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Promenade

人質の蜂蜜

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よく考えれば事態は複雑だった。
魔法省は王国の管轄であり、イシュトハンは王国に籍はあるものの、クラーク領の立国に続いて王国から出る時期を調整中のはずだ。
まだ詳しくは話せていないが、フリードとの結婚が目安になってくるだろう。
このタイミングで魔法省に助けを求めることに、王国の国民は反発しないだろうかという懸念も出てくる。


「2人は今日中に教会へ申請書を提出しなさい。卒業式の後教会へ行き、プロムへ参加すること。プロムでは、婚姻がなされたこと、イシュトハンとバーナムからクラークまで続く一帯の領地は王国から献上されることがフロージアから公式に発表される。クロエ、結婚をやめるのは今だけだけど、いい?」

「結婚することには特に異議はないわ。その話からすると、今日の発表を持って西部から東部にかけての国境全てがクラークの統治下に置かれるということ?」

「えぇ。そうよ」

「結局は王国は二つに分かれたということになるわね…各省庁はどうなっているの?」

「それはもう動いているから心配は不要よ。各省庁については王国側への配慮に苦慮しているだけだから心配は不要。魔獣の件も問題なく両国で対応していけるわ」

「なら良かった」


ステラはクロエの結婚の意思を確認してくれた。
それだけで十分にこれは自分の意思なのだと納得することが出来た。
スッと傷口に染み渡るような言葉だった。
イシュトハンで起こっている問題が、クラーク家と王家との対立によって放置されることはないということで安心することが出来た。それならば今日の大舞台へと足を向けることが出来る。


「そうそう、だから今日付でイシュトハンの当主はクロエよ。既にフロージアの承認も得ているの。当主としての初イベント、楽しんでいらっしゃいね」


当然当主の移行は考えていたが、結婚式の日取りを目安にするか、独立と同時だと思っていた。
思ってはいたが、前触れもなく告げられるとは思ってもいなかった。

「僕の荷物も今日運んでもらおうかな」

「ええっ!?」


フリードが今日からイシュトハンに住む!?
心の準備なんてそんなもの出来ているわけがない。
ただ結婚をするだけなのだと思っていた。結婚式の後にでも引っ越してくるのだと。
だって結婚の準備なんて一切していないんだから、ずっと先のことだとたかを括っていたのよ!


「フリード、今日はお父様達の荷物の整理があるし、人手は魔獣退治に回してちょうだい。王都の屋敷は主人の部屋を空けてあると言っていたわ。暫くは夜はそちらで寝なさい」


主人の部屋ということは、私も王都の屋敷へ行けと言っているのか。
王都の屋敷には私の私物は一切置いていない。



「私は客室があるんだけど…私はイシュトハンにいたいわ」


「今日結婚するということは今日から2人が寝室を共有するということ。若い2人の為に家具屋が朝から働いているのだけど、2人に初夜は必要ないかしら?」


「初夜!?」


結婚することに同意はしたが、初夜が突然漏れなくやってくるなんて誰も教えてくれなかった。
しかし確かに今日教会に申請書を出せば、今日が初夜になる…のか?
結婚式も挙げていないのに初夜を迎えるのか?
っていうか初夜って何!?


頭が混乱してフリードとステラの言葉が耳を脳裏抜けていく。
フリードと甘い夜を迎えるほど距離は近くはない。


「まだ結婚は白紙に戻せるのですか?」


ゴクリを息を飲んだ後、念の為、そう…念のために確認してみた。


「ステラが余計な事を言うから!」

「貴方が不甲斐ないからでしょう。他人のせいにするのはみっともないわよ」

「くっ…クロエ、初夜を理由に結婚をやめるなんて言わないでくれ。君は身重な体なんだし、そんなことを強要するつもりはないから」

「身重?」

聞き捨てならないとばかりにステラは眉をピクリと動かした。
卒業式の後、ガウンを校庭で投げる習わしがあり、中に着ているドレスを見れば、妊娠していないことは明らかだと思ったのだが、こんなことになるのならば、恥を捨てて一晩中コンコンとアレは食べ過ぎたからだと説教すれば良かった。
これは自らの恥から逃げていた罰なのか…


「身重なわけがないでしょう。フリードがバカなんです」

「私の子なのだから隠す必要はない!」

「話にならないから黙ってて!」


誰の子だと聞いたり自分の子だと主張したり一体何なんか。


「魔術師たちの戯言だと思ってたけど、どういうことなの。クロエ、説明しなさい」


鋭い目つきに射抜かれ、ヒュッと音がなりそうなほど息を飲んだ。


「フリードも魔術師達も勘違いしているのです。魔力枯渇を防ぐ為、吐きそうな程食べ物を詰め込んで、そこから更に無理矢理食べた後のお腹を、妊娠と勘違いされたのです」


「成る程。ドレスを着せた侍女達から腹は出ていなかったと聞いています。妊娠の可能性は?」

「クロエ、本当なのか?」

「フリードは許可するまで黙っていなさい」

縋るように右腕を掴まれたが、ステラの言葉でフリードの手は下げられた。


「妊娠なんてありえません!」

「はぁ…噂はこちらで対処するわ。フリード、これを聞いて何か言いたいことがある?」

「良かった…」


気の抜けたような声を出して天を仰ぐ様は窓からの光で天使が舞い降りたようだった。
心底安堵したような顔が眩しい。
この絶好のアングルを、是非とも姿絵に残して欲しいと神に願う。


「何が良かったの?今すぐその喉を切り裂いてやろうか?」


ハッと現実に戻ってくると、鬼の形相のステラが光玉をいくつも纏わせていた。


「へ?」


なぜ怒っているのか分からず間抜けな声を出してしまった。


「あっいや、その…」


天を見上げていた蜂蜜エンジェルは、目と鼻の先で光玉が止まっている中、あたふたと視線を泳がせていた。


「このクズは今、妊娠していなくて良かったと言ったの?私の聞き間違いかしら?」


本気で怒っているのだと言うことは見れば分かった。



「ステラ姉様!なんで怒っているのですか!」

「なぜって?クロエは聞こえなかったの?」

「姉様!聞こえましたけど、私は妊娠していませんし、特に問題なんて…」

「子供が出来ていなくてよかったと喜んだクズ。こんな男との結婚は認められない。丸焼きにして豚の餌にでもしてイシュトハンに貢献させる位しか使い道はない。どうせ人質だから、好きにさせてもらう」


ふえぇええええーーーー!
光玉が炎玉に変わり、蜂蜜色のフリードの髪はオレンジ色に光っていた。
マズイ…そう思ったが、子供なんて出来るわけもないのにどう説明すれば良いか分からない。
フリードが自分の子だと言い張った訳も、ステラがフリードに怒っている理由も理解出来ず、頭を抱えるしかなかった。
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