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女神
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「浮気とかそう言うことではないと分かって欲しい。アウストリア公爵令嬢とは、友人の家のパーティで少し話をしただけだった。葡萄ジュースの試飲の場でテーブルからグラスを取ったところも確認したが、薬を盛られていた。気付いたら友人がいて服が少しだけ乱れていたと教えてくれた。それを受けて、アウストリア公爵令嬢に確認を取ったが、何もなかったと言われ、薬は惚れ薬だと思っていたので気を失うほどふらふらになるとも思っていなかったと言われたため、何もなかったと判断した。4ヶ月ほど経った昨日、突然文が届いたんだ。これも私の落ち度だ。本当に申し訳ない。」
誤解はないように足早に全て正直に話したつもりだ。
悔しい。全てのことが悔やまれる。
シュゼインが公爵家と婚姻を結んだとなれば、婚約を破棄しようが白紙にしようが醜聞が残ってしまうだろう。
彼女の幸せが失われてしまわないかと心配する資格すらない。その幸せを潰したのが自分だからだ。
でもどうにかならないかと考えてしまう。
「そう…その話が本当だとしたら、婚約を続けるのは無理そうね。貴方はすぐに公爵家のその令嬢と結婚することになるのでしょう」
まるで、何も感じていないかのように顔色が変わることはなかった。
まるで能面のように動かない目元。
天使の面影はそこにはなかった。
「本当に申し訳ない」
シュゼインに出来ることは本当に謝罪し続けることだけだった。他に何も出来ない。それがとても辛いことだった。
「そうね。謝ることしか出来ないわよね。私はその謝罪を受け入れるしかないんですもの。仕方ないから許してあげる。でも言わせてもらうと、あなたは間違ってる。私の前でそんな自分が1番辛いなんて顔しないで欲しいわ。あなたはその相手と結婚できるかもしれない。でも私はこの先あなたに捨てられた女として生きていくのよ。何も悪くない私に何故か傷がつく。おかしな話よね。裏切った本人は他の女と結婚するのに、何故か何も関係ない私にはまともな縁談が来なくなる。本当に馬鹿馬鹿しいわ」
背もたれに身を預けて扇を開いてはパシンと音を立てて閉じる。
彼女が言葉で表した感情は怒りだった。
泣くこともせず、怒りに顔を顰めることもせず、ただ無表情で紡ぎ出される強い感情。
女性は怒ると怖いと言うが、本当にそうかもしれない。
野焼きのように静かに燃え広がる炎をクロッカ1人で消していくのは難しいようだった。
「ねぇ、シュゼイン。あなたとの婚約は10年目だったわね。ワーデン家へ嫁入りするために過ごしてきた私の10年を無駄にした気分はどう?」
染み出してくるような怒りをクロッカはシュゼインにぶつけた。
まるでそうするしかないように眉も動く気配はない。
「最悪な気分だ。自分が何も出来ない惨めな男だと痛感している」
ピリリと体の中心が痛みを感じる。比喩でもなく自分の体の内側から鞭を打たれたように痛い。
目の前のクロッカの花が開くような笑顔を消したのが自分だと思うとかきむしりたくなるほど胸が苦しかった。
「同感ね。父たちの話は長くなるでしょう。その間、その辛そうに垂れた顔を見続けなければいけないなんて私って本当に不幸だわ。悪態の一つもつきたくなるものでしょう?ねぇコンラト?私のこと可哀想にも程があると思わない?」
奥に控えていたコンラトはただ頭を下げた。
彼女はそれを見て初めてため息を溢した。
「彼は昔から優秀すぎるのよ。女性の扱い方が分かってる。シュゼインも見習ったほうがいいわ。あ、コンラト、お茶が少ないわ。そろそろ次を用意してちょうだい」
そう言い終わってからごくりとカップを煽った。
クロッカはわざとカップを空けたのだ。
そしてシュゼインをひと睨みすると、コンラトが笑いながら近づく。
「クロッカ様はお優しい。あまり坊っちゃんを甘やかさないで欲しいものですね」
コンラトは昔のように坊っちゃんとシュゼインを称した。まだまだ未熟者とでも責めるようだった。
誤解はないように足早に全て正直に話したつもりだ。
悔しい。全てのことが悔やまれる。
シュゼインが公爵家と婚姻を結んだとなれば、婚約を破棄しようが白紙にしようが醜聞が残ってしまうだろう。
彼女の幸せが失われてしまわないかと心配する資格すらない。その幸せを潰したのが自分だからだ。
でもどうにかならないかと考えてしまう。
「そう…その話が本当だとしたら、婚約を続けるのは無理そうね。貴方はすぐに公爵家のその令嬢と結婚することになるのでしょう」
まるで、何も感じていないかのように顔色が変わることはなかった。
まるで能面のように動かない目元。
天使の面影はそこにはなかった。
「本当に申し訳ない」
シュゼインに出来ることは本当に謝罪し続けることだけだった。他に何も出来ない。それがとても辛いことだった。
「そうね。謝ることしか出来ないわよね。私はその謝罪を受け入れるしかないんですもの。仕方ないから許してあげる。でも言わせてもらうと、あなたは間違ってる。私の前でそんな自分が1番辛いなんて顔しないで欲しいわ。あなたはその相手と結婚できるかもしれない。でも私はこの先あなたに捨てられた女として生きていくのよ。何も悪くない私に何故か傷がつく。おかしな話よね。裏切った本人は他の女と結婚するのに、何故か何も関係ない私にはまともな縁談が来なくなる。本当に馬鹿馬鹿しいわ」
背もたれに身を預けて扇を開いてはパシンと音を立てて閉じる。
彼女が言葉で表した感情は怒りだった。
泣くこともせず、怒りに顔を顰めることもせず、ただ無表情で紡ぎ出される強い感情。
女性は怒ると怖いと言うが、本当にそうかもしれない。
野焼きのように静かに燃え広がる炎をクロッカ1人で消していくのは難しいようだった。
「ねぇ、シュゼイン。あなたとの婚約は10年目だったわね。ワーデン家へ嫁入りするために過ごしてきた私の10年を無駄にした気分はどう?」
染み出してくるような怒りをクロッカはシュゼインにぶつけた。
まるでそうするしかないように眉も動く気配はない。
「最悪な気分だ。自分が何も出来ない惨めな男だと痛感している」
ピリリと体の中心が痛みを感じる。比喩でもなく自分の体の内側から鞭を打たれたように痛い。
目の前のクロッカの花が開くような笑顔を消したのが自分だと思うとかきむしりたくなるほど胸が苦しかった。
「同感ね。父たちの話は長くなるでしょう。その間、その辛そうに垂れた顔を見続けなければいけないなんて私って本当に不幸だわ。悪態の一つもつきたくなるものでしょう?ねぇコンラト?私のこと可哀想にも程があると思わない?」
奥に控えていたコンラトはただ頭を下げた。
彼女はそれを見て初めてため息を溢した。
「彼は昔から優秀すぎるのよ。女性の扱い方が分かってる。シュゼインも見習ったほうがいいわ。あ、コンラト、お茶が少ないわ。そろそろ次を用意してちょうだい」
そう言い終わってからごくりとカップを煽った。
クロッカはわざとカップを空けたのだ。
そしてシュゼインをひと睨みすると、コンラトが笑いながら近づく。
「クロッカ様はお優しい。あまり坊っちゃんを甘やかさないで欲しいものですね」
コンラトは昔のように坊っちゃんとシュゼインを称した。まだまだ未熟者とでも責めるようだった。
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