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帝国

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アガトンの闇夜のような黒い目が夕陽の映るオレンジの波を映している。
まるで彼が夜を呼んでいるかのように思えるほど波の音が耳に響く。


市場へ出た帰り、連れ去るようにクロッカ達を海へ連れてきたアガトンは、エマの敷いた大きな布に静かに座り、クロッカやキャサリンも静かに暖まる色を眺めていた。


「ハイランス嬢は王国に戻ったら結婚するの?」


波の音にかき消されてしまいそうな小さい声がクロッカの耳に届いた。



「そうですね…私は官僚の勉強の為に帝国へ送られた訳で、帰国してまず考えることは、結婚ではなく帝国で学んだことをどう見せていくかだと思いますの。結婚はその先に選択肢が残っていたら考えます」


彼の真剣な眼差しに答えるようにクロッカもアガトンに優しい笑みを渡した。


「じゃあ婚約者はどうするの?同じ官僚なんでしょう?今も待っているんじゃないの?」



クロッカを見るアガトンの目は澄みすぎていた。
まだ本当の恋というものを知らないのだろう。
美しい暖かいだけが恋ではなく、失う絶望や膨れ続ける欲望も葛藤もあらゆる鬱々とした抑えがたい苦しみが恋だ。



「待っているかと言われたら、彼は待っていると思います。でもそれはアガトン王子殿下の考えるような感情ではないかもしれません」



「結婚は…」


「アガトン王子殿下、女性には踏み込んで欲しくないことの一つや二つあるものです。それ以上は無粋と言うものですよ」



アガトンの問いに被せるように、キャサリンが身を乗り出すようにしてアガトンを見る。
クロッカを中心に横一列に腰を下ろしていたので、顔だけをクロッカの体から覗かせるようにしたキャサリンは、クロッカの答えを自身も聞きたいと思っていたが、アガトンの前で聞く話ではないと考えていた。


「王子殿下。一つ間違えなく言えるのは、私が彼を好きだということですよ」


そう言ったクロッカの顔はひどく寂しそうで、それでもアガトンを拒絶するような含みのある言い方に、なす術もなく、広いシートにごろりと寝転んだアガトンは拗ねたように口を尖らせていた。



「さぁさぁ可愛い可愛い王子殿下様、そろそろ帰りませんとシェフが困ってしまいますよ」



キャサリンが声をかけると、クロッカは立ち上がり体を伸ばすように両手をあげた。
その手を下げるとくるりと振り返り、アガトンへ手を差し出す。



「さぁ、美味しい魚料理を堪能しに帰りましょう」



夕陽に溶けるようにクロッカの明るい髪が光っていた。
満面の笑みとも言えるクロッカの砕けた表情は、不意打ちかのようにアガトンを痛めつける。



「魚もライバルなんて辛すぎるだろ…」



大きなため息をつきながらクロッカの手をとりアガトンは立ち上がった。
その様子を微笑ましく見守っていたキャサリンだったが、いい機会とばかりにクロッカと二人でとる夕食の時に、アルベルトとの話を詳しく聞こうと考えていた。
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