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36話 ヒカル、酷い目に合う1
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ヒカルは、大学から家に帰宅した。リチャードのせいで寝不足になったので、ベッドで夕飯を作り始める時間までひと眠りしようとマンションのカードキーを差し込んで家を開けた。開けた部屋から焦げた匂いが充満していて、ヒカルは思わず鼻をつまむ。
「く、くさっ! 何、この焦げた匂いは!」
ヒカルは匂いのもとであるダイニングキッチンへと進む。そこには、泣き出しそうな母ヒカリがいた。ダイニングキッチンのIHクッキングヒーターの上のフライパンにパスタを作ろうと思ったのであろう。だが、今や原型を留めていない真っ黒に焦げた物体へと成り果てている。
「ヒカリお母さん、何これ?」
ヒカルは呆れた顔で母に尋ねる。
「ミートソーススパゲティ」
ヒカルにそっくりな童顔の可愛らしいヒカリの顔は今にも泣き出しそうだ。現在41歳だが、とてもその年齢には見えず、30歳前後に見える。その愛くるしさに庇護欲を搔き立てられたアレックスの気持ちがヒカルは理解できた。
「の成れの果て?」
冷たくヒカルが言い放つと、わっとヒカリは泣き出した。
「ヒカルもアカリも料理上手だから私もしてみようと思ったの……。だけどお料理ってしたことなくて、IHクッキングヒーターの使い方はわかったけど、玉ねぎも人参の切り方も合いびき肉の入れる順番もわからなくて……」
ぐすぐすと泣きじゃくる41歳の母はまるで少女めいている。ヒカルは頭が痛かった。弁護士としてはやり手なのに料理においては壊滅的な腕だ。
「ネットのレシピを見た? それか料理本とか……」
ヒカルが困った顔をして、ヒカリに問いかけるとヒカリはきょとんと首を傾げた。それがまた、可愛らしくてヒカルは眩暈がした。
(41歳で20歳の子どもが一人いるのにこの可愛らしさって……)
つい手を貸したくなってしまう。ヒカルはうーんと頭を振るとパソコンに向かった。
リチャードは、ため息を吐いていた。リチャードは、カーライル公爵家の跡取りで長子でウィル王家の分家の血筋だ。ウィル王に仕える誇り高い騎士の筈だった。なのになんで、今自分は王弟のアレックスの着替えを手伝っているのだ。リチャードの仕事は騎士としてアレックスの護衛の筈だ。
初日にアレックスに呼ばれて命じられたのは、アレックスの着替えを手伝うことだった。それは使用人である侍従の仕事だ。高位貴族で王家の血を引くリチャードの仕事ではない。幸いにして、リチャードは騎士の養成学校に学生として在籍していた時、寄宿舎住まいで先輩の手伝いを下級生としてこなしていた経験があったので、アレックスの着替えを手伝えた。
(そもそもアレックス様の使用人を入れるのを嫌がったヒカリ様に手伝えさせればいいだろうが!)
とリチャードは切れかけるが、相手は王弟の正妃で自分の最愛の番で恋人のヒカルの母親である。リチャードは、必死に怒りを堪えた。
ヒカルとリチャードは違う場所で同時に、嘆息していた。
インターネットでミートソーススパゲティの詳細に書かれた簡単そうなレシピを検索して、ヒカルはヒカリに手渡す。
「わあ! こんな風に作るの!」
嬉しそうに笑う母親に最初からレシピを準備しろよとツッコミを入れたいヒカルは、黙り込んでいた。
「さて、もう一回作る前にちゃっちゃっとこの惨状を片付けるよ」
ヒカルがちらりとヒカリを確かめると、ヒカリは逃げ出そうとしていた。ヒカルは母親の服の袖を掴む。
「お母さん! 自分で散らかしたんだから自分で片付けるよね?」
ヒカルは微笑むが、その笑みは怖くて、後ろから何かどす黒いものが見えそうだ。いいえと答えたらどうされるかわからない。ヒカリはこくこくと無言で頷く。
(怖い怖い怖い!)
妹のアカリも怖いが、アカリに育てられたヒカルも良く似ている。ヒカリは、青ざめていた。
一方のリチャードだ。
「ですから私はアレックス様とそのご家族の護衛であって、侍従ではありません! これでもアレックス様とは親戚です。私に侍従の仕事をさせないで下さい!」
さすがに我慢の限界になったリチャードは、アレックスに苦情を申し入れた。これにはさすがにアレックスも黙り込む。
「……すまない。リチャードが黙ってやってくれるのでつい甘えていた。だが、侍従を家に呼んだらヒカリがなんというか……」
頭が痛いと言い募るアレックスに自分でやろうという意思はなく、リチャードはほとほと参った。そして、さすがのリチャードも切れた。
「アレックス様、自分でやろうという意思はないのですか……」
ゆらりとリチャードが動き出す。リチャードの後ろからどす黒いものが見えて、アレックスははいと大人しく回答せざるを得なかった。
自分のエプロンを取り出して、一枚をヒカリにヒカルは渡す。
「さて、お父さんとリチャードさんが帰ってくる前に片付けて作るよー! お母さん言っとくけど、逃亡したら後で怖いよ?」
にっこりとヒカルは微笑んで、スポンジを母親に渡した。ヒカリはそれを受け取り、ぽかんとしている。
「これ何?」
ヒカルはがっくりと肩を落とす。
(あー、わかってたけどそうよね! 光の王家の王女様だもんね! ヒカリお母さんは!)
