上 下
48 / 142
liberty

ステラ様

しおりを挟む
王城の謁見の間には、城中の護衛が集まってきていた。
狭いドアの前には王城の護衛が立ち塞がっている。


「フロージア、約束は守るものよね?」

「ステラ…」

「正直、フロージアよりフリードリヒの方が立ち回りは上手いわ。でもクロエを手に入れる為に頑張ったのですから、認めなくてはいけません。仕方がないから貴方を王と認めてあげる」



5年前、ダリアが相手にする程でもないゴミの様な姫を追い詰めていた時、ステラはイシュトハンの後継者として婚約者候補たちと顔合わせを重ねていた。


学園を卒業して一年後に慌ただしく見合いを始めたのは、フロージアがステラを選ばなかったからだ。
優しく穏やかな彼に惹かれる者は少なくなかった。
長年彼が婚約者候補を選ばなかったのは、幼い頃から一緒に過ごしたステラと心を通じ合わせていたからに他ならない。
恋人であったわけではないが、王太子候補として、イシュトハンの次期当主として、2人はお互いを高めていた。


フロージアが選んでくれるのなら、イシュトハンは妹に任せて妃になる覚悟は最初からしていた。
学園での成績、礼儀作法、ダンスに魔力、どれをとっても他の誰よりもプリンセスに選ばれるのに相応しいと自負する位の努力をしてきたし、それがこの国にとっても最善だろうと考えていた。


「イシュトハンの当主になる君を、私が欲しがることは罪だろう」


フロージアは、ステラがイシュトハンの当主となることを理由にステラの元を去った。
それまで婚約者を探すのはもう少し待って欲しいと、伝えてきていたのは他でもないフロージアだった。
それはステラを婚約者として迎えるべく手を回しているのだと思っていたが、そうではなかったらしい。

ステラは初めて自分のことを愚かだったと判断した。
彼はそれ程愛してはいなかったのだと理解するまでそう時間は掛からなかった。
デイヴィッドと出会った時、自分もそれ程フロージアを愛していた訳ではなかったのかもしれないと感じたのだから同罪かもしれない。


それでもフロージアの誠実さのかけらも感じない対応には納得がいかなかった。
ダリアが城の結界を壊し城中を焼き尽くし、この謁見の間に呼ばれ、今よりも強い結界を張るようにと命を受けた時には、デイヴィッドとはまだ出会っていなかった。



その時フロージアは私の肩を抱きながら言ったのだ。


「君まで巻き込んですまない」


屈辱的だった。自分の事を振った男の住む王城を護れと命令されたのだ。
それでもダリアのように暴れなかったのは、フロージアのこれまでの努力を認めていたからだ。
彼が国王となることに対してまで嫌悪感は抱けなかった。


「約束してフロージア、貴方が国王になった時、私をこの理不尽な任から下ろすと。私はもう貴方には関わりたくないの」


フロージアがステラに別れを告げたすぐ後から、侯爵家の女性を懇意にしていることは耳に入っていた。
その女がこの王城に頻繁に呼ばれていることも噂になっていた。


今思えばあの約束をした時には既にどこかでこうなる未来が見えていたのだ。
ステラはその後、イシュトハンの当主をクロエに譲ってクラーク公爵家へと嫁いだ。
当て付けのようだと思われたかもしれない。実際、当て付けだという想いも持っていた。


「さぁ陛下、今すぐに退位を発表しなさい。これは命令です」


デイヴィッドとの間には娘と息子が出来た。
その2人ともが高い魔力を持っていることは周知の事実。
今王家を掌握しなければ、今クロエを犠牲にしたら、同じ苦労をこの先ずっとさせることになる。


「本当に国を裏で操ろうと言うのか」


「貴方たちは間違えたのよ。あの時、私を妃にするべきだった」


自分の魔力が、この国を脅かす程だと言うことは充分に認識していた。しかし、それを隠していたのも事実。
そんなものがなくても、当たり前に選ばれると思っていたのだ。


「ステラ、あの時の事を恨んでいたのか」


フロージアは当たり前のように近づいて来る。
この部屋の中で唯一拘束されていない事で勘違いしているのだろうか。


「恨む?私はその間違いのおかげで幸せを手に入れた。私はデイヴィッドを愛しているし、2人で感謝しているくらいよ」


フロージアの後ろで束ねられた髪がパサリと落ちて、蜂蜜色の髪が彼の頬を隠した。


「じゃあなんでこんな事を」

フロージアは髪を切られても身動き一つしなかった。
ステラは座っていた椅子からそっと立ち上がると、口の中で呪文を唱え、フロージアを扉の前にいる護衛たちの集団の元へ投げ込む。


「私たちの尊厳を護るためです!クラーク公爵家はこの場を持って独立することも、ここに報告致します」


彼らは自分より力を持つものに対しての接し方を決定的に間違えた。
簡単に捻り潰せる相手に誠意ある対応をされなければ、忠誠心なんて生まれるはずもない事を考えもしなかったのだ。

独立の準備はもうずっと進めてきてた。
デイヴィッドが歪な力関係に対して、子供たちの将来に不安を覚えたからだ。


「クラーク公爵は承知しているのか!」


「はぁ…陛下、当たり前です。王国を潰さない事は慈悲です。イシュトハン家由来の者達への不可侵条約と陛下の退位を条件として、俗国として保護下に置きましょう。もし破ることがあれば、その玉座には私が座っているでしょうね」


「くっ…要求をのもう」


「陛下!」


「黙れ、他に方法はない」


そのまま国民に向けてクラーク公爵家が独立し、王国は事実上の従属国となる条約を結んだと発表した。
そして、陛下はこの場を持って退位し、略式ではあるがフロージアはその場で戴冠した。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...