婚約破棄のためなら逃走します〜魔力が強い私は魔王か聖女か〜

佐原香奈

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Promenade

見えない内側

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フリードは私が泣き止むのを再び辛抱強く待って、それから王都の屋敷へと戻った。
冷静になれば、フリードに怒鳴りつけたにも関わらず、私も他人から逃げていたのだと自覚すれば、ただただ恥ずかしい。


「僕も転移魔法が使えるようになりたい」


庭園から執務室に移動したのを認識したフリードは、ぽろりとつぶやいた。


「残念ながら転移魔法はコツを教えてあげられないわね」

「マーキングすら僕には出来ないんだけど、クロエは何箇所いけるんだ?」

「うん…先にお茶でも飲まない?ジェシーを呼ぶわ」


クロエの使う転移魔法は、透視できる範囲ならマーキングはいらない。
街の風景が想像出来なければ、近くにいそうな知り合いを透視して、場所のイメージを掴む。
そうすればその場所を見れるようになる。それをマーキングと言えばマーキングかもしれないが、他者が想像しているものではないだろう。
行ったことがなくても所謂マーキングは出来るのだから。


ジェシーは馬車で帰ってくると思っていたようで、使用人用の休憩室から慌ててやってきた。


「ご主人様~!帰ってくるときは前触れをお出し下さいませ!みんな慌てて夜の準備をしておりますわ」

「あら、帰ってこなければ仕事をサボってもいいと思っているの?」

「そうではありません!こう言ったイレギュラーな勤務体制の日は、メリハリをつけて働くことが不可欠です。朝早くから夜遅くまで全員が出勤しているんですから」

「あぁ、王都の屋敷は普段誰もいないものね…」


卒業式に当主の交代、本邸は魔獣退治の本拠地となって使用人達は休憩する暇もないと言われればその通りだ。


「悪かったわ。帰宅したらまず知らせることにするわ」

「うぅううう…帰宅が分かるだけありがたいです…玄関からお戻りくださればもっと助かりますが、期待出来そうもありませんので諦めます」


子供の頃から転移を繰り返し、学園からの帰宅も転移魔法で、玄関から戻ることはほとんどなかったクロエに、転移して帰宅するのに玄関を使えなんて通用するはずもない。
初めて玄関から入れと言われて、目をパチクリするクロエに、ジェシーは「ご当主様の帰宅も迎え出れない使用人の不甲斐なさをご理解ください~」と泣いた。


「クロエ、予め分かってる時は転移で戻る予定だと伝えればいい」

「そうね…」

当主になると帰宅方法まで使用人に伝えなければならないのかと先が思いやられる。
きっと、魔力の少なかったヒューベルトとの違いに使用人は最初は慣れないはずで、気をつけなければならない。


「ジェシー、疲れたわお茶を入れてちょうだい」

「はい。フリードリヒ様がご用意くださったケーキもご用意致しますか?」

「ケーキ?」

「あぁ、ランチしたレストランのケーキを届けてもらったんだ」

「そうなの。着替えてから貰おうかしら」


二口程しかない小皿の料理ではお腹を満たすことはなく、コルセットが邪魔で満足に空腹感も味わうことができない。


「でしたら、お茶は冷たいものに致しましょう」


喉が渇いていると察したジェシーは、氷とハーブが浮かべられたデカンタをカートから持ってくる。


「クロエのそのドレスをもう見られないかと思うと寂しいな」

「あら、このドレスは気に入ったから、どこかの夜会でも着ていきたいわ」

「初夜のウェディングドレスを脱がせるのは夫の役目と思えば、プロムのドレスを脱がせるのも夫の役目かもしれませんね…私はお茶の用意だけするべきでした。急な帰宅で気が回りませんで申し訳ありません。お風呂の準備は今からしておきますので、ごゆっくりなさってくださいませ。ケーキを持って参ります」


ジェシーはどんどん早口になっていって、慌ててテーブルに保温魔法がかかった布を掛けたポットを置き、カートをそのままにして止めようとするクロエにも気づかずドアを閉めた。


「初夜…」

漸くクロエは思い出した。
フリードの荷物が運び込まれたのは、当主の間の2つ隣の部屋だ。


足を踏み入れたことはないが、その部屋の間にあるのは、浴室のついた寝室だ。
この部屋同様、家具も全て新しくなっているのだろう。


「思えば、この部屋にベッドがないわ…」

「…僕の部屋にもなかった」


通常、各々の部屋にもベッドは置かれて然るべきなのだが、誰の策略なのか、ベッドはない。
途端に気不味い雰囲気が漂う。


「ほら、喉が渇いたんだろう?」


フリードがデカンダからグラスにハーブティーを注いでクロエに渡す。


「ありがとう」

「僕は先に着替えてくるよ。ジェシーがケーキを持ってきたら着替えを手伝ってもらいな。着替えが終わったら呼んでくれたらいい」

「え!?いいの?脱がせたいのかと!」

「無理をさせるつもりはないよ。寝るには早いし、着替えてからゆっくりお茶を飲もう」


キラリと光ったクロエの目を見ても笑いもせず、フリードは椅子を引くと、立っているクロエを座らせ、頬にキスをしてから自室に戻った。



「あの危険なフリードと同じベッドで寝て無事でいられるはずもない…って初夜だから無事じゃなくていいんだ。ん?夫婦だから同じベッドで寝るのも普通のことだわ」


ドレスを脱がされることがなくなったと思えば、意外とあっけなく受け入れたクロエは、ドレスを脱ぐのをジェシーに手伝ってもらうことにしたことを後悔することになった。
丁度いいからと、そのまま風呂に連れて行かれたクロエの叫び声が、王都の屋敷にも響き渡ることになった。



「あぁああああーーーー私の肌がまたプルプルにーーー!」
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