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出発
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「ホルスは夕方頃には帰宅するわ。クロッカ、あなたにはまず最初に言っておかないといけない事があるの」
侍女達が部屋に荷物を運ぶ間、クロッカは応接室に通されていた。
挨拶をした時と比べて目の前のキャサリンの声は厳しい。
クロッカは何となく理由は分かっていた。
「はい。心して拝聴致します」
「まず、あなたはアルベルトと結婚するべきだったわ。あなたは結局、自分の意思を貫く為に尻拭いを他人にさせることになった。それはお分かり?」
「重々承知しておりますし、そう考えられる事も仕方ないことかと存じております」
キャサリンは結婚をしないと言ったクロッカの醜聞を避けるために、長期に渡る王族への帯同に付き合う事になったのだ。
クロッカが形だけでも結婚をしていれば誰も苦労をしなかった。貴族であるにも関わらず、王族の意に反した行為とも言えるのである。
相手がフェリペだから許されたことだろうし、それを分かった上でクロッカも結婚の意思がないことを伝えていた。
「なら聞くわ。あなたは何故それを良しとしたの」
キャサリンの前髪が空いた窓から入った風でさらりと揺れる。
そしてクロッカの緩くウェーブした後ろ髪もふわりと浮かんだ。
「前提の話として、私の元に帝国行きの話が来た時、既に皇帝にも話が通っている状態と察せられました。拒否権は私にはない状態。その時アルベルトとは婚約破棄の話も済んでいたのです。なのに勝手に決めておいた話を進めたいから結婚しろというのは横暴というものでしょう。フェリペ殿下もそれを分かっていらっしゃったかと。王命として結婚を求められることはありませんでした。さらに私は、醜聞にはなってもこの身の安全の確保さえされればいいと申し出ていました。ストラウス公爵夫人の同行も決まった話と聞かされたのは2日前です。私がこの話を良しとしたと言われるのは心外です」
「それでも結果、私のところに話が来た。それは伯爵令嬢として帝国に行くことを選んだあなたが想定しなければいけない事態だったはずよ。あなたは官職につくのでしょう。その対応で認められるのは到底無理な話よ」
キャサリンは扇でハタハタと仰ぎ、椅子に深く腰掛けて見定めるようにクロッカを見下ろしていた。
まるで女帝のような振る舞いは、クロッカの耳にしていたキャサリンとはまるで違う人物のようだった。
「いいえ、そもそも判断ミスをしたのは現状の把握もせず先走ったストラウス公爵ホルス王子とフェリペ殿下でしょう。お二人が自分の尻拭いをするのは当然のことなのでは?その皺寄せがストラウス公爵夫人へ行ってしまったことはシュクリプト王国の一員として申し訳なく思います。しかし、ストラウス公爵の責任をストラウス公爵夫人が負わされることも立場から言えば仕方がない事。文句を言う相手をお間違えのようですわ」
同行してもらうのはありがたいと考えていた。しかし、彼女がそれを嫌がっているのならこの場で断ってもらってもいい。
こんな話をされるくらいならばクロッカは同行者など不要と考えていた。この先うまく行くはずがないし、殿下の求めるような対策としては役には立たないだろうと考えていた。
「殿下の意向に従うつもりはなかったと?」
「いいえ、王命とあらば従ったでしょう。しかしフェリペ殿下もこんな小娘に借りを作る事を良ししなかった。それがこの結果を生んだのです」
クロッカが即座に答えるとキャサリンは合図のように扇をパタンと音を鳴らして閉じた。
「まぁ合格ね。もう少し殿下を立てた言い方を考えた方がいいわ。不敬と取られかねない発言は避けるべきよ」
「ストラウス公爵夫人は私を試されていたと言う事ですか?」
そうね。と一言放って彼女はクロッカの持参したアールグレイの匂いを嗅ぐようにカップを運んでいた。
その顔は緩んでおり先程の女王は影すらも残さず消え去っていた。
「イリアは元気にしてるのかしら」
「最後にお会いした時はお元気そうでした。このアールグレイをお土産に持っていくようにというのも手紙でしたので少し前のことになりますが」
イリアもクロッカも王国では軟禁状態。
直接会うことは叶わなかった。
「あら、あなたこの茶葉がどこのものか知っているの?」
「?えぇ。イリア様に誘っていただいたお店のアールグレイですわ」
「まぁっ!私には教えてくれないのに。彼女、いつもこのアールグレイを送ってくださるのに、どこの店のものか決して口を割らないの」
「それは私の口からも言えないと言うことですね」
くすくすと笑い合う2人にはもう蟠りはなかった。
クロッカは何が良かったのか分からなかったが、対応が認められたのならばそれで良いと思っていた。
それに彼女はサバサバとしていているのに普段の口調は柔らかく印象は悪くない。
「実はね、同行はあなたにそれだけの価値があるのなら引き受けるという条件だったの。アルベルトには上客を沢山紹介してもらっていたけど、今回のことで逆に貸しを作れるし、本当はメリットしかないの。ごめんなさいね。逆に皇帝に帯同するなんてすごく大変なことを、旅行を楽しめなんてホルスが言ったりして。」
旅をしながら育った王子だから感覚がおかしいのよ。そう言ってまたキャサリンは笑っていた。
