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イリアは項垂れたアルベルトを追い出すと、無駄になった真っ赤なドレスを脱ぎ捨て、ハイランス家に手紙を出した。



アウストリア家であることは伏せなかったが、イリア・ロベールとして、クロッカと会いたいとこれまでの謝罪と一緒に伝えた。悪意などはないと伝える為に丁寧に丁寧に言葉を選んで。




「ハイランス伯爵令嬢でお間違い無いかしら?」



クロッカが店に入ると、イリアはすぐに気が付いた。
薄暗い店内にはポツポツとテーブルを照らす光と間接照明だけ。
昔と変わらず客層は高い。かつてカリーナと会った店だ。



「はい。クロッカ・マーガレット・ハイランスと申します。アウストリア公爵夫人でいらっしゃいますね。本日は素敵なお店にお誘いいただき感謝致します」


イリアが店の入り口まで行き声をかけると、クロッカは花が開花したようににっこりと微笑んだ。薄暗い店内でその笑顔が眩しく感じる。
この子の未来を奪ったのかと後ろ暗い思いだった。



「イリアでいいわ。公爵夫人なんて呼ぶ人は誰もいないの。席はあの奥。足元に気をつけていらして」



薄暗い店内の入り口が見える位置に席をとっていた。
ここの店ならば噂話が好きな奥様方は来ない。
それに店内は薄暗く、お互いを認識しにくい。
イリアは入り口から彼女の顔が見えないようにと入り口が背になる席へクロッカを座らせることにした。



「先に注文をしましょう。私はダージリンをもう一杯いただこうと思うのだけど、好みの飲み物はありそう?」



「私もダージリンをいただきます。今が一番美味しい頃ですもの」



「じゃあ少しこちらでお待ちになってて」


イリアが席を立とうとするとクロッカは不思議そうな顔をした。
自分で注文を記入して持っていくお店にはなかなか巡り合わないことだろう。
クスッとイリアの上がった口元から息が漏れた。


「ここは自己注文制なの。変わったお店でしょう」



驚いているクロッカに微笑みを送り、イリアはカウンターへ向かい、注文を素早く終えるとクロッカの対面へ腰掛けた。



「ハイランス伯爵令嬢、この度は足を運んでいただきありがとうございます。あなたには醜聞を押し付ける形となってしまい、申し訳ありません」




「アウス…イリア様、やめてください。公爵夫人に頭を下げさせるなんて周りがなんと思うか…」


クロッカはキョロキョロとあたりを見渡す。
こちらを見ている視線がないことに胸を撫で下ろした。



「いいえ、ここは他の者に注目するものはいません。私が頭を下げても、あなたの謂れ無き醜聞が消えるわけでないことは分かっていますが、爵位のせいであなたに醜聞を押し付けることになったのです。ハイランス伯爵令嬢の前では公爵なんて爵位は不燃ゴミと一緒だわ」



「ふふっイリア様、確かに爵位は燃えませんわね。許すとはとても言えませんが、お気持ちだけは確かに受け取りましたわ。ところで、今日のお話というのはどのような事なのでしょう?」


真面目に話しているイリアだが、クロッカは笑いながらなんでもない様に話を移そうとする。彼女の優しさに触れた気がした。



注文したダージリンとお茶菓子が運ばれてきた。
オレンジピールの入ったスポンジケーキと美しく着色されたメレンゲのクッキー。
気軽に手に取って欲しいと、イリアはそれぞれ2人分注文していた。
2人は目を合わせ、お互いに察した様に、暫し紅茶のスッキリとした苦味と甘味を楽しむことにした。




「実は昨日、私のところにアルベルトが訪ねてきましたの。まぁそれが酷い話だったものでつい立場も忘れて言い過ぎてしまって。ハイランス伯爵令嬢は昨日からアルベルトと話をされる時間はありましたの?」



クロッカはこてりと小首を傾げた。
毛先の巻かれたハイトーンの美しい金の髪がさらりと肩から落ちる。
シュゼインが昔から天使だと言っているのも分かる。



「私の事は是非クロッカとお呼び下さい。アルベルトでしたら、今後お会いする予定はありませんの。イリア様とどの様な話をされたのか窺い知れませんが、もう私には関係のないことかと」



流石にクロッカは警戒していた。
イリアはステファニーの母親、手紙をもらったときから敵意を感じることがなかったからこの場にきたのだが、敵なのか味方なのかまだ判断がつかなかった。


イリアもクロッカもお互いに相手の出方を見ている。
どこまで話すべきか、どこまで知っているのか。
パチリと視線が何度も混ざった。
イリアはクロッカはこのまま会うことなく婚約を破棄するつもりなのだということだけは理解していた。



「アルベルトの話の細かい内容については是非話を聞いてみることをお勧め致しますわ。それから、婚約破棄についてなのだけれど、クロッカは今どうしたいのかお聞きした上で、可能なら提案したいことがございますの」


シュゼインのために結ばれた婚約だということは、イリアから話をするべきでは無いと考えていた。
しかしきっと、この先どの選択を取るにしてもクロッカは近いうちに知っておくべきだろう。



「どうしたいかは婚約破棄のお話を聞いているのならお分かりになったのでありませんか?イリア様、私は散歩をするのにも、遠回りするのはあまり好まないのです。遠慮なく話していただいて構いませんわ」



公爵家に対してもクロッカの発言は鋭い。
しかし、言葉だけでアルベルトが押し負けるわけがないとイリアも気合を入れることにする。真っ赤なドレスの出番は今日だったようだ。



「そう言っていただけると話が早くて助かります。クロッカは本当はこのまま結婚したかったのではありませんか?しかしアルベルトの態度を見て、幸せな結婚は叶わないだろうと思い至ったのでは?」



クロッカはコクリと首を縦に動かす。
それを見てイリアも小さく頷いた。
彼女を傷付けたいわけではないと理解してもらいたい思いがそうさせていた。
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