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気持ち
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シュゼインが心を抑えきれず猪突猛進とクロッカの元へと向かってしまったのと時を同じくして、何も知らないアルベルトは王都のアウストリア家へ足を運んでいた。
「アルベルトが私を訪ねてくるなんて初めてのことね。いい話では無さそう」
アルベルトが案内されて応接室に入るなり、イリアはくすりと笑った。
赤い紅がその上がった口元を強調している。
赤い紅にボリュームのある赤いドレス。夜会にいたら勝負服と言えそうな出で立ちだった。
「久しぶりだね。イリア・ロベール」
「久しぶりでないことなんて一度もないわ。さぁ、どうぞお座りになって」
アルベルトが座るとすぐに紅茶の入ったカップが出された。
カップの縁の外側に青と緑の2本の線が入っている。
イディル地方の腕のある職人にデザインを渡して作らせブランド化させたティーセットだった。ワーデン領主となってからアルベルトが成功させた事業の一つである。
「これはPLANETの新作のティーセットだね。使ってもらえていて嬉しいよ」
「えぇ。イディルの技術と洗練されたこのデザイン。そして一目でPLANETだと分かるこのライン。気に入っているのよ」
「2本のラインを提案したのはカリーナだった。喜んでいるだろう」
焼き物の産地として有名となったイディルだが、その地域の中でも作り手によって技術力には差があるのは当然のこと。
それをブランド化することでイディル産のものでも最高級品と認識させるものを作った。
この青と緑の線は空と木々の色。カリーナが試作品から迷わずに選んだ色だった。
PLANETはワーデン家が独占権を持ち、各商会へ卸している。
ラースロー家に唯一与えることが出来たアルベルトとの婚姻での利益と言っていい。
「そうね…それで、私への用とはどんなことなのかしら」
うっとりと見ていたカップからアルベルトに視線を移す。
アルベルトは出来ればしたくなかった話を持ってここへ来たのだ。
アルベルトの表情が曇っていく。
イリアはそれにもちろん気付いていた。
「君は私がハイランス嬢と婚約したのがシュゼインの為だと思っていたんだよな?それが違うと分かった時どう思った」
「そうね……意外だったとか、考えすぎだったのかとかそんなすぐに忘れてしまうようなことしか思ってなかったけど、それが今日いらしたこととどう関係が?」
イリアはアルベルトが訪問すると聞いて、これは良くない話なのではないかと思っていた。
出来れば早く本題に入りたい。カリーナの話を切りあげるほど、心は落ち着かなかった。
「息子とハイランス嬢の隠れ蓑に、私との結婚を使うつもりはなかった。しかしそれは、息子がどう足掻いても結局はハイランス嬢を選ぶと思っていたからなんだ。私も領地を継ぐ息子の横には、ハイランス嬢に立って欲しいと考えていて、彼女がいれば公爵家と離縁しても最終的には領地は発展するだろうと…思っていたんだ。彼女が修道院へ入ったり、他の者に取られないようにとハイランス嬢を自分で囲いこむことにした。アウストリア家は一度婚姻さえ結べば離縁は受けざるを得ないだろうという打算があった。申し訳ない」
ブルーグレーの彼の髪は頭を下げても乱れる事はない。
髪はふわりと風が撫でたように流れているのに不思議なものだ。
「そう。幽閉すら考えていたのですもの、離縁を申し出されたらもちろん受けたでしょうし、この場で申し込まれても迷わず受け入れる事でしょう。それが今日の目的ということ…いや…あなたはこれから2人の隠れ蓑になるつもり。ということかしら?」
やはり…イリアは想定していた話の流れに、心の中でため息をついた。
2年経っての離縁というのは世間的に見ても早すぎる訳ではないだろう。
しかし、公爵家との縁を切ることになる伯爵家は、他の貴族の忖度により支援する者がいなくなるのは予想が出来る。
欲しいものは全て手に入れるアルベルトが、それを許すとは思えなかった。
とすれば、2年前否定した幽閉を望むということではないだろうか。
世間的には婚姻は続け、ステファニーはアウストリア家で人の目に触れぬよう幽閉し、ハイランス嬢と事実上の結婚生活を送る…アルベルトと婚姻をしていれば、ハイランス嬢が子を孕んだとしてもアルベルトの子とすれば、表面上問題はなくなる。
2年前にはそれが出来ない理由があったということだろう。
イリアは覚悟を決めていた。
「流石はイリア・ロベール。しかし、今日はそんなお願いに来たわけではない」
イリアはこれからのアウストリア家としての対応に思考が巡っていた。
