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帝国
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ホルスの言った通り、皇帝はクロッカの帯同については、大勢の帯同者に1人増える位にしか考えておらず、賓客として皇帝の泊まる先で部屋を与えられたり、目的地に到着すると必ずある宴に参加し、帝国側の護衛兼見張りが2人付けられること以外は自由に行動することが出来ていた。
商人として土地の知識があるキャサリンはまるで教師のようで、クロッカに地区の情報を与えてくれていた。
同じところに滞在するのは長くて1ヶ月、早くて2週間ほどのようで、市場へ出かけることも、施設を見学することも出来、滞在場所近くの主要箇所を巡るのなら充分な期間だった。
スリズムという海に面した、小さくとも栄えた地区にたどり着き、スリズム城に滞在する者は、敷地内に入る順番待ちをしている間、馬車の外に出て休憩をしていた。
「ハイランス嬢ーーーー!今日の饗宴では一緒に踊ってくださーーい!」
遠くの方でクロッカの名前が呼ばれて振り返ると、皇帝殿下の孫、アガトン王子が手を振りながら走ってくる。
馬車の数が1000を優に超える大集団の中で、人を見つけるのはとても難しいのだが、馬車の順番は決まっているためそれを覚えたのだろう。
彼は王国に興味があるらしく、毎日のように声をかけられていた。
14歳という幼さが少し残る彼は、勉強はサボりがちなようだったが、剣術の腕は頗る良い。頭の回転は早く、戦術や策略を考えることも得意なようだった。
帝国がここまで大きくなったのは侵略の結果でもあるが、近年の大成長は他国の侵攻を危惧し、敗戦して民族が滅ぶならば帝国の保護下に入ろうと、吸収を自ら希望する国がほとんどであった。
巨大帝国では戦力が必要な時に応援が必ず来る。その後ろ盾の大きさを知っていて戦を挑んでくるような国は存在しないだろう。
帝国では武術や戦略に長けるものは評価が高い。
彼もまた将来を期待される王子の1人だ。
「アガトン王子殿下、ダンスの申し込みは今でなくてもいいのですよ」
「はぁはぁ…先に予約しておかないと、ただでさえ賓客なんだ。君はすぐに囲まれてしまう。私と踊ってくれるよね?」
馬車の位置は先頭近くであろう王子が、100台は軽く後方にいるだろうクロッカの元にくるのに、全力で走ってきたのだ。息も絶え絶えの様子に、隣にいるキャサリンは苦笑いを浮かべていた。
クロッカも思わず笑ってしまいそうになるのを、既のところで顔に出さずにすんでいた。
「もちろんお受け致しますが、疲れてしまっては夜まで体力が持ちませんわよ」
しばしの都となる街では、必ず豪華な饗宴が開かれ、宿は全て埋まり、経済効果は多大なるものだと肌で感じることができる。
決まってお昼過ぎに着くのは計算されているようで、人を捌くのに時間がかかるからなのだろう。
女性は準備に時間がかかるため、クロッカもキャサリンも毎度部屋に着くなり大急ぎで準備をすることになる。
そこで学んだのは、都となる街へ着く日は馬車でもう一眠りしておくということだ。
今日は長い1日になる。
「問題ないよ。あと3往復しても1時間寝れば回復するよ。馬車でも体力が落ちないように鍛えてるし!」
若さとはこんなものだっただろうかと、クロッカでさえ考えてしまったが、そのくらいの体力がなければこの国で王子ではいられないのかもしれない。
「さすがアガトン殿下。お茶でもいただこうかと言っていたところだったのですが、ご一緒に飲んで行かれますか?」
もちろんとでも言うようににっこりと笑ったアガトンは、引き連れてきた護衛にもテーブルのセッティングから手伝わせ、あっという間にテーブルは組み立てられ、2軒ほど先の店から頼んでいた紅茶が運ばれてくる。
そんなことを城までの道で、多くの者が行なっているので店主達の嬉しい悲鳴があちこちであがっていた。
「スリズムではどこに行く予定なの?」
「ここは昔から女性が産んだ子に継承権を与えていると聞いておりますので、歴史について調べたく、図書館と城の資料を読ませていただくことになっております。海沿いの市場と、足を伸ばして、優秀だと聞く平民向けの学校を見る予定です。それと…この紅茶にも興味がありますので、是非どのような花なのか見てみたいですわ」
暖かい紅茶も飲み慣れたものではない。
この土地の花から作られる紅茶は酸味があり、香りが風に運ばれてカップを近づけなくても強い花の香りを感じた。1番の人気というのも頷ける。
「それはキャサリンも一緒に行くのか」
この旅で困ったことの一つは、可愛い彼の、可愛いアプローチだった。
癖のある前髪は真ん中で分けられており、汗ばむと少しセクシーだが、丸顔に黒い丸い目のためやはり幼さが勝ってしまう。
「当たり前ですわ!王子殿下、私がいたら何か問題があるのですか?」
「たまにはハイランス嬢と2人で出掛けたいと思うのは当たり前のことだろう!」
