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1話 大嫌いな婚約者1

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「はあ……。やっと終わった……」
 レヴィとのお茶の時間を笑顔で乗り切り、ダグラス伯爵家のタウンハウスからスミス邸への帰りの馬車の中でエリンはため息をひとつ、落とした。レヴィとの週一回の二人で過ごす時間は、エリンにとっての苦行の時間だ。

 エリン=スミスは十八歳。ジェントリ出身の父を大商店の家の娘である母を持つ。父は裕福な伯爵家の三男で実家の資金を元手にスペンサー王国初の百貨店を起こして今では王家にも商品を卸すようになる程の成功を収めた大商人だ。貴族が通う王立の中高一貫のパブリック・スクールを卒業して、大学に進学し卒業した。大学まで一緒だったレヴィの父親エドワードとエリンの父親ベンは親友同士で双方の家に子どもが生まれたら婚約させようと話していたのだった。エドワードに息子レヴィがベンに娘エリンが授かった。年齢的にもつりあう子ども同士が生まれた。父親同士がこれを機に子ども同士を結婚させて、親戚になろうと盛り上がった。ダグラス伯爵家の跡取り息子レヴィとスミス家の長女エリンの婚約が12歳の時に成立した。

 十二歳の時、婚約者としてレヴィに初めて会ったエリンは婚約者の美少年ぶりとあまりの無口っぷりに驚愕したものである。彼は炎の精霊に愛されし者として幼い頃から周囲に特別扱いを受けて育っていた。また、剣の才能も超一流。物心ついたころから周囲にちやほやされて育ったレヴィは、その扱いに閉口して周囲に塩対応をすることにより自分を守っていたらしい。
 だけど。
 塩対応を婚約者であるエリンにもその態度を取るものだから彼と会うたびに困り果てることとなる。エリンはいつも笑顔を貼り付けて、一生懸命話しかけるのだ。お天気の話、家族の話などを必死に繰り返して話すもレヴィは頷くだけ。デートをレヴィの実家がお膳立てしても二人で冷たいお茶を啜る羽目になる。

 この六年間を過ごして、エリンはレヴィが大っ嫌いになった。
 レヴィと将来を共になど出来ない、ここで婚約破棄をすべきだとエリンは結論付けた。
 幸いエリンは水の魔法院所属の魔法使いだ。将来に困らない。
 水の精霊の女王の愛し子として十五歳で国に認定された時、エリンは大いに困惑した。通常は赤子の頃か5歳までには四大精霊の愛し子たちは国に認定されて、保護を受ける。
 だけど。
 認定を受けるのが遅かった何故かエリンは、十五歳で水の魔法院に所属を強制されて、今も魔法の勉強を続けている。幸い勉強の類は得意だった。エリンは、先の水の精霊の女王の愛し子である大魔法使いステラを師匠につけてもらい魔法の才能を開花させた。だが、炎の精霊王の愛し子であるレヴィと水の精霊の女王の愛し子であるエリンは、対の存在。二人の婚約は周囲に祝福され、強化された。当の本人たちの意志を無視して。

 この世界は精霊たちによって創造された。精霊界に世界樹があり、世界樹が育つことにより人間界を守護し世界が安定する。また、炎、水、大地、風の精霊王たちが世界を治めている。精霊王たちは人間界に愛し子たちを送ることにより、彼らを通して世界を見守り、干渉していた。その愛し子の一人がエリンである。

 いつも冷たい態度を取られて、エリンは何回も父親に婚約を解消したいと申し出た。
 だが、父親はいつも苦笑するだけ。
 レヴィはエリンを気に入っていると繰り返し言うのだ。
 レヴィの態度はエリンを気に入っている態度ではない。

 また、後妻の連れ子のクロエに嫌味を言われるのだ。
「冴えないお姉さまとレヴィさまはつりあわない。わたくしが変わって差し上げる」
 と。

「絶対にレヴィ様との婚約を破棄するんだから……」
 性格の悪い義理妹をレヴィに押し付けてやる。それにはどうすればいいかと悩んで、エリンはひらめいた。炎の魔法院の偉大なる魔法使いイーサンから賢者の石を貰っていたのだ。
 賢者の石はスペンサー王国ではイーサンしか作り出せない希少なものである。その時、もらえませんと辞退したエリンにイーサンは悪戯っぽく笑って片目を瞑ってみせた。
「それが必ず、必要になる時が来るから」
 と。まるで予言のように宣言したのだ。

 そして、今エリンは思いついた。賢者の石を元に心読みの薬を生成するのだ。
 心読みの薬は全ての人間の思考を読めるようになる魔法の薬だ。
 何を考えているのかわからないレヴィの心を読んでやる!
 そして婚約破棄!

「私の未来は明るいわ!」
 えいえいおー!と右手を上げて、エリンは高らかに宣言する。
 目指せ! 婚約破棄!
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