出して欲しいということじゃないですか!お嬢様よかったですね」
エマのはしゃいだ声を聞きながらも、クロッカは心が冷えるという言葉が引っかかっていた。
心が暖かくなるというと嬉しさを感じたりする時に使うだろう。
なら、冷えるとはどういう意味で使っているのか。
悲しい?何かしっくりとこない。
「そうね、心が冷えるってどういう意味なのかしら。エマはどう感じた?」
「えぇ!君がいなくて寂しいよってことじゃないですか!男性って意外と寂しがり屋だと思いますよ」
さ、さ、寂しいだって!?
あの眉間に皺を寄せるのが得意なアルベルトに寂しさを感じる事が出来るのだろうか。
おばさまが亡くなった時の絶望のような寂しさではなく、私がいなくて少し寂しいと言っているということ???
言葉って難しいっ!
「私の婚約者からの手紙は、いつも全身が凍えるようだとか、大袈裟に寂しがってくれていますわ。ご覧になられますか?」
エマの婚約者からの手紙は、すぐに彼女の胸元から出された。
1番新しいものを肌身離さず持って御守りのようにしているのだという。
こういう可愛らしさがあったら愛されていたのだろうかと考えてしまう。
エマは男爵家の令嬢で、この旅の為に結婚を先延ばしさせてしまった。
相手も結婚目前で旅立つ彼女を送ったのだから辛い想いをさせたことだろう。
彼からの手紙は情熱あふれる文字が並んでいた。
寂しさも愛しさも包み隠すことなく綴られていて、読んでいて赤面してしまうような内容だった。
「エマ…世の中の殿方はこんなにも甘い言葉を使うの?読んでいて恥ずかしくない?」
「何を言っているんですか。文は2人しか読まないのですから、恥ずかしいことなんて何もありません。顔が見えない分、思っていることを伝えるのには素直に綴るしかないのですから。嬉しいことですわ」
手紙を差し出すと、大切そうに胸に抱くエマを見て、クロッカは反省することになった。
顔が見えていたって見えていなくたって、傷付いたことすら見せずに追い払うだけで、本当に伝えたい事は伝えた事がなかった。
アルベルトに好きだと言ったこともない。
それでもアルベルトに対する感情はありふれた恋や愛と言った言葉で言い表せるものではない。
焼け焦げた肉の炭のようなフスフスとした怒りと、ナイフで何度も同じ場所を切りつけられた醜い傷跡をこじ開けるかのようなこの感情は、エマのような真っ直ぐな愛情とはかけ離れている。
寂しいと思ってくれている嬉しさと、今更なんの芝居を始めたのかと嘲笑う二つの感情が同居している。
何も知らない時に今のエマの言葉を聞いたのなら、素直になれた事だろう。
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