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芽生え
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次の日にはため息をついているのはカリーナの方だった。
恋を自覚したジャクリーンは強かった。
目の前で揺れる髪を見れば指でくるくると弄び、カリーナが視界から消えれば迷わず後を追っていた。
「今日も変わらず美しい」
口から漏れる言葉は角砂糖のように甘かった。困惑しているカリーナも美しいなと思っていた。
恋を自覚した途端、彼の日々は薔薇色だった。
「ジャクリーン、お話があります。お昼は私と一緒に中庭でとりましょう」
その日も前の席の美しく輝くグレーの髪を弄んでいたのだが、彼女は耐えかねたように髪を片方の肩に寄せ、ジャクリーンを向き、有無を言わさず、言い終わるとすぐに前を向いた。
今日はなにやら不穏なオーラが出ている。そんな気はしていたのだが、髪を片方に寄せたために出てきた耳に心を奪われ考えるのをやめた。
彼は幸せの中にいた。
中庭のテラスは風が通り、カリーナの髪はさらさらと靡いている。
一番端の席を陣取ると、学園お抱えの侍女に昼食を持ってくるように頼む。
周りにも数組の生徒がここで昼食を取るようで、少し騒がしくなってきていた。
「ここ数日の貴方の言動にはがっかりしているわ。一体何があったというの?」
一度周りを確認した後、大きく息吸い込んだ後にカリーナは本題を切り出した。
テラスに来てからここまで、ジャクリーンはエスコートするようにカリーナを座らせただけで、あとは見惚れているだけだった。
「何があったと言われても、君に恋をしているのだと気付いただけだ。ここのところの悩みがなくなってすっきりしている」
今更だが、ジャクリーン相手で感情を隠すことも必要ないだろうと淑女教育のページを頭の中でクシャクシャに丸めた。
本来なら相手は公爵家であるし、他の人にするように上手くかわし、触れられた日には遠回しに嫌味の一つでも言って蹴散らすのだが、なにせ幼い頃から知った関係。今更それをしろと言われても無理な話だった。
しかし堪忍袋はとうに切れているカリーナは、蹴散らすなんて生温いと思っていた。
「まぁまぁ公爵家ともあろう方が女性の口説き方も知らないとは驚く限り。婚約者でもない女性の髪や手を握ってもいいと誰に教わったのですか?貴方の行動は私に対する侮辱でしかありませんわ」
直接的な言葉で言わなければ伝わらないだろうとカリーナは考え、そして、言葉でも一線を置いていた。
あえて感情を隠した貴族然とした話し方はしていないが、ここは教室ではないため、公爵家相手に侯爵家のものが不敬を働いていると騒がれても困る。
まぁ話を聞いて事情を察せないような輩は、侯爵家にも公爵家にもいないのはわかっている。
これはただのジャクリーンに対する牽制である。
「好きな人に触れたいと思うのは当たり前のことだろう。止められるわけがない。それ位許せ」
納得がいかないと拗ねるようなジャクリーンにため息をついたのはカリーナだった。
あぁ幸せが逃げていったわ…と教室では使わない扇を開き口元を隠した。
「ジャクリーン様、一つ勘違いしていらっしゃるようですが、女性が触れるのを許可する相手は好いている者に対してだけです。はっきり言いますが、私はジャクリーンは幼馴染としか考えておりません。よって、触れることを許可することは今後もあり得ませんのよ。お分かりいただけたのなら、私に触れることはお辞め下さいね」
ジャクリーンは恋をしていた。そして彼は知らなかった。初恋が叶うことが少ないことを。
恋を恋愛へ変化させるには、相手にも恋をしてもらわなければならないことに気付いていなかった。
「カリーナ……」
切ない声がジャクリーンから漏れると、タイミングを図ったように昼食が運ばれてきた。
優秀な侍女だなとカリーナは侍女に微笑んだ。
「そうか、これからは真面目にカリーナを口説くことにするよ」
満足気に食べていたカリーナの耳に、不穏な言葉が届いたのだが、思いの外美味しい昼食を味わいたい思いが増さり、一度言葉を飲み込んだ。
そうして皿が下げられ、食後の紅茶を用意し終わった侍女が下がると、第二ラウンドとばかりにカリーナは口を開いた。
「ジャクリーン様、先程、私を口説くとおっしゃられたように聞こえましたが、私の聞き間違いでしょうか?」
怒りを隠せず、口元はさりげなく扇で隠す。みっともない姿をジャクリーンの前以外で晒せばそれこそ嫁の貰い手がいなくなるというものである。
もうずっとこめかみが痛い。今日は帰って恋愛小説でも読んで寝よう。こんな口説かれ方があってたまるか!と思っていた。
「いや、これまでカリーナを見つめていられれば幸せだと思っていたが、確かに君にも同じように思ってもらえたのなら、より幸せだと思ったんだよ。僕は何がしたいのかと思った時、カリーナと結婚したいんだとやっと気が付いた。カリーナ、僕と結婚することは、君の家にとってもメリットではないかな。そして親同士も仲がいい。縁談を申し込めば君は受けてくれるだろうか?」
