101 / 142
just married
オオカミさんたちの策略
しおりを挟む
「結婚式もこれからだし、クロエも心の準備も出来ていなかった。前日の夜に、好意を持てるはずがないとまで言われていて、手が出せるやつがいるか?」
フリードはため息を吐いた2人にむくれたようにしながら説明をした。
「殿下が婚約したのは半年前でしたよね?」
ハーベストはサリーから聞いていた話との相違点を埋めようと質問をする。
熱烈に求婚をして結ばれたのではなかっただろうかと。
頭の中では、マトゥルス王国建国時の騒動が過ぎる。
実はただの政略結婚だったのではないか。
不仲を悟らせないための演技をしているのではないか。
芽生えた疑念はハーベストの頭の中で膨らんでいった。
ハーベストがよからぬ疑念を持ったことは、貴族である2人ははっきりと感じられた。
感情を顔に出さないことは貴族の嗜みの一つ。だからこそ、少ない表情から感情を読もうとする癖がついてしまっている。
「ハーベストは知らないかもしれないが、元々、社交界でも殿下の結婚相手はイシュトハンの末娘だということは暗黙の了解だった。いつ伯爵令嬢をお連れになるのか。社交界に顔を出さない超越者が王室に入れば安寧が訪れる。イシュトハンと王室の婚姻は何年も前から期待されていたんだ。それに、幼いころから、殿下の伯爵夫人に対する配慮はとても有名なんだよ」
マグシスが、意図を汲んだ様に前座とばかりにハーベストに説明をする。
「婚約をしたのは半年前だが、ずっとすれ違ってしまっていたんだ。今はまだ出来てしまった隙間を埋めているところ。情けない話だね」
「えっと…情けないとは思いませんが、それは初夜もままならない程の隙間だったのですか?」
こんな話まですることになるとは思っていなかったフリードは、少しだけ躊躇した様に一瞬だけ目を閉じる。
「拒んだのは私なんだ」
「前日に振られてたら手は出しにくいだろうが、女性の為にもそこは口説き落とさなきゃダメなんじゃないか?」
「そうですね。それに、特にこう言った茶会の前は周りに不仲だと思われない様に配慮するものだと聞きました」
マグシスもハーベストも独身の男だ。
それでも理解してもらう為にはもう全てを話さなければならなかった。
誰かに理解してほしい。そういう思いも少なからずあった。
「対外的には結婚式を挙げていないというのを理由に出来ると思っていた。それに、ここ数日は一緒に寝ているし、当主であるのは彼女であり、周りを気にする環境ではないというのもある」
「なるほど。見方を変えれば、ないがしろにされているのは殿下の方だと…」
「でも…内情を知らない人から見れば、男性が当主だと思われる方も多いのでは?どうしても『伯爵』と呼ばれるのは男性ですし、爵位を持っていても、夫人と呼ばれれば伯爵の夫人であるかのように平民には思えてなりません。平民にもオーラが見える者は沢山いますし」
ハーベストの平民からの視点に、2人はハッとした。
貴族であるからこそ、爵位を持っているのは誰なのか認識しているが、他国の使者たちはどうだろうか。
女性であるから当たり前に伯爵という爵位を持っている女性という意味で伯爵夫人と呼ぶことが一般的だった。
どちらにせよ、オーラは重要になってくるということだ。
「無理に身体を許してくれても私は何も嬉しくないし、長い目で見ればこれだけ待ったのに、初夜だというだけで許されたくはないんだよ。義務で妻を抱くなんて、それこそ政略結婚のようじゃないか」
「まぁ…では噂を流してはどうです?」
「噂?」
「イシュトハン夫妻は結婚式まで純潔を守る信心深い考えをお持ちだと」
マグシスの提案が頭の中で一周した後、霧が晴れていく様な感覚を覚えた。
フリードは椅子の背に身を任せて一呼吸すると口元を緩ませる。
「いい考えだ」
「丁度ここにいるのは公爵家の私と、噂を流すには適任とも言える商会のご子息。貴族にも平民にも噂を流しやすい。それに、記者に記事を書かせるのもいいですね。手はいくらでもあります」
悪巧みを楽しむようなマグシスの黒い笑みに、フリードもつられる。
「お二人とも、そんな国でも滅ぼす策略のような顔をしていますが、ただの夫婦仲の話ですよ?」
「重大な伯爵家の機密事項の話だ」
心底真面目な顔をしてフリードはお茶を口にする。
「あとは、初夜のために殿下が納得のいくシチュエーションを用意出来るかどうかですね」
マグシスがお茶を含んだあと、気軽に言ったこの言葉でフリードはこの策略をやめることになる。
「いや、この話を流せば結婚式まで待たなくてはならない。この後新婚旅行もあるのに何の拷問なんだ…信心深くなくていいから、期間を限定しない言い訳はないか?」
「新婚旅行…確かに拷問ですね。もう今すぐに抱いてきたらどうです?その方が楽でしょう。夫人も拒まないのでしょう?」
「いや拒むだろう。毎日同じベッドで寝るのにどれだけ苦労していると思っている」
「そうか。同じベッドでは寝ているのに難儀なことですね…あと一歩だと思うのですが…」
堂々巡りの予感がしたマグシスは、無理矢理にゲームを再開する。
「きっとその内いい案が浮かびますよ」
面倒くささを隠そうともせず矢を放ったマグシスは、そのまま優勝をもぎ取った。
フリードは散々な結果だったという。
いくつかの代替え案を出してお開きになったゲームの勝者には、戦略の見本と言われる貴重なイシュトハン戦記の先読み権が贈与されたそうだ。
マグシスとハーベストは後に少しだけ後悔する。
