上 下
31 / 42

31話 真実2

しおりを挟む
 ヒカルはウィル神聖王国風の長いドレスを身に着けていたが、そのドレスの裾を両方の手で抱えて走っていた。一刻も早くリチャードに会って、確認しなければという想いがヒカルを駆り立てていた。
 だが、ヒカルと一体化している光の杖がかたかたと震えて、異変を告げた。

『ヒカル! 魔物ヨ!』
 その声がヒカルの脳裏に反響する。ヒカルは身体の中から光の杖を呼び出そうとするが、何かが邪魔をしている。自分の身体の中にある存在がヒカルの力を吸収している。ヒカルは、その存在を感知する。

 自分はやはりリチャードの子を妊娠していると、ヒカルは確信する。女性の神器使いは、子どもを妊娠すると出産するまで力が使えなくなる。それは、子どもが妊娠した母親の力を吸収するからだ。ヒカルは、以前ライアンを妊娠した時も神器の力を振るえなくなり、光と風の魔法を使えなくなった。暗黒の魔物の存在が少しずつヒカルに近づいてくる。ヒカルは、唯怯えることしかできない。

 凄まじい風が舞う。ヒカルの目の前に少女が降り立つ。それは以前アレックスが連れてきた菫色の双眸が印象的な愛くるしい美少女でかつてのリチャードの婚約者ソフィーだった。
『見つけた、天使……』
 その可愛らしい声音が、反響する。大きな菫色の双眸が紅に染まっている。

『正妃ヒカル、リチャード様を私が手にするために殺す……』
 愛くるしい声音で残酷な言葉を吐く。その様子にヒカルは息を呑む。
『いや……。ソフィー、正妃を生かして捕まえろ……。正妃はウィル王の子を妊娠している……。その腹から紫色の王眼が感じられる。腹の子を育てて、ある程度育ったら腹の子を引きずり出して王眼を抉り出す』
 その恐ろしい台詞にヒカルは、ソフィーと一体化している魔物は西の魔王だと悟る。
 だが、ソフィーと西の魔王の意識は一体化せず、混乱している。

 ヒカルは、言い争っている二人の隙を見て、後ずさり逃げようとする。ばさりと白い翼を広げて、空へと羽ばたく。だが、ソフィーは、ヒカルの長いドレスの裾を掴み、少女とは思えない凄まじい力でヒカルを空から引きずり下ろす。純白の翼から白い羽根が飛び、ヒカルは大地に叩き落される。ヒカルはお腹の子を守ろうと受け身を取る。

『やっと捕まえた……。紫の王眼の子を……』
 少女めいた笑い声を上げるが、その中身は西の魔王だ。その落差が激しく恐ろしい。
 だけど。
 西の魔王が歓喜の声を上げている隙にソフィーの意志が取って代わる。
『殺すわ……。正妃ヒカル……そしてその相棒の光の杖も壊してやるわ……』
 紅の赤い光を両手から出して、ヒカルのお腹を狙っているのだ。
『親子共々殺してやるわ!』
 ヒカルは、咄嗟にお腹へ手をやり顔を背けることしかできない。紅の光がヒカルに放たれる瞬間だった。

 風が舞う。それは、先程ソフィーが現れた時とは違う。ヒカルは、よく知る清廉な力を感じ取る。ヒカルの前に神器四宝の剣を構えたリチャードが現れた。紫の少年の精霊がふわりと具現化する。
『僕のマスターの奥様と僕の番を狙うなんていい度胸だね……』
「行くぞ! 四宝の剣!」
 リチャードは、紫の王眼を輝かせて、結界を張る。それと同時に四宝の剣を振るう。紫の光が大きくなり、紅の光と拮抗する。ヒカルは、リチャードの存在を感じて安堵する。と同時に、ふっと意識が遠くなるのを感じた。

 ヒカルは、その閉じていた瞼を開いた。
「ヒカル様!」
 エマたちヒカル付きの侍女や女官長がわっと歓声を上げる。ヒカルは寝台から身体を起こして、きょとんとする。自分はリチャードに会おうとして、途中で西の魔王と一体化したソフィーに狙われたのだ。
「ヒカル様、ご無事で何よりです!」
 エマがヒカルに抱き着く。ヒカルは、はっとする。ソフィーに狙われて、殺されそうになった瞬間、リチャードとリチャードの相棒の神器四宝の剣に助けられたのだ。
「エマ……。陛下、リチャードさんは……」
 ヒカルに抱き着いたままのエマは、油断してウィル王を恋人時代の呼び方で呼んだヒカルに苦笑する。
「陛下には、今ヒカル様が目覚めたとの知らせが行ってますわ……。本当にご無事で良かった……」
 ふふっとエマは、泣き笑いしてヒカルから離れる。

 ばんとヒカルのいる王妃の間の扉が勢いよく開かれる。執務室から急いで走ってきたのであろう、リチャードが息を弾ませていた。再会してからこんな風に取り乱したリチャードを見るのは始めてでヒカルは驚いて目を丸くする。
「ヒカル!」
 いきなり自分の名前を呼ばれて、ヒカルはぎょっとする。
「リ、リチャードさん? な、何?」
 円らな青の瞳を瞬かせて、ヒカルは目をぱちくりさせた。
「大丈夫か!」
 ヒカルはリチャードの勢いに圧倒されて、こくこくと首を頷かせた。

 リチャードがくいと首を振る。人払いの合図だ。くすくすと笑いながらヒカル付きの侍女と女官長たちは下がっていく。
「エマ、私何日寝ていたのって! エマ? 皆」
 気が付くと自分の侍女たちがいないのでヒカルは、呆然とする。
「え、え?」
 ヒカルは戸惑い、侍女たちを探して首を左右に振る。
「ヒカル……。良かった……もう王太子様のように失うのはごめんだ」
 リチャードが、ヒカルを抱き締めた。

 リチャードは、四宝の剣が感知した魔物の念を追っているとヒカルの気配を近くに感じて、空間を飛んだのだ。自分が数刻でも遅れたらヒカルは死んでいただろう。
「ヒカル、なんで光の杖の神器を使わなかった」
 ぐいっと両手で頬を挟まれて、紫の双眸に見抜かれる。ヒカルは、至近距離にリチャードの顔が在るので顔を赤面させた。
(お、おかしい……。リチャードさんの様子が変……)
 ずっと冷たい瞳で見られていたのに、今のリチャードの紫の王眼からは微塵もそんな気配は感じられない。

「え、えっと……。力を使えなくて……」
 ヒカルは、しどろもどろになりながら答える。
「力? 何故だ……」
 訝し気に聞いてくるリチャードに、ヒカルはまさかリチャードの子を妊娠しているとは言えず、黙り込んだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】R18 恋に落ちたソロモン

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:162

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,392pt お気に入り:2,005

竜王陛下の番……の妹様は、隣国で溺愛される

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:213pt お気に入り:3,542

【完結】愛する夫の傍には、いつも女性騎士が侍っている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:557

獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,148pt お気に入り:1,256

処理中です...