光の王家らしくない義母のアカリとそのアカリに育てられたヒカルには、理解しづらい実の母の生態である。
こうやってヒカルとリチャードは、ヒカリとアレックスを再教育する羽目になる。
「く、くさっ! 何、この焦げた匂いは!」
ヒカルは匂いのもとであるダイニングキッチンへと進む。そこには、泣き出しそうな母ヒカリがいた。ダイニングキッチンのIHクッキングヒーターの上のフライパンにパスタを作ろうと思ったのであろう。だが、今や原型を留めていない真っ黒に焦げた物体へと成り果てている。
「ヒカリお母さん、何これ?」
ヒカルは呆れた顔で母に尋ねる。
「ミートソーススパゲティ」
ヒカルにそっくりな童顔の可愛らしいヒカリの顔は今にも泣き出しそうだ。現在41歳だが、とてもその年齢には見えず、30歳前後に見える。その愛くるしさに庇護欲を搔き立てられたアレックスの気持ちがヒカルは理解できた。
「の成れの果て?」
冷たくヒカルが言い放つと、わっとヒカリは泣き出した。
「ヒカルもアカリも料理上手だから私もしてみようと思ったの……。だけどお料理ってしたことなくて、IHクッキングヒーターの使い方はわかったけど、玉ねぎも人参の切り方も合いびき肉の入れる順番もわからなくて……」
ぐすぐすと泣きじゃくる41歳の母はまるで少女めいている。ヒカルは頭が痛かった。弁護士としてはやり手なのに料理においては壊滅的な腕だ。
「ネットのレシピを見た? それか料理本とか……」
ヒカルが困った顔をして、ヒカリに問いかけるとヒカリはきょとんと首を傾げた。それがまた、可愛らしくてヒカルは眩暈がした。
(41歳で20歳の子どもが一人いるのにこの可愛らしさって……)
つい手を貸したくなってしまう。ヒカルはうーんと頭を振るとパソコンに向かった。
リチャードは、ため息を吐いていた。リチャードは、カーライル公爵家の跡取りで長子でウィル王家の分家の血筋だ。ウィル王に仕える誇り高い騎士の筈だった。なのになんで、今自分は王弟のアレックスの着替えを手伝っているのだ。リチャードの仕事は騎士としてアレックスの護衛の筈だ。
初日にアレックスに呼ばれて命じられたのは、アレックスの着替えを手伝うことだった。それは使用人である侍従の仕事だ。高位貴族で王家の血を引くリチャードの仕事ではない。幸いにして、リチャードは騎士の養成学校に学生として在籍していた時、寄宿舎住まいで先輩の手伝いを下級生としてこなしていた経験があったので、アレックスの着替えを手伝えた。
(そもそもアレックス様の使用人を入れるのを嫌がったヒカリ様に手伝えさせればいいだろうが!)
とリチャードは切れかけるが、相手は王弟の正妃で自分の最愛の番で恋人のヒカルの母親である。リチャードは、必死に怒りを堪えた。
ヒカルとリチャードは違う場所で同時に、嘆息していた。
インターネットでミートソーススパゲティの詳細に書かれた簡単そうなレシピを検索して、ヒカルはヒカリに手渡す。
「わあ! こんな風に作るの!」
嬉しそうに笑う母親に最初からレシピを準備しろよとツッコミを入れたいヒカルは、黙り込んでいた。
「さて、もう一回作る前にちゃっちゃっとこの惨状を片付けるよ」
ヒカルがちらりとヒカリを確かめると、ヒカリは逃げ出そうとしていた。ヒカルは母親の服の袖を掴む。
「お母さん! 自分で散らかしたんだから自分で片付けるよね?」
ヒカルは微笑むが、その笑みは怖くて、後ろから何かどす黒いものが見えそうだ。いいえと答えたらどうされるかわからない。ヒカリはこくこくと無言で頷く。
(怖い怖い怖い!)
妹のアカリも怖いが、アカリに育てられたヒカルも良く似ている。ヒカリは、青ざめていた。
一方のリチャードだ。
「ですから私はアレックス様とそのご家族の護衛であって、侍従ではありません! これでもアレックス様とは親戚です。私に侍従の仕事をさせないで下さい!」
さすがに我慢の限界になったリチャードは、アレックスに苦情を申し入れた。これにはさすがにアレックスも黙り込む。
「……すまない。リチャードが黙ってやってくれるのでつい甘えていた。だが、侍従を家に呼んだらヒカリがなんというか……」
頭が痛いと言い募るアレックスに自分でやろうという意思はなく、リチャードはほとほと参った。そして、さすがのリチャードも切れた。
「アレックス様、自分でやろうという意思はないのですか……」
ゆらりとリチャードが動き出す。リチャードの後ろからどす黒いものが見えて、アレックスははいと大人しく回答せざるを得なかった。
自分のエプロンを取り出して、一枚をヒカリにヒカルは渡す。
「さて、お父さんとリチャードさんが帰ってくる前に片付けて作るよー! お母さん言っとくけど、逃亡したら後で怖いよ?」
にっこりとヒカルは微笑んで、スポンジを母親に渡した。ヒカリはそれを受け取り、ぽかんとしている。
「これ何?」
ヒカルはがっくりと肩を落とす。
(あー、わかってたけどそうよね! 光の王家の王女様だもんね! ヒカリお母さんは!)
光の王家らしくない義母のアカリとそのアカリに育てられたヒカルには、理解しづらい実の母の生態である。
こうやってヒカルとリチャードは、ヒカリとアレックスを再教育する羽目になる。
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