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友人

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イリア・ロベールがカリーナと出会ったのは、一年目の討論大会が終わり、秋も深まった頃だった。



珍しく図書館へは行かずに、出来上がったばかりの自身の2作目となる新作を読むために街へ出ていた。



活版印刷で刷られた本の試し刷り。
誤字や脱字がないか最終確認の為に手元に来たものだった。
その本を届けに来た印刷所の担当者が最近話題だと紹介してくれたのが、この薄暗い店内で手元を照らすライトのみがぽつぽつと席を照らしている店だった。



広い店内だが暗い空間で大声で騒ぐ客はいない。皆ひっそりと小声で会話をしていた。
テーブルや棚などは上品に纏められている。ここは一歩足を踏み入れれば、世界が変わったかのように感じるほど静かで、不思議な気圧を感じる空間だった。



他人を感じながらも自分の落ち着いた空間を手にできる。さすがは本を読むのが好きなものが作った店だとイリアも気に入った。


オーダーも紙に書いて自らカウンターへ持っていく。
目線を送るだけですぐに注文を聞きにやってくる貴族用の店とは違う。
ここは余計な会話をすることなく過ごす空間。
素晴らしい。うっとりとするほど理想的な場所だった。


「イリア・ロベール………あっ失礼しました。ロベール侯爵令嬢。カリーナ・エルサ・ラースローです。学園では何度か顔をお見かけしましたので、つい口からお名前が漏れてしまいました」



注文を終え、自席へ戻ろうとしていた時、カリーナから声を掛けられた。
同じ侯爵家のため、もちろんイリアも認知していた。



「ラースロー侯爵令嬢。初めまして。ここで学園の方と会うとは思いませんでしたわ」


カリーナのグレーの髪は薄暗い室内では闇に溶けるように黒く見える。ライトがかすめる部分だけが温かい色味を反射しているように煌めいていた。
口元が笑みを浮かべるたび両頬に浮かぶ影が笑みを強調しているよう。
美しい人ね。それがイリアがカリーナに抱いた印象だった。



「えぇ。ここへは何度も足を運んでいますが、知っている方をお見かけするのは初めてですわ。客層が高いお店ですもの。私、作家イリア・ロベールのファンなんです。こうやってお話出来て光栄ですわ」


「それはこちらこそ光栄というもの。2作目も是非読んでいただきたいわ」



その日は簡単に挨拶をして、それぞれの席へと戻った。


何度もそのお店で彼女と顔を合わせた。
少しずつ距離は縮まり、顔を見かければ隣の席でそれぞれが本を読み、思い出したように会話をしたりして、カリーナは人との距離の取り方がとても上手い人なのだと気付いた。
彼女を慕う人が多い理由がわかる。私こそカリーナのファンだと思うまで時間はかからなかった。


2年生に上がると2人は同じクラスになった。
距離を縮めた理由の一つは物理的に距離が近くなったことも大きかった。


1人で行動することを好むイリアだったが、自分のペースを崩さなくていい彼女といることは好きだった。


「ねぇカリーナ。貴方、ジャクリーンと婚約しているの?」


同じクラスになると、カリーナに対するジャクリーンの態度に、すぐに違和感を覚えた。
公爵家なら身分的にも問題はないが、カリーナからジャクリーンの名前が出てきたことがないのが不思議だった。


「いいえ、そういうわけではないわよ。でもきっと正式に縁談が来てしまえば…」



それを聞いてしまえばなんとなく分かった。彼女は縁談が来ることは望んでいないのだと。
ジャクリーンはきっと縁談を申し込む前に振られてしまったんだと。


「ジャクリーンは可哀想な人ね」


イリアとカリーナの学園での思い出にはいつだってジャクリーンがいた。
彼は隙があればカリーナとの会話に入ってきたし、いつの間にか当たり前のようにカリーナの隣にいた。


イリアはジャクリーンに同情していたが、無理強いしない優しいお馬鹿さんと思っていた。
悪い人ではないけど、残念な人。ジャクリーンと友人と呼べる仲になったのはイリアにとって意外だった。


カリーナがいたからジャクリーンとは友人になれた。
騒がしいことは好まず、夜会も茶会も苦手なイリアは、昔から友人も少なく、またそれに何の不満もなく過ごしていたのだから、よく喋りよく笑うジャクリーンは同じクラスでも用がなければ話すこともない部類の人間だと思っていたのだ。
どちらかと言えば苦手なタイプだった。

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