婚約破棄のためなら逃走します〜魔力が強い私は魔王か聖女か〜

佐原香奈

文字の大きさ
上 下
110 / 142
Wake up

神の摂理

しおりを挟む
ダリアを中心に、ミーリン島の魔法騎士達との合同騎士団が臨時に設置された。


サステナはイシュトハン邸の別邸で過ごす日々が続く。
クロエもまた、イシュトハン本邸で過ごす日々が続いていた。


「明日以降の見回り当番表が届きました」

「ありがとう。そこに置いておいて」


このイシュトハン邸は、引っ切りなしに人が出入りしている。
全く使われなかった転送装置も日に何度も使われ、転送装置専用に魔術師たちの勤務表があるほどだ。

イシュトハン領の通常業務は父と母に任せ、魔獣捕獲の合同騎士団を含む、滞在するミーリン島の人たちの食事、護衛や見回りなどの警備体制、増員された者達の引き継ぎの進捗、それらにかかわる経理と、やることは山積みだ。


「フリード、サステナ陛下から夕食の誘いがあるけど、断っていいわよね?今回の滞在は外交目的だと勘違いしてるのかな?あぁ…これ断るの何度目だっけ?」

「返事はリビルトに行かせよう。主人は多忙の為、暫くは時間が取れそうもありません。と伝えて、そうだな…商会でも呼んで買い物でもどうかと提案して来てくれ。引き下がらないなら、魔獣の件での対応を優先でとのステラからの命令だと言えば黙るだろう」


「仰せのままに」

「あーリビルト、それ終わったらちょっと休憩していいわよー」

「いえ、手をつけたものがありますので、戻ります」

「じゃあキリをつけてから向かえばいいわ」


急遽、事実上の魔獣対策本部と化した客室の一つは、壁に地図や勤務表が貼られ、優雅にお茶の時間も取れない殺伐とした空間だった。


「クロエも少し休んだら?」


「ありがとう。でもこの後ステラ姉様が来るから報告書も纏めないと」


「それは私がやろう。他には?」

「合同騎士団のために買ったものの請求書の束がまだ手付かずなのと、お父様のところにこっちの請求書が間違っていってないかもチェックして…あぁっ!なぜ私は今こんなことを!?今日はサリーの新居への引っ越しの日だというのに遊びにも行けないっ!」

「魔獣さえ見つかれば、すぐに遊びに行けるさ。急ぎのものが終わったら今日は早めに終わろう」



早めに終わるはずが、何故か2人は、夕食をステラとサステナと一緒にとることになった。
予定外にサステナが本邸に何か手伝うと乗り込んできたからだ。


イシュトハンや魔法省の戦力を含む機密も含む資料が多いので、当然他国に見せられる書類ではない。
丁重にお断りするのに、ステラが苦渋の選択として夕食を選択したのだ。



「そういえば、イシュトハン公爵はマトゥルスの従属国となったフッケルン王国の第二王子だと伺いました」

「はい。フッケルン王国の国王が私の兄です」

「では、やはりイシュトハン公爵夫人とは政略結婚で結ばれたのですね」


イシュトハン本邸のダイニングは、他国の王が座っても然程違和感はないが、サステナだけは例外のようだった。
重厚な家具達に剣が飾られた部屋に、ふわふわのお姫様のような女性は妙に浮いて見える。
彼女だけ別の世界の住人のようだ。


「いいえ、彼女とは幼馴染ですし、私の初恋の相手でもあります」

「まぁ、それは意外ですわ。別の色を堂々と纏われていますのに」


またその話かと、クロエはため息をつきたかった。
魔力オーラなんて、何かの呪いじゃないのだろうか。
それでも冷たい水を口に含んでなんとか息を飲み込む。


「サステナ陛下、他人の家のことを詮索するようなことは食事の席では相応しくありませんよ」


サステナの後ろに控えていた側近のロン毛が、サステナを嗜める。
彼はポーションを飲んだ人だと思うが、常識のある人のようで安心する。


「えぇ、でもステラ陛下も含めて伝えなければならないこともありましたし、少しくらい前置きをしてもいいでしょう?」

「伝えなければならないこと?」


ステラはワインの入ったグラスを置く。
今日は報告を受けるのを目的としていたので、ドレスも地味めなドレスだ。



「はい。マトゥルスでお会いした、ステラ陛下、バーナム公爵夫人、そしてイシュトハン公爵夫人は三姉妹だと伺いました。大変魔力が多いようですが、神の摂理に反する存在となり得るかと思います」

