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alone
ひとりじゃない
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夜になり、再びフリードの泊まる宿にやってきたクロエの腹は、寝巻きを着ていても分かるほど、まん丸としていた。
「昼のうちにケーキや菓子をたくさん買ったんだが、不要だった…かな…?」
「え?ケーキがあるの!?いただこうかしら…魔力の回復速度って魔力量に比例しないのよね…」
そう言いながらも、腹をさすりながらクロエに笑みが溢れる。
リビルトがお茶を入れ、2人はゆっくりとお茶を楽しんだ。
クロエは、明日にはイシュトハンに帰ること、これから聖女として名乗ることを説明していった。
フリードもリビルトも昨日の爆発事故を知り勘付いていたのか、それほど驚きはしなかった。
今日はあの女王付きだったクリンプトンという髪の長い男を蹴り飛ばしてからここに来たと話したけど、笑いは起きなかった。
話の過程で、ミーリン島国の女王に君臨していることがバレてしまったからだ。
「女王だって!?流石にそれは想像していなかった」
「国内のことがこれほど漏れない国が存在するとは…」
すまし顔のクリンプトンが、今ではいつも動揺しているなんて凄いでしょう??と、自慢げだったのに、思わぬ方向へ話が飛んでしまったクロエは悔しさを隠しきれない。
王であっても一時的なもので、それ地位はすぐに捨てるものだ。
「もういいわ!とにかく、私はこれからたった1人の聖女となるの」
今日、枢機卿達が司教達のいる議場で、クロエを魔王と認定すると発表した。
枢機卿達は、事前にクロエから聖女だと聞いていた司教達の思ってもいない反対にあい、その場で乱闘が始まったことは思い出したくもない。
そんなこんなだけど、明日イシュトハンに帰るというのは決定事項だ。
乱闘が始まった時は流石に慌てたが、方向的には望み通りだ。
「ミーリン島側には、明日の朝一番ですぐ島を出ることを話す予定よ。もし…交渉がうまく行かなかったら、私は大陸中から危険因子とされるかもしれない。そしたら…」
「そしたら、そんなもの全て焼け焦がして仕舞えばいい。どれだけ良いことだけしていても、全ての者に好意的に受け取られるのは不可能だ。敵をなくそうとしなくてもいい。敵になったらどうなるのか教えてやれ。それこそイシュトハン戦記を送りつけてやってもいい」
たしかに、全ての人から好かれるなんて無理な話だ。
イシュトハン戦記は徹底的な防衛と、魔力だけに頼らずに地理や効率の良い戦いによって勝利してきた歴史が書かれている。
だが、それこそ人間の敵のような残酷な魔王ではないか。
大陸の歴史全てを消し去るつもりなんてない。
「私は戦いは起こしたくない。それこそ大地を焦がす魔王のようだわ…」
「クロエらしい。なら、もし失敗した時のことなんて考えなくても良い。成功するまで頑張れば良いだけだ」
「成功するまで…」
クロエはダメなら魔王と言われながらもイシュトハンはどの国とも敵対しないと公表することは決めていた。
でも、諦めなくても良いかもしれない。
聖女だと主張し続けても良いかもしれない。
少し心が軽くなった。
魔王となり、大陸中から命を狙われるのではないかと、領民や国民が危険に晒されるかもしれないと思っていた。
それだけでは終わらないかもしれないと考える。
「クロエは護りたいものを護ればいい。君に協力してくれる人はたくさんいる。もし、途中で失敗と呼ばれるようなものになったとしても、そこからより良い方向に行くように皆んなで模索すればいいんだ。最後まで最善を尽くす。それが貴族であり、力あるものの責任だ。リビルト、そうだろう?」
「えぇその通りです。それに、世論を動かすのはフリードリヒ様の得意分野です。クロエ様の作戦も効果的なものであったと思います。こちらも何かあれば動きやすい素晴らしい成果です」
リビルトは長くフリードに使える執事だ。
王宮で王子殿下の専属の執事として抜擢されるだけの実力がある。
王宮の執事は情報の入手はもちろんのこと、表向きは王子の世話をしつつ、裏で多くのことを行う。
必要とあれば王子の秘書と同じように手足となる存在だ。
そんな有能なリビルトに褒められるのは悪くない。
「うん。今のところ私にしては上手くいっていると思うの。それでも最悪の状態は想定しておかなきゃいけない。そうでしょう?」
クロエはリビルトが差し出したケーキを見つめた後、フリードとリビルトを交互に見る。
「それは1番大切なことだね」
「はい。当然想定しないといけないことです」
「私の最悪の想定は、関係ない人たちが人質にされることなの。守りきれない範囲を大勢で攻撃されたら護れるものも護れない。そうやって脅されて屈することになるのが嫌なの」
クロエは一度フォークに手をかけたが、そのまま元に戻す。
流石にこの話題の中食べる気にはならなかった。
「もしかして、ひとりで全部護ろうと考えているのか?」
「え?」
フリードに言われて、自分の魔力の限界を常に考えていたことに気付く。
「たとえば、イシュトハンではなく、兄上が狙われても他国からの攻撃をただ黙って受けるなんてことはないはずだ」
フリードは安心させるかのようにゆっくりと優しい声で説明する。
