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王国

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「あら、アルベルト。久しぶりね」


「なんだイリア・ロベール。王宮内で会うなんて珍しいな。誰に用だ?」


「今日は陛下へ御用向きに参りましたの。今お会いしたところですわ。今からアルベルトにもお時間をいただくことは可能かしら?」


広い王宮内でアルベルトに会うことができたのは幸運だった。
アウストリア本邸から王都まで戻ったその足で王宮に赴いた為、多少疲れてはいたが、騒ぎの頂点は超えたとは言え、まだ王都を自由に歩き回ることができないイリアは、アルベルトに話したいことは山程あった。


「この間から庭園サロンが開かれているだろう。そこで昼食でもどうだ?」



王宮の庭園では、有識者や文化人たちが集まり専門知識の交換会が催されていた。
知的な会話を楽しみに訪れる者や新たなる人脈を作りに来る者まで広く開かれるのが王宮で開かれる交流会サロンだった。



「見事な庭園を楽しみながら食事をいただくのもいいですわね」



2人は連れ立って向かい、美しく咲き誇る花を見ながら庭へ抜けると、テーブルが多数置かれ談笑する声が漏れるプライベートガーデンに足を踏み入れた。
普段解放されない王族専用の庭は、春を彩る花々がシンメトリーに植えられ足を踏み入れたものを魅了していた。




「先ほど、陛下に離縁の了承をいただいてきましたの。私は正式にイリア・ロベールに戻りましたわ」



ステーキの上には鮮やかな花が添えられ、赤いソースが白い皿をさらに彩っていた。
目でも季節を感じられるその料理は、王族が開くサロンに相応しい装いだった。



「そうか、ワーデン家にとっても残念なことだが、公爵家とのつながりがなくなるわけではない。影響は少ないだろう」



「シュゼインのためにも、ワーデン家への支援は惜しみませんわ。私との縁がワーデン家と切れていないことはすぐに知れ渡ることでしょう。それよりも、アルベルトはこの先どうするつもりなの」



卒業したシュゼインへ爵位を譲渡したアルベルトは、復興庁長官の地位もキリルに渡そうとしていた。
イリアが話を振ると、アルベルトは一度ナイフを置き、イリアに向き直るように姿勢を正した。



「さすがは情報が早い。まだ正式に陛下の許可は下りていないから詳しいことは言えないが、近い将来、私は裏方に入ることになる」




「そうですの。自暴自棄になったわけではなくて安心しましたわ。ハイランス伯爵令嬢のことはどうするおつもりで?」


ピクリとアルベルトのこめかみが動く。
イリアはクロッカが戻ってきてどの道を選ぼうとも、非難されなずに済むよう計らうつもりでいた。
その為には早期の情報収集が不可欠だった。
隣国での情報は運良く交流のあるキャサリンにより得ることが出来た。
問題なのは王国の男たちの情報だった。
諜報員の屯する宮廷内は、各国を欺くように情報が駆け巡っている。
素人には、得た情報から取捨選択することは容易ではなかった。



「彼女のことは彼女の望むままに。私には何か口にすることは許されないことだろう」



アルベルトは彼女を傷付けた負い目から、諦めともとれる言葉しか出なかった。
それにはイリアは眉を顰めることになった。
この華やかな庭園に似合わない不穏な空気が纏わり付き始めていた。



「私が聞いているのはあなたの気持ちよ。望むままに?ふざけた事を言わないでちょうだい。シュゼインとの婚約破棄も、あなたとの婚約も婚約破棄も、この留学だって彼女の本意でない事でしょう?都合のいいことだけ彼女の意思を尊重するふりして逃げるのはよしなさい。見苦しいわよ」



人の感情というのは他人にどうこう出来るものではない事は分かっていたが、だからこそアルベルトの言葉に昂るものがあった。
声を抑えることが出来たのはこの見事な庭園が、彼女の視界で存在を主張していたからだろう。



「私との婚約破棄を望んだのは彼女だ。彼女の討論大会での発表が民意を動かしてしまったのは想定外だったのかもしれないが、留学も彼女の身を考えれば良いことではないか?」



「婚約破棄を望んだのは彼女…そうね、私もそう聞いているわ。でも彼女はあなたと婚約して、あなたと結婚することをずっと考えていたのに、婚約破棄が本意だったと思っているの?アルベルトはもう少し女心を学んだほうがいいわ。それに留学だって、この国で奮闘しようと考えていた彼女にとっては寝耳に水の話だったはずよ。それを突然に留学しろだなんて、私でもびっくりしたのよ。彼女の混乱は相当なものだったでしょう。彼女の強さに甘えているのは大人である私達よ」



「クロッカは確かに自分を隠す事は得意だった。それに甘えて彼女の苦労を分かろうとしていなかったのかもしれない。それでも彼女の望むものを私が用意出来ない以上、結婚を求める事はできないだろう。イリア・ロベール、君は私に何を求めているんだ」



こんな話をしたかったわけではない。
そう思いながら、イリアはアルベルトに伝えなければならなかった。
アルベルトはまだ何も分かってはいないのだから。
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