元悪役令嬢の私が別人と思われて元婚約者に告白された件について

清里優月

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43話 再会と別れ2

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 ヒカルは、ウェルリースのマンションを出て歩き出す。その時、二人の人影が見えた気がした。

「……?」
 ヒカルが、身構えると目の前には予言の姫のコトハと、上司のソウがいた。コトハがヒカルに光の杖とウィザードの制服を渡す。ヒカルは、ぎょっとする。

「ウィル神聖王国の大使館に忍び込むならウィザード本部に置いてきた相棒の光の杖を持って行きなさい。後、ウィザードの制服の方が動きやすいでしょう?」
 にやりといつもの不敵な笑みを浮かべるコトハと、それに従うソウも微笑んでいた。わかって背中を押してくれているのだ。ヒカルは青の瞳を潤ませる。自分は、一人だと思っていたが違う、たくさんの人に見守られているのだと。

「行ってきます。失恋して帰ってきたら一緒にやけ食いして下さいよ、コトハ様とソウ警視」
 ふふっとヒカルが、微笑むと二人は柔らかく笑んで頷いてくれた。ヒカルは、ぱちんと指を鳴らして、魔法でウィザードの制服に着替えると、コトハから光の杖を受け取る。

『ヒカル! 久シブリネ! 会エテウレシイワ!』
「うん、ありがとう。光の杖、私に着いてきてくれる?」
『勿論ヨ!』
 ふわりと金色の少女の姿の光の杖が、ヒカルの前に現れる。ヒカルは光の杖と一体化し、金色に発光する。ヒカルは翼を広げて、羽ばたかせて空へと飛び立つ。高位魔法でシルフィードの上空へと到達する。真下に在シルフィードのウィル神聖王国の大使館がある。

 ヒカルは、瞳を閉じて集中する。光魔法を使い、リチャードの居場所を探る。清廉で圧倒される気を感じる。リチャードの気だ。かしい、一か月前まで当たり前のように傍にいてくれた存在。ヒカルは、再び瞳を閉じて、
リチャードの気配と姿を探索する。

 リチャードは在シルフィードのウィル神聖王国の大使館のプライベートな空間に閉じ込められている。傍らに四宝しほうの剣を置き、近衛騎士団の制服に身を包み瞑想しているらしい。

「そこに軟禁されているのね……」
 リチャードには、もう二度と会えない。だからこれが最後の機会だ。ヒカルの姿が金色に染まり、高位の結界を破る呪文を唱える。結界が破られた魔法使いが気付くまでに時間がない。翼を開き、とんと結界の中へ身を投じた。

 リチャードは、時間の流れがわからなくなっていた。大使館に軟禁されて早一か月。自分の心を守るために四宝しほうの剣と念で対話し、瞑想にふけっていた。大使館に保護という名の軟禁状態に置かれた時、無理矢理ヒカルに別れを告げる手紙を書かされた。そうでなければ、ヒカルがどうなるかわからないと暗に脅されたのだ。光の杖の神器使いである彼女が、どうかされる筈はない。ないが、万が一という事がある。親友であった前王太子を病で失い、最後の支えである恋人でつがいの少女を失いたくなかったリチャードは、ヒカルに別れの手紙を書いた。どうせウィル王になり、好きでもない正妃を娶らされるのだからリチャードは、前王太子との約束を果たさねばと思う自分がいながら、ヒカルとの永遠の別れに自暴自棄になりかけていた。だが、ウィル王になるということはヒカル以外のウィル神族の正妃を娶ることになったのだろうからその別れが早いか遅いかの話だった。
 
 旧ウィル王家のアレックスは何故か天使のつがいの少女を正妃に娶っていた。ウィル王室の紫の王眼を持つ者のつがいとは何なのであろう。狂うほど恋焦がれる存在でしかないとリチャードは思っていたが。その存在自体が謎めいている。自分とヒカルは始めて出逢った時に強烈に惹かれあった。その存在の正しい意味は、旧ウィル王家とウィル王の側近しか知らされていない。ウィル王家にとってのつがいは、紫の王眼を持つ王や王弟が、妃に代々娶っていた歴史がある。

