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開かれた道

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「おぉー!クロッカ、少し見ない間に大きくなったな」


警備が日に日に強化されるのを申し訳ないなと思い始めていたクロッカの元に、珍しい来客があった。


ジェニメール陛下の2番目の息子、第二王子のフェリペ殿下。
つい先ほど先触れがあり、息も切れそうなほど大急ぎで支度をし、形だけを整える形で慌てて玄関へ向かったクロッカは呑気なその挨拶に不躾にもため息をつきたくなった。
女の事情を汲まない自分勝手な男がまた増えたと頭を抱えたい思いだ。


「フェリペ殿下、お久しぶりでございます。先触れはもっと早く出さなくては用をなしませんわ。」


「相変わらず手厳しい。あんなに可愛かったエンジェルも大きくなればセラフィムのように勇ましくなるのだな」


「……応接室にご案内致します」



褒めているつもりなのか貶しているのか反応に困る。
フェリペ殿下は洪水被害の後、ハイランス領へ度々訪問していた。
王都に1番近い商業都市、復興が1番急がれたのがハイランス領だった。
アルベルトほどでは無いが、何度もハイランス家に滞在し、被害地域へと足を運んでいた。



「今日はルスランは不在なのか」


応接室に着くなりキョロキョロと辺りを見渡し、何を探しているのかと思えば、クロッカの弟を探していたようだった。
その割にはフェリペの視線は床近くばかり見ていたのだが…


「ルスランは学園に行っておりますわ。それと、ルスランはもうずっと前から私より大きく育っておりますわ」



「なんだって!ついこの間までクロッカの後に隠れていたのに子供というのは怖いほど育つのが早いな」



実はクロッカは昔からフェリペ殿下が苦手だった。
何年経っても出会った頃の記憶が抜けないらしく幼子の様に扱い、思春期を迎えてもお菓子を大量に持って来たりしていた。
歳の近いフェリペ自身の娘と見比べれば分かりそうなものなのだが、他人の子はいつの間にか育っているらしく、会うと必ず大袈裟に驚くのである。





「えぇ。もう私たちは2人とも成人しておりますし、最後にお会いしたのは社交会デビューの場でご挨拶した時ですわ。弟ともそうでしょう」



「ふむ、そうだな。もう成人かと驚いたのを思い出して来た。アルベルトと婚約したと聞いた時は流石に信じられなかったが、成人した女性と見ればまぁ美しいものだ。アルベルトが惚れるのも分かる」 



マジマジと品定めする様に髪の毛の先から靴の先まで見つめられるが、急な訪問により形だけ整えただけの軽装備、この格好で評価を決めないで欲しいと、女性としてプライドが一丁前に悲鳴を上げていた。




「アルベルトは惚れてなんていませんわ。この騒動のことでいらしたのでしょう?お伺い致しますわ」



騒動を知ったエドレッドは、王都の屋敷の警備を厚くするため、自領から騎士を送っていた。
貴族が考えるより女は強いものと認められている庶民の間でも、やはりこの問題に対して性別により熱の質が異なり、過激な行動を起こしたり、街でのいざこざは絶えず、どこの領主達も自領の治安の保全に注力している。
どこの領地も不安定なので、王都が閑散とするのは当たり前のことだった。
エドレッドもクロッカを心配していたが、王都へ様子を見に来ることはなかった。



「ふーむ。まぁいい。エドレッドにもアルベルトにもまだ話していないんだが、クロッカ、君は留学をする気はないかい?」


「お父様にも話していないのにどうして私に?殿下がお話を持って来た時点で、私に拒否出来ようもありませんわ。そんなことは百も承知でいらしたのでしょう?」




正式な命令ではないにしても、王族からの打診を拒否する事はできない。
臣下として王の意思に従うのが貴族としての役割。
拒否したことが漏れれば一気に針の筵となるのだ。


「議会を通した話ではないから断ってもらってもどこかに漏れる事はない。アイナス帝国の友人が今の現状を聞き、君は旅行感覚で皇帝に帯同して帝国を回ってみたらどうかと提案してきたんだ。君は特進科への編入を希望したはずだ。特進科に在籍したまま、留学という形でアイナス帝国に滞在する。どうだろうか?アルベルトに話が渡ると断られるのはわかっているからな。君に直接聞きに来たんだ」



「皇帝に帯同というと、王領を一周するということですか…それは、皇帝の元へ行けと…要は側室になれと言うことですね」




アイナス帝国は元々はいくつもの国を吸収して大きくなったため、その領地はあまりに広い。さらに皇帝の力が増せば王領はどんどんと広がっていき、帝国内に散らばることになった王領を宮廷ごと回ることで権力を誇示している。
それは各領地から召し上げた側室や使者、騎士はもちろんそれらの世話人、それぞれのお気に入りの商会やお針子達まで含むため、王都がそのまま移動していると言っていい。
その中に一緒に混ざると言うのは、周りから見れば、皇帝の側室候補として送り込むと言うことだ。
断って問題ないなら断るに決まっている。
殿下はさらっと国の為に嫁げと言っているのだ。
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