メリットしかないといいながら、キャサリン自身が長旅をすることは初めてであったし、常に場所を移動する皇帝に帯同する商会の人員交代と荷物の配送ルートの変更を突如手配することはとても大変なことだった。
侍女達が部屋に荷物を運ぶ間、クロッカは応接室に通されていた。
挨拶をした時と比べて目の前のキャサリンの声は厳しい。
クロッカは何となく理由は分かっていた。
「はい。心して拝聴致します」
「まず、あなたはアルベルトと結婚するべきだったわ。あなたは結局、自分の意思を貫く為に尻拭いを他人にさせることになった。それはお分かり?」
「重々承知しておりますし、そう考えられる事も仕方ないことかと存じております」
キャサリンは結婚をしないと言ったクロッカの醜聞を避けるために、長期に渡る王族への帯同に付き合う事になったのだ。
クロッカが形だけでも結婚をしていれば誰も苦労をしなかった。貴族であるにも関わらず、王族の意に反した行為とも言えるのである。
相手がフェリペだから許されたことだろうし、それを分かった上でクロッカも結婚の意思がないことを伝えていた。
「なら聞くわ。あなたは何故それを良しとしたの」
キャサリンの前髪が空いた窓から入った風でさらりと揺れる。
そしてクロッカの緩くウェーブした後ろ髪もふわりと浮かんだ。
「前提の話として、私の元に帝国行きの話が来た時、既に皇帝にも話が通っている状態と察せられました。拒否権は私にはない状態。その時アルベルトとは婚約破棄の話も済んでいたのです。なのに勝手に決めておいた話を進めたいから結婚しろというのは横暴というものでしょう。フェリペ殿下もそれを分かっていらっしゃったかと。王命として結婚を求められることはありませんでした。さらに私は、醜聞にはなってもこの身の安全の確保さえされればいいと申し出ていました。ストラウス公爵夫人の同行も決まった話と聞かされたのは2日前です。私がこの話を良しとしたと言われるのは心外です」
「それでも結果、私のところに話が来た。それは伯爵令嬢として帝国に行くことを選んだあなたが想定しなければいけない事態だったはずよ。あなたは官職につくのでしょう。その対応で認められるのは到底無理な話よ」
キャサリンは扇でハタハタと仰ぎ、椅子に深く腰掛けて見定めるようにクロッカを見下ろしていた。
まるで女帝のような振る舞いは、クロッカの耳にしていたキャサリンとはまるで違う人物のようだった。
「いいえ、そもそも判断ミスをしたのは現状の把握もせず先走ったストラウス公爵ホルス王子とフェリペ殿下でしょう。お二人が自分の尻拭いをするのは当然のことなのでは?その皺寄せがストラウス公爵夫人へ行ってしまったことはシュクリプト王国の一員として申し訳なく思います。しかし、ストラウス公爵の責任をストラウス公爵夫人が負わされることも立場から言えば仕方がない事。文句を言う相手をお間違えのようですわ」
同行してもらうのはありがたいと考えていた。しかし、彼女がそれを嫌がっているのならこの場で断ってもらってもいい。
こんな話をされるくらいならばクロッカは同行者など不要と考えていた。この先うまく行くはずがないし、殿下の求めるような対策としては役には立たないだろうと考えていた。
「殿下の意向に従うつもりはなかったと?」
「いいえ、王命とあらば従ったでしょう。しかしフェリペ殿下もこんな小娘に借りを作る事を良ししなかった。それがこの結果を生んだのです」
クロッカが即座に答えるとキャサリンは合図のように扇をパタンと音を鳴らして閉じた。
「まぁ合格ね。もう少し殿下を立てた言い方を考えた方がいいわ。不敬と取られかねない発言は避けるべきよ」
「ストラウス公爵夫人は私を試されていたと言う事ですか?」
そうね。と一言放って彼女はクロッカの持参したアールグレイの匂いを嗅ぐようにカップを運んでいた。
その顔は緩んでおり先程の女王は影すらも残さず消え去っていた。
「イリアは元気にしてるのかしら」
「最後にお会いした時はお元気そうでした。このアールグレイをお土産に持っていくようにというのも手紙でしたので少し前のことになりますが」
イリアもクロッカも王国では軟禁状態。
直接会うことは叶わなかった。
「あら、あなたこの茶葉がどこのものか知っているの?」
「?えぇ。イリア様に誘っていただいたお店のアールグレイですわ」
「まぁっ!私には教えてくれないのに。彼女、いつもこのアールグレイを送ってくださるのに、どこの店のものか決して口を割らないの」
「それは私の口からも言えないと言うことですね」
くすくすと笑い合う2人にはもう蟠りはなかった。
クロッカは何が良かったのか分からなかったが、対応が認められたのならばそれで良いと思っていた。
それに彼女はサバサバとしていているのに普段の口調は柔らかく印象は悪くない。
「実はね、同行はあなたにそれだけの価値があるのなら引き受けるという条件だったの。アルベルトには上客を沢山紹介してもらっていたけど、今回のことで逆に貸しを作れるし、本当はメリットしかないの。ごめんなさいね。逆に皇帝に帯同するなんてすごく大変なことを、旅行を楽しめなんてホルスが言ったりして。」
旅をしながら育った王子だから感覚がおかしいのよ。そう言ってまたキャサリンは笑っていた。
メリットしかないといいながら、キャサリン自身が長旅をすることは初めてであったし、常に場所を移動する皇帝に帯同する商会の人員交代と荷物の配送ルートの変更を突如手配することはとても大変なことだった。
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