「お二人が出かけるなら護衛は10人を超えますわね。2人で出かける夢のお話は、ご自身のベッドの上で見られてくださいな」
いつもこの調子で、キャサリンとアガトンが戯れているのを横目にお茶を飲むことになる。
もはやこの光景が日課のようになっていた。
商人として土地の知識があるキャサリンはまるで教師のようで、クロッカに地区の情報を与えてくれていた。
同じところに滞在するのは長くて1ヶ月、早くて2週間ほどのようで、市場へ出かけることも、施設を見学することも出来、滞在場所近くの主要箇所を巡るのなら充分な期間だった。
スリズムという海に面した、小さくとも栄えた地区にたどり着き、スリズム城に滞在する者は、敷地内に入る順番待ちをしている間、馬車の外に出て休憩をしていた。
「ハイランス嬢ーーーー!今日の饗宴では一緒に踊ってくださーーい!」
遠くの方でクロッカの名前が呼ばれて振り返ると、皇帝殿下の孫、アガトン王子が手を振りながら走ってくる。
馬車の数が1000を優に超える大集団の中で、人を見つけるのはとても難しいのだが、馬車の順番は決まっているためそれを覚えたのだろう。
彼は王国に興味があるらしく、毎日のように声をかけられていた。
14歳という幼さが少し残る彼は、勉強はサボりがちなようだったが、剣術の腕は頗る良い。頭の回転は早く、戦術や策略を考えることも得意なようだった。
帝国がここまで大きくなったのは侵略の結果でもあるが、近年の大成長は他国の侵攻を危惧し、敗戦して民族が滅ぶならば帝国の保護下に入ろうと、吸収を自ら希望する国がほとんどであった。
巨大帝国では戦力が必要な時に応援が必ず来る。その後ろ盾の大きさを知っていて戦を挑んでくるような国は存在しないだろう。
帝国では武術や戦略に長けるものは評価が高い。
彼もまた将来を期待される王子の1人だ。
「アガトン王子殿下、ダンスの申し込みは今でなくてもいいのですよ」
「はぁはぁ…先に予約しておかないと、ただでさえ賓客なんだ。君はすぐに囲まれてしまう。私と踊ってくれるよね?」
馬車の位置は先頭近くであろう王子が、100台は軽く後方にいるだろうクロッカの元にくるのに、全力で走ってきたのだ。息も絶え絶えの様子に、隣にいるキャサリンは苦笑いを浮かべていた。
クロッカも思わず笑ってしまいそうになるのを、既のところで顔に出さずにすんでいた。
「もちろんお受け致しますが、疲れてしまっては夜まで体力が持ちませんわよ」
しばしの都となる街では、必ず豪華な饗宴が開かれ、宿は全て埋まり、経済効果は多大なるものだと肌で感じることができる。
決まってお昼過ぎに着くのは計算されているようで、人を捌くのに時間がかかるからなのだろう。
女性は準備に時間がかかるため、クロッカもキャサリンも毎度部屋に着くなり大急ぎで準備をすることになる。
そこで学んだのは、都となる街へ着く日は馬車でもう一眠りしておくということだ。
今日は長い1日になる。
「問題ないよ。あと3往復しても1時間寝れば回復するよ。馬車でも体力が落ちないように鍛えてるし!」
若さとはこんなものだっただろうかと、クロッカでさえ考えてしまったが、そのくらいの体力がなければこの国で王子ではいられないのかもしれない。
「さすがアガトン殿下。お茶でもいただこうかと言っていたところだったのですが、ご一緒に飲んで行かれますか?」
もちろんとでも言うようににっこりと笑ったアガトンは、引き連れてきた護衛にもテーブルのセッティングから手伝わせ、あっという間にテーブルは組み立てられ、2軒ほど先の店から頼んでいた紅茶が運ばれてくる。
そんなことを城までの道で、多くの者が行なっているので店主達の嬉しい悲鳴があちこちであがっていた。
「スリズムではどこに行く予定なの?」
「ここは昔から女性が産んだ子に継承権を与えていると聞いておりますので、歴史について調べたく、図書館と城の資料を読ませていただくことになっております。海沿いの市場と、足を伸ばして、優秀だと聞く平民向けの学校を見る予定です。それと…この紅茶にも興味がありますので、是非どのような花なのか見てみたいですわ」
暖かい紅茶も飲み慣れたものではない。
この土地の花から作られる紅茶は酸味があり、香りが風に運ばれてカップを近づけなくても強い花の香りを感じた。1番の人気というのも頷ける。
「それはキャサリンも一緒に行くのか」
この旅で困ったことの一つは、可愛い彼の、可愛いアプローチだった。
癖のある前髪は真ん中で分けられており、汗ばむと少しセクシーだが、丸顔に黒い丸い目のためやはり幼さが勝ってしまう。
「当たり前ですわ!王子殿下、私がいたら何か問題があるのですか?」
「たまにはハイランス嬢と2人で出掛けたいと思うのは当たり前のことだろう!」
「お二人が出かけるなら護衛は10人を超えますわね。2人で出かける夢のお話は、ご自身のベッドの上で見られてくださいな」
いつもこの調子で、キャサリンとアガトンが戯れているのを横目にお茶を飲むことになる。
もはやこの光景が日課のようになっていた。
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