早急にステファニーの姉であるフランソワの縁談を決めるべきだし、幽閉するなら離れを人の目に触れぬように対策しなければならない。
アルベルトの言葉を聞いても動き出した頭は暫く止められなかった。
「アルベルトが私を訪ねてくるなんて初めてのことね。いい話では無さそう」
アルベルトが案内されて応接室に入るなり、イリアはくすりと笑った。
赤い紅がその上がった口元を強調している。
赤い紅にボリュームのある赤いドレス。夜会にいたら勝負服と言えそうな出で立ちだった。
「久しぶりだね。イリア・ロベール」
「久しぶりでないことなんて一度もないわ。さぁ、どうぞお座りになって」
アルベルトが座るとすぐに紅茶の入ったカップが出された。
カップの縁の外側に青と緑の2本の線が入っている。
イディル地方の腕のある職人にデザインを渡して作らせブランド化させたティーセットだった。ワーデン領主となってからアルベルトが成功させた事業の一つである。
「これはPLANETの新作のティーセットだね。使ってもらえていて嬉しいよ」
「えぇ。イディルの技術と洗練されたこのデザイン。そして一目でPLANETだと分かるこのライン。気に入っているのよ」
「2本のラインを提案したのはカリーナだった。喜んでいるだろう」
焼き物の産地として有名となったイディルだが、その地域の中でも作り手によって技術力には差があるのは当然のこと。
それをブランド化することでイディル産のものでも最高級品と認識させるものを作った。
この青と緑の線は空と木々の色。カリーナが試作品から迷わずに選んだ色だった。
PLANETはワーデン家が独占権を持ち、各商会へ卸している。
ラースロー家に唯一与えることが出来たアルベルトとの婚姻での利益と言っていい。
「そうね…それで、私への用とはどんなことなのかしら」
うっとりと見ていたカップからアルベルトに視線を移す。
アルベルトは出来ればしたくなかった話を持ってここへ来たのだ。
アルベルトの表情が曇っていく。
イリアはそれにもちろん気付いていた。
「君は私がハイランス嬢と婚約したのがシュゼインの為だと思っていたんだよな?それが違うと分かった時どう思った」
「そうね……意外だったとか、考えすぎだったのかとかそんなすぐに忘れてしまうようなことしか思ってなかったけど、それが今日いらしたこととどう関係が?」
イリアはアルベルトが訪問すると聞いて、これは良くない話なのではないかと思っていた。
出来れば早く本題に入りたい。カリーナの話を切りあげるほど、心は落ち着かなかった。
「息子とハイランス嬢の隠れ蓑に、私との結婚を使うつもりはなかった。しかしそれは、息子がどう足掻いても結局はハイランス嬢を選ぶと思っていたからなんだ。私も領地を継ぐ息子の横には、ハイランス嬢に立って欲しいと考えていて、彼女がいれば公爵家と離縁しても最終的には領地は発展するだろうと…思っていたんだ。彼女が修道院へ入ったり、他の者に取られないようにとハイランス嬢を自分で囲いこむことにした。アウストリア家は一度婚姻さえ結べば離縁は受けざるを得ないだろうという打算があった。申し訳ない」
ブルーグレーの彼の髪は頭を下げても乱れる事はない。
髪はふわりと風が撫でたように流れているのに不思議なものだ。
「そう。幽閉すら考えていたのですもの、離縁を申し出されたらもちろん受けたでしょうし、この場で申し込まれても迷わず受け入れる事でしょう。それが今日の目的ということ…いや…あなたはこれから2人の隠れ蓑になるつもり。ということかしら?」
やはり…イリアは想定していた話の流れに、心の中でため息をついた。
2年経っての離縁というのは世間的に見ても早すぎる訳ではないだろう。
しかし、公爵家との縁を切ることになる伯爵家は、他の貴族の忖度により支援する者がいなくなるのは予想が出来る。
欲しいものは全て手に入れるアルベルトが、それを許すとは思えなかった。
とすれば、2年前否定した幽閉を望むということではないだろうか。
世間的には婚姻は続け、ステファニーはアウストリア家で人の目に触れぬよう幽閉し、ハイランス嬢と事実上の結婚生活を送る…アルベルトと婚姻をしていれば、ハイランス嬢が子を孕んだとしてもアルベルトの子とすれば、表面上問題はなくなる。
2年前にはそれが出来ない理由があったということだろう。
イリアは覚悟を決めていた。
「流石はイリア・ロベール。しかし、今日はそんなお願いに来たわけではない」
イリアはこれからのアウストリア家としての対応に思考が巡っていた。
早急にステファニーの姉であるフランソワの縁談を決めるべきだし、幽閉するなら離れを人の目に触れぬように対策しなければならない。
アルベルトの言葉を聞いても動き出した頭は暫く止められなかった。
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