ジャクリーンから出た言葉は意外に真面なもので、一気に怒りも冷めた。しかしこれは非常に困った事態だった。
恋を自覚したジャクリーンは強かった。
目の前で揺れる髪を見れば指でくるくると弄び、カリーナが視界から消えれば迷わず後を追っていた。
「今日も変わらず美しい」
口から漏れる言葉は角砂糖のように甘かった。困惑しているカリーナも美しいなと思っていた。
恋を自覚した途端、彼の日々は薔薇色だった。
「ジャクリーン、お話があります。お昼は私と一緒に中庭でとりましょう」
その日も前の席の美しく輝くグレーの髪を弄んでいたのだが、彼女は耐えかねたように髪を片方の肩に寄せ、ジャクリーンを向き、有無を言わさず、言い終わるとすぐに前を向いた。
今日はなにやら不穏なオーラが出ている。そんな気はしていたのだが、髪を片方に寄せたために出てきた耳に心を奪われ考えるのをやめた。
彼は幸せの中にいた。
中庭のテラスは風が通り、カリーナの髪はさらさらと靡いている。
一番端の席を陣取ると、学園お抱えの侍女に昼食を持ってくるように頼む。
周りにも数組の生徒がここで昼食を取るようで、少し騒がしくなってきていた。
「ここ数日の貴方の言動にはがっかりしているわ。一体何があったというの?」
一度周りを確認した後、大きく息吸い込んだ後にカリーナは本題を切り出した。
テラスに来てからここまで、ジャクリーンはエスコートするようにカリーナを座らせただけで、あとは見惚れているだけだった。
「何があったと言われても、君に恋をしているのだと気付いただけだ。ここのところの悩みがなくなってすっきりしている」
今更だが、ジャクリーン相手で感情を隠すことも必要ないだろうと淑女教育のページを頭の中でクシャクシャに丸めた。
本来なら相手は公爵家であるし、他の人にするように上手くかわし、触れられた日には遠回しに嫌味の一つでも言って蹴散らすのだが、なにせ幼い頃から知った関係。今更それをしろと言われても無理な話だった。
しかし堪忍袋はとうに切れているカリーナは、蹴散らすなんて生温いと思っていた。
「まぁまぁ公爵家ともあろう方が女性の口説き方も知らないとは驚く限り。婚約者でもない女性の髪や手を握ってもいいと誰に教わったのですか?貴方の行動は私に対する侮辱でしかありませんわ」
直接的な言葉で言わなければ伝わらないだろうとカリーナは考え、そして、言葉でも一線を置いていた。
あえて感情を隠した貴族然とした話し方はしていないが、ここは教室ではないため、公爵家相手に侯爵家のものが不敬を働いていると騒がれても困る。
まぁ話を聞いて事情を察せないような輩は、侯爵家にも公爵家にもいないのはわかっている。
これはただのジャクリーンに対する牽制である。
「好きな人に触れたいと思うのは当たり前のことだろう。止められるわけがない。それ位許せ」
納得がいかないと拗ねるようなジャクリーンにため息をついたのはカリーナだった。
あぁ幸せが逃げていったわ…と教室では使わない扇を開き口元を隠した。
「ジャクリーン様、一つ勘違いしていらっしゃるようですが、女性が触れるのを許可する相手は好いている者に対してだけです。はっきり言いますが、私はジャクリーンは幼馴染としか考えておりません。よって、触れることを許可することは今後もあり得ませんのよ。お分かりいただけたのなら、私に触れることはお辞め下さいね」
ジャクリーンは恋をしていた。そして彼は知らなかった。初恋が叶うことが少ないことを。
恋を恋愛へ変化させるには、相手にも恋をしてもらわなければならないことに気付いていなかった。
「カリーナ……」
切ない声がジャクリーンから漏れると、タイミングを図ったように昼食が運ばれてきた。
優秀な侍女だなとカリーナは侍女に微笑んだ。
「そうか、これからは真面目にカリーナを口説くことにするよ」
満足気に食べていたカリーナの耳に、不穏な言葉が届いたのだが、思いの外美味しい昼食を味わいたい思いが増さり、一度言葉を飲み込んだ。
そうして皿が下げられ、食後の紅茶を用意し終わった侍女が下がると、第二ラウンドとばかりにカリーナは口を開いた。
「ジャクリーン様、先程、私を口説くとおっしゃられたように聞こえましたが、私の聞き間違いでしょうか?」
怒りを隠せず、口元はさりげなく扇で隠す。みっともない姿をジャクリーンの前以外で晒せばそれこそ嫁の貰い手がいなくなるというものである。
もうずっとこめかみが痛い。今日は帰って恋愛小説でも読んで寝よう。こんな口説かれ方があってたまるか!と思っていた。
「いや、これまでカリーナを見つめていられれば幸せだと思っていたが、確かに君にも同じように思ってもらえたのなら、より幸せだと思ったんだよ。僕は何がしたいのかと思った時、カリーナと結婚したいんだとやっと気が付いた。カリーナ、僕と結婚することは、君の家にとってもメリットではないかな。そして親同士も仲がいい。縁談を申し込めば君は受けてくれるだろうか?」
ジャクリーンから出た言葉は意外に真面なもので、一気に怒りも冷めた。しかしこれは非常に困った事態だった。
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