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出発

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クロッカは王宮の前で市民に囲まれていた。
まるで祝賀パーティー前の王族の顔見せでもあるような盛り上がりようだった。


つい先日、特進科への編入が学内でやっと発表され、それに合わせてクロッカへの留学指示が出された。

さらに特進科への推薦状は王家からのものと言うことで今まで送り先は伏せられていたが、学園側、王家連名で明かされることになった。
これはクロッカが記者からの質問状に答える形で、公開を求めていたものだった。



「帝国は広く、様々な文化を感じられることでしょう。その機会をいただけて光栄です。特進科への推薦を頂いているのは女性の方が多いことが明らかにされました。私たちは不都合な真実たちをまた一つ明らかに出来たのです。一人一人が諦めなければ、必ず違う未来を得られることでしょう。私が帝国へ向かうことは女性達が掴んだ新しい道の一つなのです」



長男の受ける後継者教育よりも、次男以下が受ける貴族教育も、婚姻先を見据えた幅広い知識を詰め込む淑女教育には劣るのだと証明された。
社交の場では広い知識を持っていなければ話の糸口を失う。
夜会でも茶会でも相手の領地、現状、派閥、全てを把握していなければいけない。
当たり前に求めていたものは、当たり前に享受されるべきものではないのだ。




クロッカが拡声器を使って話終わると、振動すら感じるほどの歓声が上がった。
そのクロッカの元へクロッカの父と母、そしてアルベルトがやってきた。


しばらくのお別れだと父と母に抱かれ、クロッカは少しの間17歳の娘に戻り涙を流した。
そして、アルベルトの腕もしっかりとクロッカを包んだ。


これは印象操作の一つだった。
貴族の義務でもある家と家の結び付きである婚姻を捨てて官職を選んだわけではないと見せる為だ。


アルベルトとのことは、世間からの憐れみの目をクロッカに向けさせる事も出来たのだが、アルベルトに非難の目が向きすぎる事が懸念された。クロッカはそこまでは望まなかった。


婚約者という身もフェリペからの命令であるが、アルベルトから婚約破棄を言わせることを望むクロッカにもメリットのある事だった。


「私は守られるだけの女ではなく、あなたの横に立てる人間になります」



彼女の本心は、周囲にも聞こえる声でアルベルトへ伝えられた。
パフォーマンスの一環としてだが、クロッカは強がってアルベルトを退けるのではなく、はっきりと伝えた。
アルベルトはその言葉を聞いて再びクロッカを抱きしめた。


「君には敵わない。娘だと思っていたのに既に俺の上に君はいたんだな」



私の前で俺と言ったのは初めてではないかなとぽやんと思っていたクロッカとは裏腹に、アルベルトは自分の愚かさを再認識させられていた。


ずっとカリーナとの結婚生活を後悔してきた。
シュゼインが学園を卒業するまでだと、ただ家族を蔑ろにし続けていた。
カリーナは自分と結婚して本当に幸せだっただろうかとカリーナを失った日から考えないことがなかった。
洪水の後は殆ど会う事は叶わず、領主代行として寝る間も惜しんで働かせてしまった。
結局は領主と官職の両立など出来てはいなかった。自分が彼女を殺したのではないかと攻め続けてきた。
カリーナはいつも笑って幸せだと言っていた記憶をどこか疑っていた。


クロッカの言葉を聞いて思い出すことが出来た。





--今まで勉強してきたことが報われた気がしているの。あなたの大切なものを一緒に守れるならばこんなに嬉しいことはないわ--




領主代行となってからカリーナから送られてきた手紙に添えられた言葉だった。
彼女もまた、ただ護られているだけの存在でいることを望んでいなかったのかもしれない。



アルベルトの星空のような目から、降り始めの雨のように涙が落ち、クロッカの髪を濡らした。



あまりの事にクロッカは状況が理解出来ず暫くアルベルトに抱きしめられたまま身を委ねるしかなかった。


次の日の紙面の一面はハイランス伯爵令嬢の決意に涙とセンセーショナルに報じられることになるのをクロッカは知らない。
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