クロッカ・マーガレット・ハイランスの婚約破棄は初恋と共に

佐原香奈

文字の大きさ
上 下
77 / 130
帝国

1

しおりを挟む
ホルスの言った通り、皇帝はクロッカの帯同については、大勢の帯同者に1人増える位にしか考えておらず、賓客として皇帝の泊まる先で部屋を与えられたり、目的地に到着すると必ずある宴に参加し、帝国側の護衛兼見張りが2人付けられること以外は自由に行動することが出来ていた。
商人として土地の知識があるキャサリンはまるで教師のようで、クロッカに地区の情報を与えてくれていた。
同じところに滞在するのは長くて1ヶ月、早くて2週間ほどのようで、市場へ出かけることも、施設を見学することも出来、滞在場所近くの主要箇所を巡るのなら充分な期間だった。




スリズムという海に面した、小さくとも栄えた地区にたどり着き、スリズム城に滞在する者は、敷地内に入る順番待ちをしている間、馬車の外に出て休憩をしていた。



「ハイランス嬢ーーーー!今日の饗宴では一緒に踊ってくださーーい!」




遠くの方でクロッカの名前が呼ばれて振り返ると、皇帝殿下の孫、アガトン王子が手を振りながら走ってくる。
馬車の数が1000を優に超える大集団の中で、人を見つけるのはとても難しいのだが、馬車の順番は決まっているためそれを覚えたのだろう。
彼は王国に興味があるらしく、毎日のように声をかけられていた。
14歳という幼さが少し残る彼は、勉強はサボりがちなようだったが、剣術の腕は頗る良い。頭の回転は早く、戦術や策略を考えることも得意なようだった。


帝国がここまで大きくなったのは侵略の結果でもあるが、近年の大成長は他国の侵攻を危惧し、敗戦して民族が滅ぶならば帝国の保護下に入ろうと、吸収を自ら希望する国がほとんどであった。
巨大帝国では戦力が必要な時に応援が必ず来る。その後ろ盾の大きさを知っていて戦を挑んでくるような国は存在しないだろう。
帝国では武術や戦略に長けるものは評価が高い。
彼もまた将来を期待される王子の1人だ。




「アガトン王子殿下、ダンスの申し込みは今でなくてもいいのですよ」


「はぁはぁ…先に予約しておかないと、ただでさえ賓客なんだ。君はすぐに囲まれてしまう。私と踊ってくれるよね?」


馬車の位置は先頭近くであろう王子が、100台は軽く後方にいるだろうクロッカの元にくるのに、全力で走ってきたのだ。息も絶え絶えの様子に、隣にいるキャサリンは苦笑いを浮かべていた。
クロッカも思わず笑ってしまいそうになるのを、既のところで顔に出さずにすんでいた。



「もちろんお受け致しますが、疲れてしまっては夜まで体力が持ちませんわよ」


しばしの都となる街では、必ず豪華な饗宴が開かれ、宿は全て埋まり、経済効果は多大なるものだと肌で感じることができる。
決まってお昼過ぎに着くのは計算されているようで、人を捌くのに時間がかかるからなのだろう。
女性は準備に時間がかかるため、クロッカもキャサリンも毎度部屋に着くなり大急ぎで準備をすることになる。
そこで学んだのは、都となる街へ着く日は馬車でもう一眠りしておくということだ。
今日は長い1日になる。



「問題ないよ。あと3往復しても1時間寝れば回復するよ。馬車でも体力が落ちないように鍛えてるし!」



若さとはこんなものだっただろうかと、クロッカでさえ考えてしまったが、そのくらいの体力がなければこの国で王子ではいられないのかもしれない。



「さすがアガトン殿下。お茶でもいただこうかと言っていたところだったのですが、ご一緒に飲んで行かれますか?」



もちろんとでも言うようににっこりと笑ったアガトンは、引き連れてきた護衛にもテーブルのセッティングから手伝わせ、あっという間にテーブルは組み立てられ、2軒ほど先の店から頼んでいた紅茶が運ばれてくる。
そんなことを城までの道で、多くの者が行なっているので店主達の嬉しい悲鳴があちこちであがっていた。



「スリズムではどこに行く予定なの?」




「ここは昔から女性が産んだ子に継承権を与えていると聞いておりますので、歴史について調べたく、図書館と城の資料を読ませていただくことになっております。海沿いの市場と、足を伸ばして、優秀だと聞く平民向けの学校を見る予定です。それと…この紅茶にも興味がありますので、是非どのような花なのか見てみたいですわ」



暖かい紅茶も飲み慣れたものではない。
この土地の花から作られる紅茶は酸味があり、香りが風に運ばれてカップを近づけなくても強い花の香りを感じた。1番の人気というのも頷ける。



「それはキャサリンも一緒に行くのか」



この旅で困ったことの一つは、可愛い彼の、可愛いアプローチだった。
癖のある前髪は真ん中で分けられており、汗ばむと少しセクシーだが、丸顔に黒い丸い目のためやはり幼さが勝ってしまう。



「当たり前ですわ!王子殿下、私がいたら何か問題があるのですか?」



「たまにはハイランス嬢と2人で出掛けたいと思うのは当たり前のことだろう!」



「お二人が出かけるなら護衛は10人を超えますわね。2人で出かける夢のお話は、ご自身のベッドの上で見られてくださいな」


いつもこの調子で、キャサリンとアガトンが戯れているのを横目にお茶を飲むことになる。
もはやこの光景が日課のようになっていた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...