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成長
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シュゼインは間近に迫った定期試験に向けて、教室でルーカスと勉強をしていた。
彼とは得意分野が異なりお互いに足りないところを補えるのでこれはいつもの光景だった。
「シュゼイン、君は幸せかい?」
ルーカスはいつの間にかノートに注がれていた視線をシュゼインに向け、頬杖をついていた。
「何が聞きたい」
ちらりとルーカスを見るが、シュゼインは再びノートに視線を戻しペンを走らせた。
長いまつ毛がぱさりと音を立てるのではないかという程一瞬の視線だった。
「あんな事があっても君は結婚して、そして子供も産まれた。平気そうにしているけど実際はどうなのかと思ってね」
「別に、ステファニーは散財もしないし、むしろ公爵家からは多額の援助がある。領民はクロッカのことを忘れたかのように公爵家の娘が嫁いできたと喜んでいるしメリットはあったんじゃないかな」
話しながら器用にペンを滑らせていたが、最後まで描き終わると今度こそ顔を上げてルーカスを見た。
「それで、シュゼイン自身は今はどう思ってるの」
一年前の彼はステファニーを愛する努力をすると言っていた。
それが今ではどうだろう。学園でステファニーの名前を出すことも、子供が産まれたことも話すことはなかった。
ルーカスは子供が産まれてからも暫くその事実を知らされることはなかったのだ。
ルーカスから尋ねるまで彼は何も語らなかった。
「ステファニーとはうまくいってる。子供は可愛いし、愛しいと思うよ」
何かを思い出すように空を見つめて話すシュゼインの頬に笑窪は見られなかった。
無表情と言っていい。
整った顔立ちの彼からはたまに冷たさすら感じる。
以前の彼ならすぐに口元に力が入り、笑窪が見え隠れすることで優しく和らいだ印象を与えていたのだが、近頃はルーカスでさえ彼は機嫌が悪いのかと思うほどだ。
「結婚してよかったと思う?」
ルーカスがその質問をした途端、シュゼインの眉間に皺を寄せるように目に力が入った。
優しい笑みがトレードマークだった彼と同一人物だとは思えない。
「結婚したのは仕方ないことだった。よかったと思ったことは一度もないよ」
「まぁそれが普通の感覚だよな。結婚する前の君は異常なほどすんなりと結婚を受け入れていたように僕には見えたよ。僕達は好きな相手と結婚できる立場じゃない。僕だって政略結婚が決まってる。それに対して仕方ないと受け入れるのは貴族としては自然なことだよ。君の諦めの中の希望だったのかなって、今なら少しだけその気持ちも分かる。それでも今の君は理解に苦しむ。何を考えてるんだい」
ルーカスは右手で頬杖をついたまま、見上げるようにしてまん丸な目を真っ直ぐにシュゼインに向けた。
揶揄うわけでもなく、いつになく真剣な彼の姿に、シュゼインはため息をついた。
「別に何か特別考えているわけじゃないよ。これは自分の甘さが招いた結果だ。娘のことは考えてた以上に可愛いし、ステファニーはあの事さえなければ本当にいい子だよ。でもだからこそ残酷だと思わないか?」
「いい子なら問題はないだろう?」
「ステファニーがもっと傲慢な女だったらよかった。そうしたらもっと俺も自分のしたいように動けた。だけど彼女は1番最初から俺に責任を負わせるつもりはなくて、罰を受けるのを望んでいる。彼女のせいでクロッカを失ったのに、この自分の甘さでクロッカを失ったと分かっているのに、どうして俺が傷付いている彼女を見て罪悪感を感じているのか。頭がおかしくなりそうだ」
あぁ…目の前の彼は間違いなくシュゼインだ。
苦痛に歪む頬に優しさが滲んでいる。
ルーカスは彼の望む答えは持ち合わせていなかった。
ただ安心していた。彼はきっと大罪を犯すことはない。
「非情になりきれない君が、僕は好きだよ」
「クロッカを諦められない俺でもか?」
そうか。彼はクロッカをまだ諦めていないのか。
だからこんなに苦しんでいる。