いつのまにか自分が全てやらなければならないと考えていた。
そのことに気がついて、衝撃が走る。
「だから、安心してケーキを食べな」
ふわりと笑ったフリードが、何だかとても大人に見えた。
「昼のうちにケーキや菓子をたくさん買ったんだが、不要だった…かな…?」
「え?ケーキがあるの!?いただこうかしら…魔力の回復速度って魔力量に比例しないのよね…」
そう言いながらも、腹をさすりながらクロエに笑みが溢れる。
リビルトがお茶を入れ、2人はゆっくりとお茶を楽しんだ。
クロエは、明日にはイシュトハンに帰ること、これから聖女として名乗ることを説明していった。
フリードもリビルトも昨日の爆発事故を知り勘付いていたのか、それほど驚きはしなかった。
今日はあの女王付きだったクリンプトンという髪の長い男を蹴り飛ばしてからここに来たと話したけど、笑いは起きなかった。
話の過程で、ミーリン島国の女王に君臨していることがバレてしまったからだ。
「女王だって!?流石にそれは想像していなかった」
「国内のことがこれほど漏れない国が存在するとは…」
すまし顔のクリンプトンが、今ではいつも動揺しているなんて凄いでしょう??と、自慢げだったのに、思わぬ方向へ話が飛んでしまったクロエは悔しさを隠しきれない。
王であっても一時的なもので、それ地位はすぐに捨てるものだ。
「もういいわ!とにかく、私はこれからたった1人の聖女となるの」
今日、枢機卿達が司教達のいる議場で、クロエを魔王と認定すると発表した。
枢機卿達は、事前にクロエから聖女だと聞いていた司教達の思ってもいない反対にあい、その場で乱闘が始まったことは思い出したくもない。
そんなこんなだけど、明日イシュトハンに帰るというのは決定事項だ。
乱闘が始まった時は流石に慌てたが、方向的には望み通りだ。
「ミーリン島側には、明日の朝一番ですぐ島を出ることを話す予定よ。もし…交渉がうまく行かなかったら、私は大陸中から危険因子とされるかもしれない。そしたら…」
「そしたら、そんなもの全て焼け焦がして仕舞えばいい。どれだけ良いことだけしていても、全ての者に好意的に受け取られるのは不可能だ。敵をなくそうとしなくてもいい。敵になったらどうなるのか教えてやれ。それこそイシュトハン戦記を送りつけてやってもいい」
たしかに、全ての人から好かれるなんて無理な話だ。
イシュトハン戦記は徹底的な防衛と、魔力だけに頼らずに地理や効率の良い戦いによって勝利してきた歴史が書かれている。
だが、それこそ人間の敵のような残酷な魔王ではないか。
大陸の歴史全てを消し去るつもりなんてない。
「私は戦いは起こしたくない。それこそ大地を焦がす魔王のようだわ…」
「クロエらしい。なら、もし失敗した時のことなんて考えなくても良い。成功するまで頑張れば良いだけだ」
「成功するまで…」
クロエはダメなら魔王と言われながらもイシュトハンはどの国とも敵対しないと公表することは決めていた。
でも、諦めなくても良いかもしれない。
聖女だと主張し続けても良いかもしれない。
少し心が軽くなった。
魔王となり、大陸中から命を狙われるのではないかと、領民や国民が危険に晒されるかもしれないと思っていた。
それだけでは終わらないかもしれないと考える。
「クロエは護りたいものを護ればいい。君に協力してくれる人はたくさんいる。もし、途中で失敗と呼ばれるようなものになったとしても、そこからより良い方向に行くように皆んなで模索すればいいんだ。最後まで最善を尽くす。それが貴族であり、力あるものの責任だ。リビルト、そうだろう?」
「えぇその通りです。それに、世論を動かすのはフリードリヒ様の得意分野です。クロエ様の作戦も効果的なものであったと思います。こちらも何かあれば動きやすい素晴らしい成果です」
リビルトは長くフリードに使える執事だ。
王宮で王子殿下の専属の執事として抜擢されるだけの実力がある。
王宮の執事は情報の入手はもちろんのこと、表向きは王子の世話をしつつ、裏で多くのことを行う。
必要とあれば王子の秘書と同じように手足となる存在だ。
そんな有能なリビルトに褒められるのは悪くない。
「うん。今のところ私にしては上手くいっていると思うの。それでも最悪の状態は想定しておかなきゃいけない。そうでしょう?」
クロエはリビルトが差し出したケーキを見つめた後、フリードとリビルトを交互に見る。
「それは1番大切なことだね」
「はい。当然想定しないといけないことです」
「私の最悪の想定は、関係ない人たちが人質にされることなの。守りきれない範囲を大勢で攻撃されたら護れるものも護れない。そうやって脅されて屈することになるのが嫌なの」
クロエは一度フォークに手をかけたが、そのまま元に戻す。
流石にこの話題の中食べる気にはならなかった。
「もしかして、ひとりで全部護ろうと考えているのか?」
「え?」
フリードに言われて、自分の魔力の限界を常に考えていたことに気付く。
「たとえば、イシュトハンではなく、兄上が狙われても他国からの攻撃をただ黙って受けるなんてことはないはずだ」
フリードは安心させるかのようにゆっくりと優しい声で説明する。
いつのまにか自分が全てやらなければならないと考えていた。
そのことに気がついて、衝撃が走る。
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