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女神
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父に話をした次の日、エドレッドが夜もふけた頃に我が家へ訪問した。
コンラトに呼ばれ、応接室に行くと、エドレッドの後ろに、会いたくてたまらなかった天使がいた。
シュゼインの顔を見るとにっこりと嬉しそうに微笑む。
思ってもみなかったクロッカの訪問に、顔を見ただけで泣きそうになり顔が歪む。
そんなシュゼインを見てクロッカはすごく驚いていた。
「シュゼイン、お前はここでハイランス嬢と話をするといい。謝罪する機会をやる」
アルベルトがシュゼインに声をかけると、エドレッドと一緒に応接室を出た。彼らは自室にて話をするのだろう。
コンラトが座るように促すと、クロッカとテーブルを挟んで対面して座る。
いつも隣に座るのが当たり前になっていてこの距離がもどかしかった。
「今日はお父様から突然、こちらに伺うことになったと聞いて驚いたのよ。私も来たほうがいいって言って夕方本当に突然。こんな遅い時間にお邪魔するなんて初めてのことで今も混乱しているのよ。説明してもらえる?」
コンラトの用意しているお茶を待たずにクロッカは話始めた。シュゼインの様子を見て、先ほどアルベルトが言った謝罪の機会という言葉を聞いて、これはいい話ではないということが分かったのだろう。そこに表情はなかった。
「すまない。私はクロッカに謝ることしか出来ないんだ。でも、誤解がないように事実を話したい。…最後まで聞いてくれるかい?」
「もちろんよ。いい話ではなさそうだし、最悪の想定をしながら聞いてあげる」
今にも泣き出しそうな彼に、意地悪を言うように微笑むと、彼女はシュゼインが話をし始めるのを待った。
コンラトが合図かのようにソーサーにカップを乗せて2人の前に置いた。
カリーナの生家の領地で、一番有名なイディルのティーセットだった。
ワーデン家では食器のほとんどをイディルのもので揃えている。
例外的に、外での茶会で使うのは緑がかった青が印象的なティーセットだったが、白いテーブルクロスに上品なブルーグリーンが爽やかで印象に残ると母がよく言っていたと聞いた事がある。アルベルトはその一つだけ違うティーセットを好んでいたようだった。
アルベルトは今でもカリーナを愛していると誰もが感じていた。
シュゼインも、クロッカをそんな風にいつまでも愛していけると思って疑わなかった。
婚約して10年が経つが、隣に彼女がいるのは当たり前のことで、彼女がいない世界をシュゼインは知らなかった。これからもそれを知ることはないと思っていた。
目の前の真っ白なカップから白い靄が上がっている。
カップを口元へ運ぶと、紅茶の香りが鼻に抜ける。
優しく撫でるように主張する香りと舌に落ちる濃くも薄くもない旨味が熱く燃える。
引き返せないのだと。まだ迷う心を一緒に飲み込むんだ。
「ステファニー・アウストリア公爵令嬢が私の子を孕んだと、文が送られてきた」
ハンッとクロッカの体のどこから出たのか分からない音が漏れた。
彼女は手に持っていた扇を閉じたまま口元に添えた。
一瞬目が溢れそうなほど見開いた目は、平静を装うように瞑っている。
「失礼。続けてちょうだい」
そう言うと、彼女も何かを飲み込むようにカップに口をつけた。
コンラトに呼ばれ、応接室に行くと、エドレッドの後ろに、会いたくてたまらなかった天使がいた。
シュゼインの顔を見るとにっこりと嬉しそうに微笑む。
思ってもみなかったクロッカの訪問に、顔を見ただけで泣きそうになり顔が歪む。
そんなシュゼインを見てクロッカはすごく驚いていた。
「シュゼイン、お前はここでハイランス嬢と話をするといい。謝罪する機会をやる」
アルベルトがシュゼインに声をかけると、エドレッドと一緒に応接室を出た。彼らは自室にて話をするのだろう。
コンラトが座るように促すと、クロッカとテーブルを挟んで対面して座る。
いつも隣に座るのが当たり前になっていてこの距離がもどかしかった。
「今日はお父様から突然、こちらに伺うことになったと聞いて驚いたのよ。私も来たほうがいいって言って夕方本当に突然。こんな遅い時間にお邪魔するなんて初めてのことで今も混乱しているのよ。説明してもらえる?」
コンラトの用意しているお茶を待たずにクロッカは話始めた。シュゼインの様子を見て、先ほどアルベルトが言った謝罪の機会という言葉を聞いて、これはいい話ではないということが分かったのだろう。そこに表情はなかった。
「すまない。私はクロッカに謝ることしか出来ないんだ。でも、誤解がないように事実を話したい。…最後まで聞いてくれるかい?」
「もちろんよ。いい話ではなさそうだし、最悪の想定をしながら聞いてあげる」
今にも泣き出しそうな彼に、意地悪を言うように微笑むと、彼女はシュゼインが話をし始めるのを待った。
コンラトが合図かのようにソーサーにカップを乗せて2人の前に置いた。
カリーナの生家の領地で、一番有名なイディルのティーセットだった。
ワーデン家では食器のほとんどをイディルのもので揃えている。
例外的に、外での茶会で使うのは緑がかった青が印象的なティーセットだったが、白いテーブルクロスに上品なブルーグリーンが爽やかで印象に残ると母がよく言っていたと聞いた事がある。アルベルトはその一つだけ違うティーセットを好んでいたようだった。
アルベルトは今でもカリーナを愛していると誰もが感じていた。
シュゼインも、クロッカをそんな風にいつまでも愛していけると思って疑わなかった。
婚約して10年が経つが、隣に彼女がいるのは当たり前のことで、彼女がいない世界をシュゼインは知らなかった。これからもそれを知ることはないと思っていた。
目の前の真っ白なカップから白い靄が上がっている。
カップを口元へ運ぶと、紅茶の香りが鼻に抜ける。
優しく撫でるように主張する香りと舌に落ちる濃くも薄くもない旨味が熱く燃える。
引き返せないのだと。まだ迷う心を一緒に飲み込むんだ。
「ステファニー・アウストリア公爵令嬢が私の子を孕んだと、文が送られてきた」
ハンッとクロッカの体のどこから出たのか分からない音が漏れた。
彼女は手に持っていた扇を閉じたまま口元に添えた。
一瞬目が溢れそうなほど見開いた目は、平静を装うように瞑っている。
「失礼。続けてちょうだい」
そう言うと、彼女も何かを飲み込むようにカップに口をつけた。
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