『リチャードさん』
 自分をそう呼ぶのを許した唯一の存在の自分を呼ぶ幻聴が聴こえた。リチャードはそろそろ自分も精神的に参ってきたかと思う。
「リチャードさんってば! 幻聴じゃないのよ! 私よ!」
 リチャードは後ろから聞こえた鈴を思わせる声の主が、自分の恋人の少女である事を確信する。

 だが、リチャードはヒカルを見ようとはしなかった。

「ヒカル、手紙を書いた筈だ。もうじき、結界を破られた魔法使いがこちらに来る。その前に帰れ」
 リチャードは、振り返りもせずに、ヒカルに帰るよう促す。

「うん、わかった。それでもこれだけ言わせて。私、リチャードさんのこと、好きじゃなくて……」
 リチャードはくくっと冷ややかに笑い、ヒカルに言葉を返す。
「大嫌いか?」
「ううん。リチャードさんのこと、愛しているの」
 リチャードは、ヒカルの言葉に弾かれるように振り返る。驚愕した紫の王眼と涙に濡れた青の双眸が出逢う。

「嫌いって言って、ごめんなさい……。本当は、リチャードさんのことすごく好きなの。こんなに人を好きになったの始めてでわからなくて……。こういう感情を愛していうって言うんだと思うの……。だからリチャードさんのこと、きちんと知りたかったし、隠さないで話をしてほしかった……」
 涙が雫になり、溢れてヒカルの瞳から落ちる。リチャードは、唯濃い純粋な紫の双眸を見開いてヒカルを凝視している。

「私、これだけ伝えたくて来たの。会えて良かった……。最後にリチャードさんに会えて良かった。帰るね、さよなら」
 ヒカルは、涙を拭い、笑顔で結界を破った入口へ戻ろうと振り返る。その時、リチャードにぐいっと身体ごと引き寄せられ、抱き締められる。ヒカルは、リチャードに突然抱擁されて混乱する。最後にきちんと気持ちを告げて、すっきりしたつもりだったのにこれは何だ。

「あ……。結界を……」
 ヒカルは、はっとして入り口を見る。大使館付きの魔法使いがやってくるだろう。ヒカルは、慌てる。
「結界なら張り直した」
 リチャードは、いとも簡単に告げた。
「は?」
「元々、大使館が作られた時にウィル王が張った結界を魔法使いが強化していただけだ。その力の源に干渉して、張り直した」
 ぽかんとしたヒカルをリチャードは抱き寄せた。
「ちょっ……」
 抵抗するヒカルにリチャードは、唇を重ねる。ヒカルは呆然として、その大きな青の瞳を見開く。驚いて口を開けると、舌を入れられる。舌が歯列を辿り、口内を蹂躙する。舌を犯される様に搦められて、息が出来ない。何度も舌を吸われては、搦められる。唾液がどちらのものか分からなくなる位溢れて、唇が離れた時には、銀の糸のようにつーっと唾液が互いの唇に流れていた。ヒカルは、甘い快感に頭がぼーっとして、リチャードの胸に身体を寄せていた。

 リチャードの手がブラウスの首元の水色のリボンをしゅるりと解く。その時点でヒカルは、我に返る。
「ちょっと……。もう別れるんじゃ……」
 くすりとリチャードが笑う。その笑みは艶めていて、ヒカルはどきんとする。リチャードのテノールの低い声音で耳に囁かれる。
「あんなに強烈に愛を語られて、返すとでも?」
 ヒカルは、羞恥心から頬を紅潮させる。全く想定していなかった展開に戸惑い、顔を赤らめる。それの反応ががまた、リチャードを煽る。リチャードは、ヒカルの頬に手をやり真剣な顔で告げる。

「ヒカル……。愛してる、ウィル神界へ着いてきてくれ」
 リチャードの言葉にヒカルは、ぱっちりとした青の瞳を見開き、リチャードをきっと睨みつけた。
「嫌っ!」
 とリチャードを睨んだままヒカルは叫んだ。
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