やはりもっと嗾けるべきだったと。
フリードはため息を吐いた2人にむくれたようにしながら説明をした。
「殿下が婚約したのは半年前でしたよね?」
ハーベストはサリーから聞いていた話との相違点を埋めようと質問をする。
熱烈に求婚をして結ばれたのではなかっただろうかと。
頭の中では、マトゥルス王国建国時の騒動が過ぎる。
実はただの政略結婚だったのではないか。
不仲を悟らせないための演技をしているのではないか。
芽生えた疑念はハーベストの頭の中で膨らんでいった。
ハーベストがよからぬ疑念を持ったことは、貴族である2人ははっきりと感じられた。
感情を顔に出さないことは貴族の嗜みの一つ。だからこそ、少ない表情から感情を読もうとする癖がついてしまっている。
「ハーベストは知らないかもしれないが、元々、社交界でも殿下の結婚相手はイシュトハンの末娘だということは暗黙の了解だった。いつ伯爵令嬢をお連れになるのか。社交界に顔を出さない超越者が王室に入れば安寧が訪れる。イシュトハンと王室の婚姻は何年も前から期待されていたんだ。それに、幼いころから、殿下の伯爵夫人に対する配慮はとても有名なんだよ」
マグシスが、意図を汲んだ様に前座とばかりにハーベストに説明をする。
「婚約をしたのは半年前だが、ずっとすれ違ってしまっていたんだ。今はまだ出来てしまった隙間を埋めているところ。情けない話だね」
「えっと…情けないとは思いませんが、それは初夜もままならない程の隙間だったのですか?」
こんな話まですることになるとは思っていなかったフリードは、少しだけ躊躇した様に一瞬だけ目を閉じる。
「拒んだのは私なんだ」
「前日に振られてたら手は出しにくいだろうが、女性の為にもそこは口説き落とさなきゃダメなんじゃないか?」
「そうですね。それに、特にこう言った茶会の前は周りに不仲だと思われない様に配慮するものだと聞きました」
マグシスもハーベストも独身の男だ。
それでも理解してもらう為にはもう全てを話さなければならなかった。
誰かに理解してほしい。そういう思いも少なからずあった。
「対外的には結婚式を挙げていないというのを理由に出来ると思っていた。それに、ここ数日は一緒に寝ているし、当主であるのは彼女であり、周りを気にする環境ではないというのもある」
「なるほど。見方を変えれば、ないがしろにされているのは殿下の方だと…」
「でも…内情を知らない人から見れば、男性が当主だと思われる方も多いのでは?どうしても『伯爵』と呼ばれるのは男性ですし、爵位を持っていても、夫人と呼ばれれば伯爵の夫人であるかのように平民には思えてなりません。平民にもオーラが見える者は沢山いますし」
ハーベストの平民からの視点に、2人はハッとした。
貴族であるからこそ、爵位を持っているのは誰なのか認識しているが、他国の使者たちはどうだろうか。
女性であるから当たり前に伯爵という爵位を持っている女性という意味で伯爵夫人と呼ぶことが一般的だった。
どちらにせよ、オーラは重要になってくるということだ。
「無理に身体を許してくれても私は何も嬉しくないし、長い目で見ればこれだけ待ったのに、初夜だというだけで許されたくはないんだよ。義務で妻を抱くなんて、それこそ政略結婚のようじゃないか」
「まぁ…では噂を流してはどうです?」
「噂?」
「イシュトハン夫妻は結婚式まで純潔を守る信心深い考えをお持ちだと」
マグシスの提案が頭の中で一周した後、霧が晴れていく様な感覚を覚えた。
フリードは椅子の背に身を任せて一呼吸すると口元を緩ませる。
「いい考えだ」
「丁度ここにいるのは公爵家の私と、噂を流すには適任とも言える商会のご子息。貴族にも平民にも噂を流しやすい。それに、記者に記事を書かせるのもいいですね。手はいくらでもあります」
悪巧みを楽しむようなマグシスの黒い笑みに、フリードもつられる。
「お二人とも、そんな国でも滅ぼす策略のような顔をしていますが、ただの夫婦仲の話ですよ?」
「重大な伯爵家の機密事項の話だ」
心底真面目な顔をしてフリードはお茶を口にする。
「あとは、初夜のために殿下が納得のいくシチュエーションを用意出来るかどうかですね」
マグシスがお茶を含んだあと、気軽に言ったこの言葉でフリードはこの策略をやめることになる。
「いや、この話を流せば結婚式まで待たなくてはならない。この後新婚旅行もあるのに何の拷問なんだ…信心深くなくていいから、期間を限定しない言い訳はないか?」
「新婚旅行…確かに拷問ですね。もう今すぐに抱いてきたらどうです?その方が楽でしょう。夫人も拒まないのでしょう?」
「いや拒むだろう。毎日同じベッドで寝るのにどれだけ苦労していると思っている」
「そうか。同じベッドでは寝ているのに難儀なことですね…あと一歩だと思うのですが…」
堂々巡りの予感がしたマグシスは、無理矢理にゲームを再開する。
「きっとその内いい案が浮かびますよ」
面倒くささを隠そうともせず矢を放ったマグシスは、そのまま優勝をもぎ取った。
フリードは散々な結果だったという。
いくつかの代替え案を出してお開きになったゲームの勝者には、戦略の見本と言われる貴重なイシュトハン戦記の先読み権が贈与されたそうだ。
マグシスとハーベストは後に少しだけ後悔する。
やはりもっと嗾けるべきだったと。
0
お気に入りに追加
507
あなたにおすすめの小説
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる