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38話 運命が回りだす時1

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 四人が同居して、半年が過ぎていた。家事はヒカルが大学と週末のウィザード勤務の傍らこなし、アレックスにはウィル神界から侍従が呼ばれて、通いでアレックスの世話をしていた。その間に父親のアレックスと母親のヒカリと娘のヒカルは家族として、打ち解けつつあった。リチャードとヒカルは、コトハの忠告通りヒカリにばれないように隠れて付き合っていた。

 ヒカルはウィザードの制服を脱いで私服に着替えて帰ろうとしていた時、コトハに長官室に呼び出された。相変わらずの上等な机に頬杖をついて、確か暇な時に見た事務メーカーの椅子のカタログの中で一番高い回転椅子に座っている。ヒカルは、ウィザードも財源が苦しいのかなあと事務メーカーのカタログの価格を思い出して考える。コトハは、ヒカルの視線が回転椅子に注がれていることに気付いて、ごほんと咳をして、一言。

「ウィザードも懐事情が厳しいのよ」

 ヒカルは考えていることを言い当てられたので、ぎくりとして笑って誤魔化す。

「ところで、ヒカル。カーライル公爵とは最近どう?」

 ヒカルはぎょっとして、顔を真っ赤にする。最近、家に何故かアレックスとヒカリがいないことが多い。そして、護衛の為、細かくアレックスの動向を知っているリチャードに自分の部屋で連続で抱かれていた。リチャードの強引さにヒカルは振り回されっぱなしだ。

「あ、そう。……順調そうね」

 ヒカルの顔を見て、コトハは呆れた顔をする。ヒカルは更に顔を赤くさせた。二人の間に何ともきまずい空気が流れるが、再度コトハがごほんと咳をする。

「ヒカル、カーライル公爵と結婚してもう一度ウィル神界にいく気ある?」

 ヒカルは、固まる。かつて追放されたウィル神界へ行く決意がつかず、リチャードの結婚の申し込みを反故にしているのがその理由だ。例え見た目も性格も変わったとしても、悪役令嬢と過去に称された自分の所業がなくなる訳ではない。必死に過去の償いをしようとしているが、どうすればいいのか今もわからない。正解がないのだ。ヒカルが自分の過去に思いを馳せているとコトハがヒカルをじっと凝視してきた。

「ヒカル、カーライル公爵はウィル王になるかもしれないわ」

「は?」

 ヒカルがすっとんきょうな声を上げる。何を言い出すのかこの上司はといつものノリで返すが、コトハは三度目の咳をごほんとする。

「違うのよ、いつもの冗談じゃないわ。ウィル神聖王国の王太子のことは知ってる?」

 ヒカルは、思い出そうとする。確か紫の王眼もなく、病弱だったので立太子に反対の意見も多かった王太子だ。だが、抜群の頭の良さで知られ温厚な性格で民からも慕われていた為、立太子出来たのだった。

「ええ濃い純粋な紫の王眼ではない上に病弱だったかと。だから、立太子の際に高位貴族からは反対意見が多く、私のウィル神族の叔父夫婦も反対派でした」

 コトハは、こくりと頷く。

「そう。その王太子がどうも危ないらしいわ。それで高位貴族からも民からもカーライル公爵を推す声が多くて、ウィル王もその声を抑えられないのよ。ウィル神聖王国ではカーライル公爵をウィル王にという声が高まっているらしいわ」

 ヒカルは青の大きな双眸を見開いて、瞬かせる。リチャードが最近おかしかったのはそのせいか。でもだからって、何で一晩で何回も抱き潰すんだようとリチャードに抗議したいヒカルである。

「でもカーライル公爵は、帰らないって言い張ってるらしいわよ」

「は?」

 にやりとコトハが不敵に笑う。この笑みが出た時のコトハは要注意なのだ。
「天空族の正妃は過去にいたことがないと反対されているからよ。でも自分のつがいはヒカルだから、正妃はヒカルでないと王位につかない言い張っているらしいわよ。愛よね~」

 にやにやと冷やかすような視線をヒカルに注ぐ。ヒカルは頬を紅潮させる。

 自分の恋人は、本当に自分に一途だ。自分のどこがいいのかヒカルはわからない。でもそこまで自分を好きでいてくれるのは嬉しい。ヒカルは瞳を潤ませた。
「あらあら感動するのはいいけど、ヒカリは二人のことを全く知らないのよ。どうやって説明するの? それにヒカルにカーライル公爵は全然事情を話してなかったのね」
 ヒカルははっとする。リチャードは何で自分に一言も事情を話してくれなかったのだろうか。いつもそうだ、リチャードはヒカルに何も大切なことを告げてくれない、隠している過去も。

 ヒカルは、私服に着替えてスーパーで夕飯の買い物をして歩く。買い物の途中も今も頭の中はリチャードのことで一杯だ。何で自分に何も話してくれないのか、それがヒカルはショックだった。今回はコトハが教えてくれた
からいいが、知らなかったら彼はどうするつもりだったのだろうか。

 後ろからぽんと肩を叩かれたので、ヒカルは振り返る。後ろにはリチャードが立っていた。冬なのでダッフルコートにシャツにセーターにジーンズという格好だ。ヒカルに会えて嬉しいのか笑っている。

「偶然だな……。アレックス様の警護に騎士団から同僚の騎士がついてくれから久しぶりに」

 ヒカルに話し始めたリチャードの言葉をヒカルは聞こうとしないで、先に歩き出す。

「ヒカル?」

 何も知らないリチャードは不思議そうにヒカルの名を呼ぶ。ヒカルはリチャードに振り返って、涙を零しながら叫ぶ。

「どうして何も言ってくれなかったの? 王太子様が危ないからリチャードさんが次の王太子に推されているって!」

「ヒカル……。それを何故知っている?」

 驚愕するリチャードにヒカルはなおも叫ぶ。
「コトハ様が教えてくれたのよ! もう知らない! リチャードさんなんて私に昔の事もお家のことも今のことも隠してばかりで大嫌い!」

 ヒカルは泣きながら、リチャードの前で嗚咽を漏らす。もう何が正しいのか間違っているのかわからない。唯ヒカルは、泣きじゃくるばかりだ。リチャードは濃い純粋な紫の王眼でヒカルで冷静に見据えていた。しかし、次のヒカルの言葉に我を失う。

「もうリチャードさんと別れたい! そんな関係で一緒にいる意味なんてない!」

 ヒカルは、きっとリチャードを睨みつけた。一瞬、二人の間が凍りついた。リチャードの表情は冷たい。そんなリチャードをヒカルは見た事がなかった。リチャードはヒカルを抱き寄せて、強引に口づける。噛み付くような強引なキスが何度も繰り返された。

「もう離して! リチャードさんなんて嫌い!」

 ヒカルは、リチャードの強引なキスの合間に反発して、叫ぶ。本当は嘘だ、偶然、リチャードに会えて、こんなに嬉しい自分がいるのに。でも、ヒカルはリチャードの勝手で傲慢な所が、許せなかった。何でも自分で判断して、必要な事を自分に告げてくれない。

 だから。
 ほんの少し不安になって口にしただけのつもりだったのだ。それがこんな風にリチャードが反応すると、ヒカルは思ってもみなかったのだ。リチャードは、昔ウィル神界で見せたヒカルを捕食するような怖さを宿した瞳でヒカルを捉える。いつもは穏やかな感情を湛えた紫の王眼が怖くて、ヒカルは震えた。

「ヒカル……。俺から離れるなんて許さない」

 リチャードの言葉と同時にヒカルは、再び口づけられる。ヒカルは抵抗するが、男と女の違いで勝てない。ぐいっと強引に腕を引かれる。

 ヒカルは、買い物袋をどさりと落とした。
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