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29話 父と子

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 リチャードは、執務の合間を見て、ライアンに紫の王眼の使い方を教え始めた。最初の頃は、父親といられるのが嬉しくて大人しく話を聞いていたライアンだが、段々と生真面目で王眼の使い方を教えることしか考えていないリチャードに飽きてきた。

「パパ~! えほんよんで!」
 天空界から持ってきた人気のあるシリーズの絵本を持ってきてリチャードの膝に乗って読み始めた。
「ライアン、まだ話は終わっていない!」
 人に命令し慣れているリチャード相手にライアンはにこにこと笑顔を向ける。絵本を開いて、天空界語で一文字ずつ読む。まだ3歳なのに天空界語の文字を理解している。

「くまは、うさぎをたべたくてしかたないです。だけど、うさぎとなかよくなってたべるのをがまんしました」
 まだライアンは3歳だ。父親と一緒の時間が楽しくて、仕方ないのだ。
「ねえ、パパ。ぼくえほんよむのじょうずでしょ! ママがいつもねるまえによんでくれたの!」
 気難しいリチャードに物怖じせず話す。
「……」
 3歳の子ども相手にどう接すればいいかわからないリチャードは黙り込む。

「パパ……。ぼくねむい……」
 父親と同じ色彩の濃い純粋な紫の瞳を手で擦り、うつらうつらする。絵本を持つ両手がだらんと落ちて、瞳が完全に閉じた。小さな温もりがリチャードに凭れ掛かる。リチャードは、どうすればいいか分からず、呆然としている。

『普通に手を振ればいいのよ。そんなこともわからないの?』
 ライアンがリチャードに手を振った時に固まっていた自分に呆れたヒカルの言葉が脳裏に蘇る。普通に相手をすればいいのよとヒカルは、言っていた。リチャードは、恐る恐るライアンを抱き上げる。まだ3歳の子どもだ、軽い。
 その瞬間、ライアンは目を覚まして、にこっとリチャードに無邪気に笑いかけた。
「パパ!」
 ライアンはぎゅっと小さな手をリチャードに向けて、抱き着いた。リチャードは、どうすればいいかわらからなくて、固まる。
「……」
 リチャードは、ライアンに完全に振り回されていた。
 
 その様子を使用人たちは呆気に取られて、遠巻きに見ていた。
 あの気難しい王が形無しである。
 噴き出したいのを我慢している者もいた。

 ライアンは完璧にリチャードに懐いた。母親のヒカルは、病気で会えないのだと周囲に言い聞かせられて、それを素直に信じたライアンは、リチャードの執務室に入り浸っていた。リチャードは、ライアンが気になって仕事にならない。

 今日もライアンは、仕事をしているリチャードの膝に乗って絵本を読んでいた。しかめっ面の父親に愛くるしい笑顔を向けている。
「そのライアン……。もう膝から降りてくれないか」
 困り果てたリチャードは、ライアンに白旗を上げた。3歳にしかならない我が子にお願いをする。それを聞いたライアンは、笑顔を曇らせて、嫌だと首を振る。
「やだ! ママが病気だからぼく、がまんしているの! パパといっしょにいる!」
「だがな、ライアン。私は仕事で……」
 ライアンを言い聞かせようと我が子の視線に瞳を合わせる。じわっとライアンの紫の瞳が潤む。
 子どもに泣かれるのは、始めてでリチャードはどうすればいいかわらからなくておたおたする。
「ぼく、パパといっしょにいるの!」
 うわーんと声を上げて、泣き始める。リチャードはライアンに押されていた。
「わ、分かった……」
 両手を上げて、困惑しているリチャードは我が子に頷く。ライアンは不貞腐れて、頬をぷくっと膨らませている。その顔が愛らしい。ヒカルは、どういう風にライアンに接していたのかとリチャードは疑問を抱く。子供という完全な未知の領域にリチャードは、当惑していた。

 すーすーと自分の寝台で眠り込んでいるライアンを隣にリチャードは、疲れ果てて寝落ちしていた。ライアンを必死に寝かせようとしていたが、ライアンは目をぱっちりと開いてリチャードに次から次へと質問をしてくる。それに戸惑い、最初は答えていたが、その内リチャードが寝てしまっていた。昔、ヒカルに出逢った頃、完全に振り回されていた。ライアンは、ヒカルの息子だ。見た目は、リチャードに瓜二つだが、性格はヒカルそっくりだ。リチャードは、ライアンに圧倒され振り回されていた。

 リチャードがライアンに生活をかき回されている間、ヒカルはアリッサに出逢っていた。リチャードは、ライアンとの日々に慣れ始めていた。ライアンがリチャードを見るなり、どーんと突っ込んできた。リチャードは、身体を使って遊んでくれるのでライアンは、楽しいのだ。

「パパ! たかいたかいして!」
 きゃっきゃっと子どもらしい高い声が部屋全体に響き渡る。リチャードが、ライアンを上に抱き上げてると、ライアンは更にはしゃいで笑い声をあげた。王眼の使い方を教える時間が、リチャードとライアンの遊びに時間に変わっていた。
「楽しいか?」
「うん! パパ、大好き!」
 ライアンが、ぎゅっとリチャードに抱き着く。
 子どもらしい匂いがして、リチャードはその香りに心が和み、ふっとライアンに向けて微笑んだ。
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