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engagement

怒りのはちみつ

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「結婚できるだけの状況を整え終わったっていうだけだよ。流石に伯爵家に婿に入るのは予定外だったから時間がかかっちゃって。クロエが誰かと婚約しちゃうんじゃないかとビクビクしてたんだよ?間に合ってよかったよ」



「殿下、その言い方ですと、ずっと私と結婚する気でいたみたいな誤解が生まれますわよ。」



「何言ってるの。誤解じゃないよ!僕はずっと君をお嫁さんにするつもりでいたよ!」


ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる王族としてあるまじき行為に、サロン付きの侍女の視線が刺さった。
2人しかいないために音も声も響いてしまっている。
誰が来るか分からないところで大声でそんな事を言われたら噂が広がってしまう。


「…分かりました。そう言う事にしておきますから、殿下は座ってください。はしたないですよ」



「そう言う事にしておくって…全然分かってないじゃないか…クロエは僕と結婚するのがそんなに嫌なの?」



フリードは一応座り直したものの、不貞腐れたように頬を膨らませている。
17歳の男性がこんな可愛くて良いのか。
女よりもあざとい王子とはこの世の中どうなっているんだ。


少し冷めてしまった紅茶を気を紛らわせるように魔法を使って温める。
普段は冷めていく紅茶を楽しむのだが、冷めないように保温の魔法も同時にかける事にした。
こうやってちゃんと席について対面することなんて数年なかったこと。
いつも手をどうしていたのか忘れてしまった。


「殿下は学園を卒業したら、フロージア殿下と同じように公爵の地位を与えられる予定なのではありませんか?私のところに婿に入るなんて本当に出来るのですか?」


「王位継承権は捨てられないけど、それ以外は全て辞退を申し出るつもり。陛下は爵位を与えるが、それを辞退すれば、王族からの離脱のみで形式上問題ないよ。それで?全然僕の質問には答えてくれないけど、僕のことが嫌いになったの?」



「嫌いになったも何も、殿下との婚約候補に上がることもありませんでしたから、驚いていますし信じられません。つい最近まで学園内どころか夜会でも話したことはないではありませんか」



社交界デビューをした15歳の頃、既に失恋をしていた私は、従兄妹であるジュリアンにパートナーをお願いしていた。
彼から誘われたことは一度もない。
これは婚約という目的のための言葉を並べているにすぎない。



「クロエ、僕は君に嫌われてしまったんじゃないかと思っていたんだ。でも、君が当主として婿を探していると聞いて、僕以外の人と結婚するクロエを許せなかった。この婚約も突然のことだと思うかもしれないけど、半年前から陛下には願い出ていたんだよ」


傷付いて潤んだような瞳を向けられても困る。
彼はわかっているんだ。自分が可愛い容姿だと自覚している。


「そんな可愛い目で見てもダメです。知ってるんですよ。私が婚約者候補から外れたのは殿下の希望だったって」



「んー?何のことを言っているのか僕には分からないよ。何でそう思ったの?」



これは攻め方を間違えた。
白々しく分からないなんて!
私が見て聞いたのだから間違い無いのに!
蜂蜜みたいなその目をこの紅茶に突っ込んでくるっくるかき回してやりたい。
それでびったびたの紅茶まみれの目を戻して、しばらく目を回していれば良いわ。




「思ったわけではありません。耳に入ったのですわ。なんでも、堅苦しいことは苦手だし、社交性もないから妃には向かないとか」



3年前に見た一瞬の光景は今でも脳に焼き付いている。
候補者の一覧の書かれた紙を渡すように、シュッと相手に出しながら、この目の前の熟れた苺みたいな唇から放った言葉を、一言一句間違えるはずがない。


「それは間違いじゃないと思うけど…だいたい、婚約者候補なんて僕選んだことなんてないよ」


「フリードの嘘つきっ!私はこの目で見たんですから!今更婚約者になれなんて言ってもなりたくないに決まってるじゃない」



そう言い終わるか終わらないかのタイミングで、クロエは呪文を唱えて人気のないサロン横の庭へと転移していた。
怒りのあまり、フリードの温かい紅茶を煮え立たせてしまったのはご愛嬌。
あっつい紅茶で舌を火傷すれば良い。


しばらく顔を見たくない。
間違いじゃないとかしれっと馬鹿にしたことを言ったことも許せない。
次顔を見せたら蜂蜜の風呂に落としてやるんだから。


ぷりぷりと怒っていると、つい足音も大きくなる。
どうせ感情を押し殺して遠回しに嫌味を言えない社交性のない女ですよ。
自分を卑下しているとだんだんと怒りが悲しみに変わり、ポロポロと涙が頬を伝っていた。
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