「神の摂理に反する?」

「はい」

ステラの顳顬がピクリピクリと動いている。


「ステラ陛下への侮辱とも取れる言い回しでしたが、神の摂理とやらを説明いただいても?」


ステラが爆発寸前だと察したフリードがサステナに説明を求める。


「イシュトハン公爵が求めるのならば喜んで」


サステナは少し頬を染めながら、神話について語り始めた。


その昔、魔力の器を授けられた女性は、神の愛し子として大切にされていた。
ミーリン島の国王の側室の1人として囲われることになった女性は、5人の子供を授かり、そのいずれもが器を持つ愛し子だった。


神話に出てくる愛し子のその後の話をサステナはそのまま続ける。イシュトハンでは聞くことのない初めて聞く話だった。



多くの国から縁談が舞い込み、愛し子達も数千年が経つと、珍しい存在ではなくなっていた。
その中でも愛し子の血を濃く受け継ぐ数人が世界を掌握出来るほどの魔力を持って生まれた。


東の魔王ユリウス
西の魔王リュカ
南の魔王キーブス
北の魔王ジネヴィア


4人が最後の魔王として名を馳せたのが、ミーリン島に伝わる世界史の最後だ。
ここからはミーリン島の歴史として語り継がれているらしい。


魔王と呼ばれたもの達は、大きすぎる魔力を持ったため、幼い頃から様々な国に売られ、奪われ、戦争に駆り出され、災いの種と言われていた。


魔王の属する国は戦争を繰り返して領土を広げ、大陸戦争は4人の魔王の代理戦争のようになる。
死にゆく人々と傷付く自らの身体。
いつしか彼らは世界の滅びを望むようになる。
巨大な魔力を持った4人は、漸く孤独から解放された。
願望が彼らを結びつけたのだ。


巨大な魔力は戦いしか産まない。
4人は大陸中から魔術師を消し去り、大陸から国境をなくした。
そして、世界をリセットするように全てを焼き払った。


その後、4人は魔力創出の地、ミーリン島に集まり、全ての魔力を持って魔力創出を止めようとした。
その4人の亡骸の横には、墓石のように刻まれた彼らの想いが刻まれているという。


『この世界からは歴史が消えた。孤独な魔王が現れた時、再び同じ歴史が消えることになるだろう。神が望むのは愛し子たちの小さな喜びである』


「4人の魔王を持ってしても、ミーリン島の魔力創出は完全には抑えることが出来ませんでした。ミーリン島は魔力が生まれる地であり、魔力が還る地でもあるのです。ミーリン島民は島外へ居住を移すことを禁じられています。それは、魔王を島外へ出すことを危惧しているからです」


「神話の続きのような話、ミーリン島のみにその歴史が残されている理由は?面白い話で興味深いですが、とても信じることは出来ませんね」



話の落ちを察したように、ステラが笑みを浮かべる。
サステナはステラを一度見たが、視線をフリードに戻して続けた。



「イシュトハン公爵、彼女達の魔力は島外の者には考えられない大きなものです。神の意志に反して存在しているとしか考えられません。愛し子ではなく、新たなる魔王と言ってもいい。特にイシュトハン夫人は覚醒すらしていな…」


「もうお黙りになって。ここへ来たのは侵略の為でしたか?」

「サステナ様、これ以上は」


ステラの魔力がユラユラと不安定に漏れ出していた。
慌てたように長髪の側近がサステナとステラの間に入り、サステナを止める。
ここで攻撃すれば、戦争を始めることになる。
ミーリン島はこの国が欲しいわけではないし、争うことは望んでいないことは伝わる。


クロエは魔王と言われて混乱しているようだった。

「大丈夫か?」

フリードが声をかけても反応は返ってこない。


「私たちは先に失礼します。不愉快な夕食となり残念です」


フリードはサステナと目を合わせることもなく、クロエを抱えてダイニングを出た。
いつものように抵抗されることもなく腕の中に収まるクロエが心配で堪らなかった。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

処理中です...