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「はい。私は薬を使った事を、父には秘密にしております。しかし、月のものが来ていない事を不審に思った侍女が、父に報告をしているはずです。それに、私のお腹も、見ればわかるほどには膨らみを帯びて来ていて、これ以上は隠しきれないと感じています」
シュゼインは正直、気を失うほど体調が悪い中、事が行えたのかと疑問だった。しかも時間はごく短時間だと聞いている。それが可能なのか。
妊婦の腹の膨らみ方を想像もできないシュゼインは首を傾げるしかない。
「それが本当だとしたら、アウストリア公爵令嬢はあの短時間で事を最後まで運んだと言うことになるが、手慣れていたと受け取っても?」
正直手慣れているようには見えていなかった。
まず公爵家の娘である彼女が、純潔を失うことの意味を知らないはずもなく、しかも最近まで、いや、今でもユージェニー殿下の婚約者候補の1人のはずである。
そんなことが許されていたのだろうかと単純に疑問だ。
ステファニーはあわあわと口を震わせ、言葉が出ないようであった。
シュゼインはその口元を見ながら待っているしかない。
「…あの、私はまだ…純潔のまま、なのです。妊娠していて純潔というのもおかしな話なのですが、その…純潔を失うようなことを行なったわけではないのです。いや…」
シュゼインは真っ赤になって考えているステファニーの言葉を聞いても理解できなかった。
聖母のように子を身籠ったというのだろうか。神の子ではなく、シュゼインの子を…
「どう言葉を尽くせば伝わるのか難しいのですが、たしかにワーデン卿の子種を私は自分の中へ取り込みましたが、それは一般的な方法ではなく…あの…私が自分で子種のみを……入れたのです」
顔と同じように目を赤く潤ませ、伏しているため瞬きをしたら雫が落ちてしまいそうだった。
シュゼインは呆れてしまった。確かに彼女は純潔なのだろうと。
女性の口からは言いにくいであろうことを伝えようとしてくれている姿勢を見れば責めることはできそうもなかったが、それでもステファニーのせいでクロッカを失ったのにと思う。
しかし、男としての情けなさや何か名誉が傷付けられたかのような渦巻く黒い感情が支配していった。
「アウストリア公爵家の思惑については置いておいて、私が責任を取らなければいけない身だと言うことは理解しました」
彼女はシュゼインの言葉を聞くとさらに俯いた。
「いえ、あの手紙は…侍女が勘付いていると知り、すぐにバレてもおかしくないと焦り、急ぎ伝える為のものでした。父の策略もありましたが、ワーデン卿に惹かれてはいて、私はあんなことをしてしまったのです。それは秘めた恋心とかではなく、憧れのようなものだと思います。婚姻を望んでいません。迷惑をかけることになるのは本意ではないため、タイミングを見て家を出て、遠くの修道院に身を置きたいと思案していたところなのです」
紅茶を口に含んだが、後味は良くなかった。
どこからともなく広がる不快感に歯の奥が軋むようだった。
クロッカとの婚約の解消は決まっていた。
公にするタイミングを図っているだけで、クロッカを失った後だ。
今更戻っては来ない。
そう考えるだけで今でも生傷が痛みじくじくと熱を持つようだった。
ステファニーの腹の中に自分の子がいることを聞いた後、修道院へ行かせることを許せるはずもない。
最初から黙って行って欲しかったと思うのだが、結果は同じだろう。
ステファニーが修道院へ行き子を産んだと分かれば、いつかはシュゼインの子だとバレたはずだ。
逃げ出す前に捕まえられて心底良かったと思う。
もっと大騒ぎになったはずだ。
「もう既に、ハイランス嬢と私の婚約の解消は話がついています。これで、修道院へ向かう理由はなくなったと思うのですが、それでも修道院へ入るのですか?」
ステファニーにはシュゼインと結婚する道しかない。
そして、シュゼインにもステファニーと結婚する道しかないのである。
「ワーデン家もハイランス家も、この事をご存知だと…そういうことですか?」
「そうです。アウストリア公爵令嬢。修道院行きは取りやめて、私と結婚してくださいませんか?」
大変なことをしてしまったと慌て始めるステファニーに、シュゼインの方から求婚することになった。
ごめんなさいと涙ながらに謝るだけのステファニーの隣には彼女に胸を貸すシュゼインの姿があった。
その場のことは、2人の優秀な侍女しか知らない。
シュゼインは正直、気を失うほど体調が悪い中、事が行えたのかと疑問だった。しかも時間はごく短時間だと聞いている。それが可能なのか。
妊婦の腹の膨らみ方を想像もできないシュゼインは首を傾げるしかない。
「それが本当だとしたら、アウストリア公爵令嬢はあの短時間で事を最後まで運んだと言うことになるが、手慣れていたと受け取っても?」
正直手慣れているようには見えていなかった。
まず公爵家の娘である彼女が、純潔を失うことの意味を知らないはずもなく、しかも最近まで、いや、今でもユージェニー殿下の婚約者候補の1人のはずである。
そんなことが許されていたのだろうかと単純に疑問だ。
ステファニーはあわあわと口を震わせ、言葉が出ないようであった。
シュゼインはその口元を見ながら待っているしかない。
「…あの、私はまだ…純潔のまま、なのです。妊娠していて純潔というのもおかしな話なのですが、その…純潔を失うようなことを行なったわけではないのです。いや…」
シュゼインは真っ赤になって考えているステファニーの言葉を聞いても理解できなかった。
聖母のように子を身籠ったというのだろうか。神の子ではなく、シュゼインの子を…
「どう言葉を尽くせば伝わるのか難しいのですが、たしかにワーデン卿の子種を私は自分の中へ取り込みましたが、それは一般的な方法ではなく…あの…私が自分で子種のみを……入れたのです」
顔と同じように目を赤く潤ませ、伏しているため瞬きをしたら雫が落ちてしまいそうだった。
シュゼインは呆れてしまった。確かに彼女は純潔なのだろうと。
女性の口からは言いにくいであろうことを伝えようとしてくれている姿勢を見れば責めることはできそうもなかったが、それでもステファニーのせいでクロッカを失ったのにと思う。
しかし、男としての情けなさや何か名誉が傷付けられたかのような渦巻く黒い感情が支配していった。
「アウストリア公爵家の思惑については置いておいて、私が責任を取らなければいけない身だと言うことは理解しました」
彼女はシュゼインの言葉を聞くとさらに俯いた。
「いえ、あの手紙は…侍女が勘付いていると知り、すぐにバレてもおかしくないと焦り、急ぎ伝える為のものでした。父の策略もありましたが、ワーデン卿に惹かれてはいて、私はあんなことをしてしまったのです。それは秘めた恋心とかではなく、憧れのようなものだと思います。婚姻を望んでいません。迷惑をかけることになるのは本意ではないため、タイミングを見て家を出て、遠くの修道院に身を置きたいと思案していたところなのです」
紅茶を口に含んだが、後味は良くなかった。
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クロッカとの婚約の解消は決まっていた。
公にするタイミングを図っているだけで、クロッカを失った後だ。
今更戻っては来ない。
そう考えるだけで今でも生傷が痛みじくじくと熱を持つようだった。
ステファニーの腹の中に自分の子がいることを聞いた後、修道院へ行かせることを許せるはずもない。
最初から黙って行って欲しかったと思うのだが、結果は同じだろう。
ステファニーが修道院へ行き子を産んだと分かれば、いつかはシュゼインの子だとバレたはずだ。
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「そうです。アウストリア公爵令嬢。修道院行きは取りやめて、私と結婚してくださいませんか?」
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