婚約破棄のためなら逃走します〜魔力が強い私は魔王か聖女か〜

佐原香奈

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just married

動けない朝

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フリードにベッドの上で詰め寄られたクロエは、粘りに粘ったが、サリーへドレスを送るところを見て、関係を疑っていたことを白状させられた。


途中、転移してこの場から逃げることも頭を過ったが、それはしてはいけないと考え直した結果、逃げ道を失ってしまった。
口で本気のフリードに勝てないことに初めて気付いた。

しかし解せないのは、馬乗りになって詰め寄ってきたフリードに、布団をぐるぐる巻きにされて朝を迎えたことだ。



初夜というのは甘く語り合い甘く抱き合う夜のことを言うのではなかっただろうか。


それなのになぜ、私は目覚めても簀巻きにされ続けていて、その簀巻きを抱え込むように寝ている天使の尊顔を間近に見ていることしか許されないのだろう。
朝には特に眩しすぎて、さすがに光源が視界に入ると眼球が焼けてしまいそうなのだが、初夜が明けてしまった場合、初夜はいつ訪れるのですか。


物理的に拘束された場合、転移先で誰かに拘束を解いてもらうしかない。
ここで布団を吹っ飛ばせば何事かと屋敷中の者が来てしまうし、恥でしかない。
布団を行方不明にするのもよろしくないと考えれば、フリードを起こすしかない。



「フリード、フリード」


簀巻きにされて手も動かせないので、長いまつ毛に息を吹きかける。
初夜にぐるぐる巻きにされていたなんてジェシーに知られるのが想定される最悪のシナリオだと結論付けたクロエは、だんだんと必死に起こしにかかった。
芋虫のように体を震わせ、体当たりすれば、フリードの体も揺れる。


「んぅんっ」

「んぅんっ!!じゃないわよ!いつまで私を拘束するつもり?目を抉り取られたくなかったら早く解放して」

「んん…クロエおはよう。よく眠れた?」

まだ夢の中にいるような締まりのない微笑みを向けられて、クロエはゆっくりと瞼を閉じた。



以後、寝起きのフリードを間近で視界に入れることを禁止とする。



そのクソ甘い笑顔は初夜で使われるべきものじゃないのか?と思いながらもグッと耐えて、口の中で呪文を唱え、部屋に雪を降らせれば、しばしの間雪を眺めていたフリードが、簀巻きのクロエに気付き、解放して言い放った。


「そんな格好をしていたら寒いだろう」


簀巻きから解放された体はガウンが乱れ、中に着ている隠れているのか隠れていないのか分からない夜着が皺になっていた。
そんな格好の目的も果たさず、むしろお披露目する機会もなく朝を迎えたことに腹が立ったクロエは、まだ雪のちらつく部屋でガウンを脱ぎ捨ててベッドの上に立ち上がった。


「あなた、昨夜が初夜だって忘れたの?この破廉恥な夜着を何の為に着せられたか分からない?初夜に簀巻きにされた可哀想な嫁に寒いだろうって?残念ね。ヌックヌクで暑いくらいだったわよ!」


ガウンをフリードに投げつけ、クロエはそのままジェシーを呼んだ。
「寒いだろう」その言葉がクロエの怒りを燃え上がらせたのだ。


その日、クロエは朝食を簡単に済ませると、ヒューベルトとフリードにエイフィルへは先に向かうと言い放ち、ダイニングから姿を消した。
フリードがヒューベルトから憐れみの目を向けられたのは仕方のない事だった。







「ダリア姉様」

「あらクロエ早かったわね。1人で来たの?」

「えぇ。男共は食べるのも遅いので置いてきました」

「フリードは連れてきたほうが良かったんじゃないかしら?」

「アレはお父様と来ればいいです…ダリア姉様はお疲れではありませんか?」


騎士服を着た勇ましい姿のダリアは朝も夜もなく、仮眠だけで済ませているという。
すぐに初夜に何かあったことは、バレてしまったようだったが、それを聞かれることはない。
まさか初夜に簀巻きにされていたなんて想像すらしていないだろう。


ダリアから簡単に現状の説明を受けたが、大賢人様の補助で増員された治療士は交代で休みを取れて魔力にも余裕ができているようで、今は通常の治療所とほぼ変わらないところまで落ち着いてきたということだった。
また、エイフィル一帯の宿や森は一斉捜索したが、魔力の痕跡も見つからず、魔導士の行方も魔獣の行方も掴めていないようだった。


それを聞いたクロエは、捜索に加わることにした。
エイフィルのフラットでワンピースにマントを羽織ると1人河原へと転移する。
川沿いの隠れられそうな草原はすでに探し終えたと聞かされたが、クロエは自分の目で確かめたかった。
地図を見た限り、川が一番細くなっていた場所は、身体強化をすれば、隣の領地から渡って来れるのではないかと思ったからだ。



宿場でもなく森でもなければ、どこかの空き家に潜伏することもあるかもしれない。
でもここは田舎で、他所者がいればすぐに気付いてしまう。
ならば境界線のように引かれた川を越えれば騒ぎが起きても話は伝わらないはずだ。
領主が変われば伝達も遅れる。それも都合がいいように思う。


魔獣の足跡はないが、思っていたよりも水深はなく、川の流れが穏やかだ。
獣なら泳いで渡ることも可能かもしれない。
エイフィルと隣のリンベル伯爵家の領地とを分けているのは山から流れてくる河川の本流であり、この場所以外は川幅も広い。
透視だけでは分からなかった匂いや肌の感覚、そして何より自分を基準にできる分、距離感も掴みやすくなり、クロエは確信したようにリンベル領へ行くことを決めた。


クロエはすぐさま対岸へ転移すると、河原沿いの草むらを見て周る。
手入れのされてない草むらは鬱蒼としていて、朝早いためか人っ子1人いない。


クロエは用心深く周囲を一周したが、魔獣は隠れられるかもしれないが、ここにはテントを張れないと判断して、街へ向かった。
お互いの姿を見れば魔力が強いことは一目瞭然。
遠くから見つけられないように、治安の悪い細い道を歩き、時には不届き者を成敗しながら中心部へ向かった。
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