婚約破棄のためなら逃走します〜魔力が強い私は魔王か聖女か〜

佐原香奈

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Wake up

幼き悪魔の傷

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ジュリアンのところに行きたい。


頭の中で思い浮かぶのは、その言葉しかなかった。
今イシュトハンからは離れられないという事実がクロエを余計に追い詰めている。


過去、ジュリアンに悪魔だと言われた時はまだその言葉の意味に気付いていなかった。
ただ、目の前にいるジュリアンが自分に怯えているのは何故なのか不思議だっただけだ。
ポカンとしてジュリアンをしばらく見つめた後、我に返って謝り倒すジュリアンの腕の中で、何か悪い事を言われたのだと自覚はしたものの、謝っているのだから許してあげるべきなのだと思っていた。


それからジュリアンは罪悪感からかイシュトハンによく顔を出した。
転移しなくてもジュリアンは会いにきてくれる。その事がとても嬉しいと思っていたが、だんだんとジュリアンが自分のことを嫌っているのではないかという不安に襲われる事になった。
ジュリアンは魔法書を読んでくれたり、クロエの話をよく聞いてくれたが、自分の話をすることはなくなった。
目線や、声色や、ふとした瞬間の表情で、無意識に不安を覚えていった。
急激に襲われる不安に、クロエはジュリアンの元を離れるのを極端に恐れるようになった。


一緒にいてくれる時間だけが安心できる時間であり、ジュリアンは自分が嫌いだから帰ってしまうのではないかと考えていたからだ。


「お願い。ジュリアン帰らないで。わたしのこと嫌いじゃないなら一緒にいて」


それまで以上にジュリアンに執着するクロエに、母も父も困り果てていた。
クロエが転移しないように結界を張ったり色々と策は練ったが、全てが無駄に終わった。
そして、その不安定なクロエを見て益々罪悪感に駆られたジュリアンも、罪悪感を埋めるかのようにクロエがいる生活を希望するようになる。


「明日は魔法のテストの日なんだ。ベッドに入って練習を見てるだけになりますが、それでもいいならダンコーネス家にお泊まりしていきますか?」


ジュリアンの足に縋りついていたクロエを抱えて、王都のダンコーネス家の屋敷に帰るのにも周りが慣れてきた頃、漸くクロエは自分の魔法が周りの魔法と違う事に気がつくようになった。


「ジュリアン、ジュリアンは魔法を使う時、どうして呪文を唱えるの?魔導書に書いてあるから?」

「そう…ですね」

「でも、ほら、呪文を使わなくても火はつけられるよ?」

クロエがパンッと手を叩くと、ジュリアンの机の上に並べられた蝋燭全てに火が灯る。


「すごいね!転移と火をつけること以外に何の呪文も唱えずに出来る魔法はありますか?」


魔法科に通うジュリアンも魔力は人並み以上にはあり、コントロールも上手く出来る優等生だった。
それでもその優等生と言われる影では多くの時間を割いて練習しているのをクロエはずっと見ていた。


「えっとね、火をつけるのと、竜巻をおこすのと、あとね、本を捲るのも出来るよ!」


「ハッハッ!竜巻も無詠唱で作れるのですか。すごいな」

「うん。風はね、一番難しいの。だからね!使うときはとっても大きな魔法になっちゃうから、あまり使わないけど、本当は竜巻を起こすのが一番簡単なの」

「一番難しいのに一番簡単?」


ベッドから身を乗り出して話すクロエの頭を撫でる。
細くて柔らかい髪の毛がふわりと手のひらで滑った。


「そうなの。強い風が吹けば葉っぱでも血が出るし、痛いから弱い竜巻を作りたいけど、それはとっても難しいの。」


「そうですか。もっと練習したらきっと弱い竜巻も作れるようになりますよ」


いつしかジュリアンが学園から帰ってくるのを屋敷でクロエが待つようになった。
一人で王都まで転移してくるのはもう珍しいことではなく、屋敷の使用人達も慣れたものだった。
それでもクロエは使用人にチヤホヤされながらも誰一人として懐かなかった。
決して無愛想なわけでもなかったが、イシュトハンで教育される徹底した使用人との距離を破ることはなかった。



「ジュリアン、私は悪魔なの?悪魔って元々は天使だったんでしょう?さっき、洗濯してた侍女さんに、「天使さん飴でもいかが?」って言われたの。私はいつから悪魔になっちゃったの?」


学園から帰ってきたジュリアンが部屋のドアを開けると、教会でもらってきたであろう絵本を片手に持ったクロエがいた。
明かりもつけず空を見つめていたクロエに、申し訳なさでいっぱいになった。
それでも心のどこかで悪魔だと思っている自分がいる。


『そうだ、君は悪魔だ』


そういう残酷な言葉が浮かぶが、ジュリアンは黙ってクロエを抱きしめた。


だが抱きしめ切る前に、バチッと腕に痛みが走った。
クロエが無意識に拒絶したのだ。
魔力が暴走しかかっていたが、クロエは静かに暴れ回る魔力を回収するように落ち着かせる。
本来なら子供が出来るような制御ではなかった。


そこから彼女は自分は悪い悪魔だと卑下するようになった。
その思いが強くなるにつれてジュリアンも避け始め、一人を好むようになる。
流石に心配したサリスが、ジュリアンに再び頼るまでそう長くはかからなかった。


「クロエ、最近会いに来ないが、どうしたんだ?」

「特に理由はないの。裏山で魔法を使ってるのが楽しいだけ」


ジュリアンがイシュトハン邸を訪れた時も、クロエは一人で裏山で魔導書を読んでいた。
その周りはクロエの残した魔法の痕跡が多く残っている。


「私はクロエが来なくて寂しかったですよ」


「嘘つき」


ジュリアンがクロエの頭に手を置こうとしたが、それは叶わなかった。
クロエはジュリアンの手を払い除けてどこかへ転移してしまったのだ。
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