「君がそれを望むのなら、僕は見守るだけさ」
出来れば彼に幸せな結末を。
そう願ってやまない。
彼とは得意分野が異なりお互いに足りないところを補えるのでこれはいつもの光景だった。
「シュゼイン、君は幸せかい?」
ルーカスはいつの間にかノートに注がれていた視線をシュゼインに向け、頬杖をついていた。
「何が聞きたい」
ちらりとルーカスを見るが、シュゼインは再びノートに視線を戻しペンを走らせた。
長いまつ毛がぱさりと音を立てるのではないかという程一瞬の視線だった。
「あんな事があっても君は結婚して、そして子供も産まれた。平気そうにしているけど実際はどうなのかと思ってね」
「別に、ステファニーは散財もしないし、むしろ公爵家からは多額の援助がある。領民はクロッカのことを忘れたかのように公爵家の娘が嫁いできたと喜んでいるしメリットはあったんじゃないかな」
話しながら器用にペンを滑らせていたが、最後まで描き終わると今度こそ顔を上げてルーカスを見た。
「それで、シュゼイン自身は今はどう思ってるの」
一年前の彼はステファニーを愛する努力をすると言っていた。
それが今ではどうだろう。学園でステファニーの名前を出すことも、子供が産まれたことも話すことはなかった。
ルーカスは子供が産まれてからも暫くその事実を知らされることはなかったのだ。
ルーカスから尋ねるまで彼は何も語らなかった。
「ステファニーとはうまくいってる。子供は可愛いし、愛しいと思うよ」
何かを思い出すように空を見つめて話すシュゼインの頬に笑窪は見られなかった。
無表情と言っていい。
整った顔立ちの彼からはたまに冷たさすら感じる。
以前の彼ならすぐに口元に力が入り、笑窪が見え隠れすることで優しく和らいだ印象を与えていたのだが、近頃はルーカスでさえ彼は機嫌が悪いのかと思うほどだ。
「結婚してよかったと思う?」
ルーカスがその質問をした途端、シュゼインの眉間に皺を寄せるように目に力が入った。
優しい笑みがトレードマークだった彼と同一人物だとは思えない。
「結婚したのは仕方ないことだった。よかったと思ったことは一度もないよ」
「まぁそれが普通の感覚だよな。結婚する前の君は異常なほどすんなりと結婚を受け入れていたように僕には見えたよ。僕達は好きな相手と結婚できる立場じゃない。僕だって政略結婚が決まってる。それに対して仕方ないと受け入れるのは貴族としては自然なことだよ。君の諦めの中の希望だったのかなって、今なら少しだけその気持ちも分かる。それでも今の君は理解に苦しむ。何を考えてるんだい」
ルーカスは右手で頬杖をついたまま、見上げるようにしてまん丸な目を真っ直ぐにシュゼインに向けた。
揶揄うわけでもなく、いつになく真剣な彼の姿に、シュゼインはため息をついた。
「別に何か特別考えているわけじゃないよ。これは自分の甘さが招いた結果だ。娘のことは考えてた以上に可愛いし、ステファニーはあの事さえなければ本当にいい子だよ。でもだからこそ残酷だと思わないか?」
「いい子なら問題はないだろう?」
「ステファニーがもっと傲慢な女だったらよかった。そうしたらもっと俺も自分のしたいように動けた。だけど彼女は1番最初から俺に責任を負わせるつもりはなくて、罰を受けるのを望んでいる。彼女のせいでクロッカを失ったのに、この自分の甘さでクロッカを失ったと分かっているのに、どうして俺が傷付いている彼女を見て罪悪感を感じているのか。頭がおかしくなりそうだ」
あぁ…目の前の彼は間違いなくシュゼインだ。
苦痛に歪む頬に優しさが滲んでいる。
ルーカスは彼の望む答えは持ち合わせていなかった。
ただ安心していた。彼はきっと大罪を犯すことはない。
「非情になりきれない君が、僕は好きだよ」
「クロッカを諦められない俺でもか?」
そうか。彼はクロッカをまだ諦めていないのか。
だからこんなに苦しんでいる。
「君がそれを望むのなら、僕は見守るだけさ」
出来れば彼に幸せな結末を。
そう願ってやまない。
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